軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バディ

他国との戦争、武力衝突に備え設けられた国軍。

国の正規の組織に所属し階級を与えられた軍人は、最重要砦が置かれた街にある軍学校で軍事訓練を受けた者達だけが就ける職種である。

貴族の子が騎士に憧れるように平民の子は軍人に憧れを持つものだ。

だからこそ、元帥の孫という肩書を持つセレスティーア・ロティシュは軍学校でひときわ目を引き、その美貌や能力に憧れを抱く者、妬みや嫉妬といった悪意を持つ者と、彼女の一挙一動は皆が注視している。

そのような有名人がここ半年ほどずっと追い回しているのは親が軍人のごく普通の少年。

狭い世界で娯楽の少ない軍学校生活で今一番話題に上がるのが、大人しくて影の薄い少年と美貌の貴族令嬢の遣り取りだ。

「また追いかけっこをしているよ。フィン・スコットは諦めが悪いね……」

階段から身を乗り出し階下を覗き込んだシルヴィオは、小さく悲鳴を上げ階段を駆け下りて行ったフィンに乾いた笑いを浮かべた。

フィンがセレスティーアから初めて話し掛けられた日からもう随分と時間が経つが、彼はいまだに対話を拒否し逃げ続けている。先日は壁に追い詰められ少女のように震えていたところをハリソンに救助されていたが、フィンはそのような状態に陥っても何とか逃げようともがいていた。

捕まるのも時間の問題だろうと思っていた攻防は何ヵ月経っても続き、一時的な娯楽のようなものだと二人の遣り取りを楽しく眺めていたシルヴィオは、最近になって「さっさと諦めれば良いのに」と愚痴を零すことが多い。

あれほど拒否されているのに頼まれたからといって律儀にフィンに構うセレスティーアは素直に称賛できるが、その時間を自分に使ってもらえないことに酷く不満を募らせていたのだ。

「バディが決まればアノ遣り取りもなくなりますよ」

「どうだろうね……人選の決定権を持つのがハリソン教員だから」

騒めく階下に視線を固定したまま呟くシルヴィオにセヴェリーノは肩を竦めた。

シルヴィオは置かれた環境が劣悪だった所為で友だと呼べる者が居なかった。だからセレスティーアに対する執着が凄いのだ。

「フィン・スコットがセレスのバディになると……?」

能力的に見ればセレスティーアのバディはシルヴィオかセヴェリーノの可能性が高い。

だが、ハリソンが直に頼むほど近しい関係の子息だということを考慮すればフィン一択の気もする。寧ろその可能性のほうが高いのでは……?と思い至ったセヴェリーノだが、だからといって自分達が人選を変えることはできないのでシルヴィオの肩を叩き慰めることしかできない。

「それってさ、贔屓だよね」

シルヴィオの口から零れた低く冷たい声は幸いなことに階下に居るフィンに届くことはなく、耳にしたのはセヴェリーノと、丁度階段を上がって来たビリーだけだった。

「そ、そこで何をしているんだ……ひっ!?」

重力に逆らうことなく下に流れ落ちる髪に顔を覆い隠された体勢も相俟って少し不気味なシルヴィオの姿にビリーはビクッと肩を揺らしたあと問い掛け、ゆっくりと曲げていた上半身を持ち上げ乱れた髪をそのまま顔を向けてきたシルヴィオに小さく悲鳴を上げ一歩後退した。

「何って、君こそ何かあった?」

毎日、毎日、飽きることなく憎々しげに二人をジッと見つめていたビリーが、何故か今日は階下で押し問答している二人を素通りしどこか晴れやかな顔をしているのだ。

「何がだ?」

「ほら、普段なら……こんな顔でセレスを目で追っているから」

シルヴィオが自身の目尻を指で吊り上げれば、ビリーの額に青筋が立つ。

「そんな顔をしていたことはないだろうが!」

「そうかなぁ?だったら、こんな感じに……」

「私の鼻がいつそのように潰れていた!」

「ふぅっ……ビリーは文句ばかりで困るよ」

「おい!こいつをどうにか……首を横に振るな!」

完全にシルヴィオの憂さ晴らしに使われているビリーは哀れだが、セヴェリーノが彼を助けても得るものがなくあとで八つ当たりをされるので甘んじて受けてほしい。

「全く、お前達はいつも、いつも」

草臥れた大人のように額を押さえ呟くビリーのコレはいつものことで、此処にセレスティーアが居れば何かと理由を付け留まるのだが、今は居ないので文句を言いながら去って行く筈だったのだが……。

「まぁ、良い。今日の私は寛大だからな」

ふっと笑みを浮かべ胸を逸らしたビリーが一番自身に似つかわしくない言葉を口にした。

「寛大、誰が?」

「どの口がそのような馬鹿げたことを?あぁ、そのだらしなく緩んだ口ですか」

普段ならこの辺りでビリーの顔は真っ赤になり叫ぶのだが、やはり何故か今日は謎の余裕を見せている。

「今日はバディの発表がある」

何か企んでいるのではないかと訝しんでいた二人は、ビリーの口から出たバディという言葉と得意然とした顔にあっさりと疑問が解消された。

「そうだね」

「バディは卒業まで解消されることはなく、軍に入ってからもそのバディは継続されることが多いらしい」

「そうですね」

「あの暴れ馬の手綱は私がしっかり握るので明日以降フィン・スコットが逃げ回る必要はなくなる」

ビリーの言う暴れ馬がセレスティーアだとすれば、その手綱を握るのが誰だと……?

「まさかとは思うけれど、セレスとバディを組むつもりなの?」

「私の他に誰が居るんだ?」

その根拠のない自信はどこからくるのかと呆れるも、ふと寮での出来事を思い出す。

第二王子殿下が寮へ入った日、セレスティーアの従兄弟がバディがどうのと口にしていた。

けれど、アレはただの軽口であって誰も本気にしていなかったのだが。

「まだ大分劣ってはいるが、努力さえ怠らなければそのうち追いついてみせる」

此処に一人、セレスティーアのバディは自分なのだと信じていた者が居た。

あれからずっとバディは自分だと信じていたのだろう。

まだ決まっていないのでは?という言葉が喉を出かかるが、ソワソワしながら期待に胸を弾ませ目を輝かせているビリーを前に、多少性格に難のあるシルヴィオですら言葉を飲み込んでいた。

「そろそろ授業が始まるぞ」

意気揚々と前を歩くビリーの背を見つめながら、セレスティーアのバディに選ばれなかったら彼はどうなってしまうのかと、シルヴィオとセヴェリーノは互いに顔を見合わせたあとそっと胸を押さえていた。

※※※※

進級し新しいクラスになり顔触れが変わった生徒達は皆一様に熱意に燃え活力に満ち溢れているものだが、昨年から設けられた特別クラスの生徒達は席に座りジッと動かず戦地に赴くような眼差しを扉へと向けていた。そんな特別クラスを担当するハリソンはいつものように鼻歌交じりにクラスの扉を開け、室内に漂う異様な空気に顔を引き攣らせたほどだ。

「……あー、始めるか」

自身の手元に注がれる物凄く熱い視線。

試しに腕を左右へ動かしてみると、それに合わせて生徒達の目がギョロギョロと動く怖さ。

朝の挨拶とか連絡事項など今伝えても無駄だと判断したハリソンは、さっさと終わらせてしまおうと教壇へ立った。

「予め伝えてあった通り、今日はバディとして卒業まで組む相手を発表する。一年は様子を見るつもりだが、余程の理由がない限りは卒業するまで解散することは……ないぞ」

話している最中にゴキュッ……と唾を飲み込む大きな音が聞こえそちらへ視線を向けたハリソンは、一瞬動きを止めたあと何とか持ち直し言葉を繋いだ自分を褒めてやりたいくらいだった。

「……バディとは戦闘時の相棒を指す」

壊れた玩具のように小刻みに身体を揺すっているビリーが瞬きひとつしないでハリソンを見つめていたのだ……ナニソレ、コワイ!?と直ぐに視線を逸らしなかったことにする。

「演習、遠征は勿論、隊から離れて行動する際も必ずバディと二人で動くことになる。相棒に何かあった場合、首元に付けているドッグタグを持ち帰るのもバディの役目だ」

軍学校の生徒とはいえ、二年に上がれば夏から演習が始まり外へ出ることになる。

教員、現役軍人が生徒達を補佐しながら行われはするが、国境沿いであり他国の軍との接触が多い地域なだけあり何が起こるか分からない。

今迄に何か起こったことはないが、これからもないという確信はないのでバディのことに関しては夏までに徹底的に叩き込まれる。

「罰則も片方だけでなく二人一緒に受けることになるから注意しろ。互いに助け合い、監視し合う。言い方は悪いが家族とはまた別の大切な存在となるだろう」

普段のふざけた口調ではなく真面目に語るハリソンは、首元に付けたドッグタグを指でそっと撫でたあとクラス内を見渡した。

「軍学校でのバディは軍に入っても変わることはないが、例外はある」

「あの、例外とは……?」

大人しいフィンからの質問に内心驚きつつハリソンはニヤッと笑い頷く。

「あの有名なフィルデ元帥のバディは、軍学校時代に三人、軍に入ってから一度代わっている」

「四度も……?」

流石に身内の話になると気になるのか、我関せずしれっとした顔でバディの発表を待っていたセレスティーアの顔色が変わったことにハリソンは内心大笑いだ。

「前代未聞だが、仕方がない。誰もかれもあの人についていけなかったからな」

偉大な元帥である彼の武勇伝は軍学校時代からのものも多いと、恍惚とした顔で語りだすハリソン。その内容にフィルデ・ロティシュという者を正しく理解しているセレスティーアは頭を抱え、彼に憧れを抱いている面々はハリソンと同じような顔で話の続きを待つという初めよりも更に異様な空間ができあがっていた……。

「最終的に元帥のバディを退役まで務めた人は女性だった。元帥と同時期に退役し今は軍学校の運営に関わり最上級生の担当を受け持っている」

「御爺様のバディを務めた方ですか」

「興味があるなら教員室に行けば会えるぞ。話を聞くだけでも色々と参考になる筈だ」

一度その女性を見てみたい。いや、色々とご教授を……と考えていることが顔に出ている生徒達を眺めながらハリソンはほくそ笑む。

軍人の最高峰を影で支え続け、いくつもの小隊を動かし圧倒的な経験値を持つエイダ。

裏方に回った彼女からは私を頼ってくれるなと突き放されたが、流石に生徒達から詰め寄られては無下にすることはできず色々と手伝ってもらえるだろう。

そもそも特別クラスという厄介な面々をハリソン一人で受け持つことがおかしいのだ。

「では、俺が三日三晩かけて厳選したペアを発表する。文句や苦情は一切受け付けないからな」

再び静まったクラス内。

教壇に立つハリソンは持ってきた紙に目を向け「先ずは一組目」と、書かれている名を読み上げていった。

――結果。

「どうして、そんな、何で、嘘だ……ううっ、嘘だ」

「おかしい……聞き間違いでは?いや、だが、三度も……もう一度確かめるべきなのか?」

机に突っ伏し半泣きでブツブツ呟くフィンと、空虚な眼差しでブツブツ呟くビリーが誕生した。

「あの二人立ち直れるかな?」

「ハリソン教員がセレスを見て妙な笑みを浮かべた辺りから予想できた結果です」

「分かっていた結果だとはいえ、流石に同情するというか……」

「同情したところで結果は変わりません。セレスのバディは卒業するまでフィン・スコットですが?」

「うぐっ……っ」

セヴェリーノの言葉に止めを刺されたビリーは、呻き声を上げフィンのように机に突っ伏してしまった。

「うわ……」

何てことを言うのかと、自身の相棒を見上げたシルヴィオの耳にはビリーの嗚咽が……。

人を慰めたことなどないシルヴィオが助けを求めた先、そこではフィンまでもがセレスティーアによって仕留められ撃沈していた。

「駄目だ、胸が痛い」

後日、友に比べれば自分はまだ善良な人間だったのだとシルヴィオはガゼボに集まった面々に語った。