軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

別宅

領地でゆっくりする暇もなく音楽祭に出席する為に直ぐに王都へ向かう。

私と御爺様、ブラムと乳母が使う乗車用馬車が二台、荷馬車が三台、計五台の馬車を囲み護衛する者達は御爺様がランシーン砦で自ら鍛えているロティシュ家の私兵達。

王都から遠く離れた地にある我が家の領地では道路の整備に潤沢な資金をかけているが、他領はそうはいかないらしくまだまだ整備されていない道が多い。

馬車が高価なのは職人が手作業で一つ一つ生産しているからで、機能性や快適性に資金をかけているわけではなく、砂利やぬかるみがある道では馬車が酷く揺れ、クッションを大量に敷き詰めたとはいえ乗り心地は最低で、身体の痛みと吐き気を堪えることに必死だ。

二、三日ならまだしもコレが一月近くも続くのだから苦行以外の何物でもない。

クッションにお尻を埋めながらぐったりする私の向かいには、身体を横に倒し空虚を見つめる御爺様がいる。

「……これなら速さを重視するべきだったな」

「その分苦痛が増します……」

「……馬に乗るか」

「乳母と同じ馬車に乗せられますよ」

「どちらも地獄の場合はどうするべきだ……?」

「……っ、ふっ」

冗談かと思えば真剣に思案している御爺様が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。

ランシーン砦の皆やルジェ叔父様が御爺様に向かって子供のような人だとよく口にするのは、こういった一面があるからだろう。

何事にも全力で取り組み、国や軍にとっての利益が見込めれば希少な金属であっても勝手に使って武器を作らせてしまうとんでもない人だが、皆が尊敬する偉人である。

「婚約を解消しなくていいのか?」

だが、本人が「本能のまま生きている」と公言しているくらい自由に生きているので、脈絡のない会話は日常茶飯事だ。

「……驚いた、随分と唐突ですね」

「暇だからな」

暇だからと話す内容ではないと思うが……。

そんなことを考えながら、気怠げに身体を起こした御爺様にゆっくりと首を横に振った。

「私一人の我儘で解消できるものではありません。鉱山のことを考えれば、この婚約が一番良い方法です」

「煩い貴族共の横槍を気にしているのであれば、婚約者がフロイドである必要はない」

「……ですが、ツェリ家には私と歳の近い子息はいないはずです」

「いないな。だが、何故その二つの家から選ぼうとする?」

「ロティシュ、ツェリ、アームルの三家が共同で鉱山の採掘を行っているのでは?」

「国王命令でな」

「でしたら、他の家を入れるのは良くありません」

「だろうな」

他に良い案があるのかと思えばそうでもなさそうで……首を傾げる私を見て、御爺様がニッと歯を見せて笑った。

「鉱山に関わっている家がもう一つある。煩わしい貴族達の反感を抑え、婚姻しても鉱山の権利を主張することもない。元々オルセマの物だからな」

「……御爺様」

サラッと王族の名を口にしただけでなく、当然のように利用しようと口にできるのは御爺様だけだろう。

「息子が三人居るのだから、一人くらいもらっても文句は言わないだろ」

「その三人はこの国の王子ですよ?伯爵家の婿になるような方達ではありません」

「うちの孫娘の婿なんだから喜んでなると思うが……それに、日頃から仲間外れにするなと煩いから丁度良いだろ?」

「その煩い人って……いえ、聞きたくありません。聞かないほうが良いです」

「ルドウィークが良いが……レナート辺りが無難か」

「やると言われても困るので、国王陛下に絶対に提案しないでください」

「絶対に!」と二度ほど言って聞かせ、そういえばと身を乗り出した。

「ランシーン砦にレナートが居ると、ロベルト兄様達から聞いたのですが」

「セレスと入れ違いでな」

「ルドのように短期間ならまだしも、一年も王都を離れていて大丈夫なのですか?」

「寧ろ離れていた方が良い。今迄はルドウィークがレナートの周囲に気を配り動いていたが、今年からルドウィークが学園の寮に入ったことで目が行き届かなくなる。だったら城よりも砦の方が安全だと、向こうから頼んできたことだ」

「そうですか……」

「心配するな。レナートの顔つきが昨年とは違うから上手くいけば化けるぞ」

「レナートはこの国の第二王子ですよ?ほどほどにお願いします」

分かっていると頷く御爺様のほどほどとはどの程度なのか……。

本当に分かっているのか心配になりながら、じわじわと痛くなってきたお尻を摩った。

「着いたようだな」

御爺様が呟いたのと同時に馬車が止まり、クッションに埋めていた顔を上げた。

数日前から悲鳴を上げていた背中と腰が、動くたびにパキッ、ベキッ……と変な音を鳴らす。

一刻も早く馬車から降りて身体を伸ばしたいと思っているのは私だけではなく、既に降りる体勢の御爺様から急かされ身体を起こし椅子に座り直した。

御者が扉を開けるのを待ちながら、一度深呼吸をする。

道中の宿や街でゆっくりすることもなく、睡眠だけを取って別宅へと急いだ。

――音楽祭まで残り三日。

御爺様に手を預け馬車から降り、そのまま別宅へと入る。

玄関口に立って私達を待っていたブラムが頭を下げると、前当主と次期当主を出迎える為に屋敷の中に並び立つ侍従や侍女、使用人達も一斉に頭を下げた。

「……出迎えご苦労」

グルッと周囲を見回した御爺様が一声かけると皆嬉しそうに笑みを浮かべ、専属の侍従と侍女以外は持ち場へと戻って行く。

「疲れたから先に部屋へ行くが、セレスはどうするんだ?」

「先ずはお父様にご挨拶に伺います」

「そうだな、じゃあ、夕食のときに」

「はい」

背中を向けながらヒラヒラと手を振る御爺様の姿を見送ったあと、私の専属侍女の筆頭となる乳母に軽く頷き、二階にある自室に向かう為に中央の大階段に足を掛けたときだった。

「義姉様……?」

あれは、いつだったか……。

鈴を転がすようなとても可愛らしい声だとフロイド様が褒めていたことがある。

あのときは動揺を隠すことに必死で顔はどんどん強張り、比較されないよう口を閉じていた。

「久しぶりだな、ミラベル」

けれど、今同じ状況になったとしたら鼻で笑い飛ばすだろう。

年若い侍女を二人連れたミラベルが、元から大きな目を更に見開き階段を上がった先に立ち尽くしている。

返事がないが聞こえてはいるだろう。

乳母を連れてゆっくりと階段を上がり、私を見上げるミラベルの目の前で足を止めた。

小さくてお人形のような愛らしいミラベルは三年前のまま、どこも変わっていない。

「義姉様……なの?」

「他の誰だと?」

「そんな言い方はしないで。その、昔と雰囲気が違うから戸惑ったの。お帰りなさい」

怯える素振りを見せたミラベルを心配してか、彼女の背後に控えて居る侍女達が必死に乳母を窺っている。

私とは視線を合わせないようにしているのだろうが、用があるのはミラベルではなく侍女達にだ。

「そこの侍女二人は解雇だ」

ヒュッと息を吸い込む音が聞こえ、「ぇ、義姉様?」と掠れた声で袖を引かれ視線を下げた。

「突然帰って来て、そんな酷いことを仰るなんて……」

「酷いこと?職務を怠っているのだから解雇されても仕方がないと思うが?」

「何を言っているの?」

ミラベルが助けを求めるかのように乳母を見るが、私は何も間違ったことを言っていないので助けが入るわけがない。

「紹介状が必要ならブラムに言っておく」

「義姉様……!何の権限があって私の侍女を解雇するのですか!?」

「説明する必要はない」

「そんな横暴が許されると……」

顔を歪めて叫ぶミラベルを眺めていたら、痺れを切らした乳母が私の腕を引いて前へ出た。

「セレスティーア様はこの家の嫡女であり、亡き奥様の代理として家を取り仕切る権限がございます」

「代理って……私のお母様がいるのに」

「ソレイヤ様とミラベル様には権限が一切与えられていません」

「でも、不当な解雇だわ。養父様が知ったら義姉様が叱られてしまうかも知れないのよ?」

「このお屋敷で働く全ての者達は、前当主様と次期当主様のお出迎えを最優先に動くよう指示を出されていたはずです。それなのに、貴方達は何故二階に居るのですか?」

「私の専属侍女なのよ……?」

「いいえ、彼女達はロティシュ家の侍女です」

正確には給金を支払っているロティシュ家当主の侍女となる。

表向きには家を取り仕切る女主人が義母で、実際には私が全ての権限を持たされているというのは、お父様から契約結婚だと明かされたときに初めて知ったことなのだが、驚く様子のないミラベルを見る限り彼女は既に知っていたのだろう。

「当主様には私からご報告させていただきます。貴方達は直ぐに荷物を纏めなさい」

本当に不当な解雇であるなら乳母がそれとなく私を諫めたはずだが、この様子では前からミラベルの侍女達に思うところがあったのだろう。

御爺様ですら黙って従う乳母に敵うわけもなく、黙って顔を伏せてしまったミラベルを一瞥し乳母の肩を叩く。

特に話すことはなく挨拶も先程ので済ませたことにして、声を掛けずにミラベルの横を通り過ぎた。