作品タイトル不明
それぞれ
ラッセル王国の王城内、王子宮のとある一室。
室内に置かれているテーブルやソファーの上には乱雑に物が置かれ、絨毯の上には所々に服の山が。その中心には第二王子であるレナートが座り込み、装飾の施された鍵付きの大きな木箱に一生懸命荷物を入れている。
兄弟揃ってそつがなく、とても優秀だと好意的な世評を受ける王子だが、普段はお世話をされる側なだけあって荷造りは苦手らしい。
それでも楽し気に鼻歌を口ずさむレナートに少し開かれた扉の外に立つ壮年の騎士も、室内に待機している王子の乳母も頬を緩ませていた。
数年前に起きた毒殺騒ぎによって、レナートの側には乳母と国王が自ら厳選した護衛騎士しか居らず、食事は常にルドウィークと取り万全の注意を払っている。
侍女や侍従が居ないのでレナートは最低限の身支度くらいは自身で行っているが、本当に最低限のことなのだ。
「お手伝いいたしましょうか?」
もうすぐ寮暮らしになるので全てのことを自身で行わなくてはいけない。だから手を出さないようにと事前に乳母はルドウィークから言い含められていたのだが、服を手に取り少しでも小さくしようと両手で丸めて木箱へ入れていくレナートに思わず声を掛けてしまった。
「もう終わるから大丈夫だよ?」
「さようでございますか……」
乳母の見立てではまだかなり時間が掛かる上にそのままでは木箱の蓋が閉まらないのだが、可愛らしく微笑まれては何も言えない。
苦笑した乳母は荷造りを終えたあとの片付けに専念しようと決め、茶器に手を伸ばした。
「ふん、ふふん……んー、ふふ」
無意識に口から零れる歌声に気付くことなく、レナートは二つ目の木箱へボールのように丸まった服を丁寧にしまっていく。
軍学校の入学式まで残り三ヵ月。
半年前には身体検査と体力検査を王城で済ませて入学書類と共に学校へ送ってある。胸元では出来上がってからずっと付けているドックタグが揺れ、無意識に何度も指で触れてしまうので二日に一回は丁寧に布で磨いていた。
王太子である兄上はこの時期は側近選びに苦労していたが、次男以降が王位を継承する可能性はほぼないのでそんなに慎重に選ぶ必要はなく、既に決めてある。一応王太子のスペアではあるので帝王学などの教育も受けてはいるが、どちらかというと剣術訓練や戦術論に戦略論の授業の割合が多く嬉々として取り組んでいる。
「ふっ、ふふふん……ふーん」
木箱の隙間に犬の形を模した大きなぬいぐるみを押し込む。本物と間違うほど精巧に作られたそれは母上から贈られた物で、幼子の頃から抱き締めて眠っている大切な物。
コレがないと眠れないということはないが、家族と離れ遠い地へ向かうのだから心の拠り所が必要だと乳母に言われ一緒に連れて行くのだ。
王子が軍学校へ通うという今迄の慣例を破る行為に眉を顰め、王都から遠く離れた辺境の地は危険だと反対する者達は多かったが、側室陣営の子息や子女が複数通う学園よりも王妃陣営のフィルデ・ロティシュが居る街の方が安全ではないかと王妃である母上が説き伏せたらしい。
絶対に自分を傷つけることなく安全な兄上から離れることに多少不安はあるが、それ以上にとても楽しみで荷物の準備をしているだけでふわふわする。
鼻歌は次第に大きくなり、扉がノックされた音も、乳母が対応している声にも気付かず、二つ目の木箱を覗き込んでいるときに肩を叩かれ驚いて「ひゃあっ!?」と悲鳴を上げた。
「すまない。そこまで驚くとは……ふっ……」
ぷるぷる震えながらレナートが振り返ると、ルドウィークは口元を片手で覆い肩を震わせて笑っていた。
「兄上……先に声を掛けてくだされば良かったのに」
「楽しそうに歌っていたから、邪魔をしたら悪いだろう?」
「初めから驚かすつもりでしたね……」
ジッと恨みがましい目で見つめるレナートを微笑み一つで受け流したルドウィークは、弟の背後に置かれている木箱を見つけ目を見開いた。
「準備は、まだ終わっていないようだな」
「もうすぐです。あとは、あれと書類を入れて終わりなので」
「あれ……とは、あの放り投げられているシャツの山のことか?」
「はい。こうして、こう、小さくして、この中に入れるのです」
「……それは皺になってしまうのではないのか?」
ルドウィークの指摘に首を傾げたレナートは暫く考えたあと「大丈夫です」と口にした。
誰がどう考えても皺になるのだが、レナートは砦でダンが服を丸め棚にしまっているのを見たことがあるのでコレが正しいと思っている。
「蓋は閉まるのか?」
「押せば……恐らく」
木箱を覗き込みながら閉じない蓋を押す兄弟は微笑ましく、乳母も王太子の侍女も笑みを零しながら午後のお茶の準備を進めていく。
室内に用意された甘い菓子と紅茶の匂いに気付いた兄弟は一旦木箱から離れ隣同士でソファーに腰掛けた。
「最近は忙しくてあまりレナートとの時間が取れなかった」
「父上のお手伝いをしているのですから仕方がありません」
「だが、レナートはもうすぐトーラスに向かうだろう?……寂しくなるな」
「兄上……」
カップを手に目を伏せ呟いたルドウィークの言葉に、レナートは嬉しそうに微笑みを浮かべる。相変わらず愛らしい弟の頭を撫でたルドウィークは、「ん……?」と首を傾げたあと座っているレナートを立たせ自身も立ちあがり、目線が同じことに気付きソファーへ倒れ伏した。
「兄上?」
「随分背が伸びたな……このままだと抜かされそうだ」
「頑張って肉を食べて運動して、沢山寝ています」
「私も可能な限り運動をしているのだが……」
「兄上が政務を行っている間はずっと身体を動かしていますから」
ソファーの肘掛けに凭れる兄の姿に苦笑するレナートはよく見ればとても身体つきが良く、同年代の者より筋肉もある。
もう既に色々と追い抜かれているのでは……と思うが決して口には出さない。兄の矜持というやつだ。
「僕はセレスに追いつかないといけないのでまだまだ足りません」
「もう一年か……セレスが軍学校でどう過ごしているのか、想像するだけで恐ろしいな」
「鉄くらいなら剣で斬ってそうです」
「いや、そうだな……有り得るな」
周囲に居る者達は鉄を斬るなどと真面目に話す二人にギョッとするが、よくよく考えあのフィルデ・ロティシュの孫なのだからと何故か納得してしまった。
此処に本人が居れば全力で否定したのだが。
「私ももう少し頑張るべきか……。コレでは笑われてしまう」
ルドウィークは自身を貧相ではないと思っているが、軍学校に通い訓練に明け暮れている逞しい者達と過ごしているセレスからしてみれば薄い胸板と細い手足に見えるかもしれない。明日から運動時間を増やそうと決意しつつ、今は弟だと身体を起し向き合った。
「四年は会えなくなるな」
「兄上も父上のようにトーラスへ遊びに来てください」
「あぁ、それも良いな。偉大な国王陛下を模範とするべきだ」
もっともらしいことを言って笑い合い、食が細かったレナートが菓子を頬張る姿を横目にルドウィークも紅茶で喉を潤す。
「護衛は?」
「教員の中に複数配置するそうですが、軍学校の教員は元軍人であり元帥が率いていた部隊の者達がほとんどだと聞いていますので心配はないかと。あちらには元騎士団長も居ますし」
「学友として私が選んだ者達も付けるが、構わないな?」
「僕は構いませんが、軍学校ですよ?」
「王太子と第二王子からの信頼を得て、ツェリ家のお墨付きを貰えるとなれば自ら挙手する者がほとんどだ」
王妃派閥、上級貴族、次男、平民に嫌悪感のない者、他にも色々と要望を出したが、利益が大きいからか然程苦労することなく見つけ出せた。
「兄上は寮へ戻られるのですか?」
「レナートが居なくなるのだからそうなるな。月に何度かは持ち出せない政務を片付けに戻る予定だ」
学園に入学すれば王族であろうと上級貴族であろうと例外なく皆寮暮らしとなる。
王太子として政務に手を出し始めたルドウィークも月に二度ほど城へ戻り、残りは寮で過ごす予定であったのだが、自身が未熟な為に政務が滞るという理由で一年間は寮ではなく城で過ごす許可を得ていた。
けれど、本当の理由は政務ではなくレナートだ。
側室の息子である第三王子の顔を見に来るという名目で、王子宮に側室陣営の者達が頻繁に出入りするようになった。元より身元が確かな者しか入ることはできないのだが、彼等が王城内の下働きに接触しまた以前のように毒を……などということも有り得る。乳母や国王専属の護衛騎士を側に置いても安心できるような状況ではない。
そう国王にルドウィークは直訴し、国王から学園に話を通して一年間は城から学園に通うことになった。
「兄上、ありがとうございました」
いつでも「私が勝手にしていることだ」と笑い飛ばし小さな手を精一杯広げ守ってくれた大好きな兄上に、様々な意味を込め感謝の言葉を口にしたら。
「よ、四年で、戻って来るのだろう?」
まるで永遠の別れのようだ……とルドウィークに震える声で問われ、レナートは慌ててそうではないのだと弁解することになってしまった。