軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

軍学校

ランシーン砦にやって来たときのように、仁王立ちして立つ御爺様の胸の中に飛び込み幼子のように腰にしがみつく。

御爺様はあやすように私の背中を軽く数度叩き、壊れ物を扱うように頭を優しく撫でてくれる。家族以外の誰も見ていないのを良いことに、躊躇いなく甘える。

「……行ってきます」

「あぁ、……頑張れ」

御爺様に一度ギューッと抱きついてから離れ、隣で小さく両手を広げて待つルジェ叔父様のところにも同じように飛び込んだ。

「ルジェ叔父様、御爺様をよろしくお願いします」

「分かっている。安心して行っておいで」

「おい……」

どういう意味だ……?と私達を睨む御爺様にルジェ叔父様と顔を見合わせて笑ったあと、手を振って馬車に乗り込んだ。砦から軍学校まで僅かな距離だが、今日は荷物が多いので馬車を使っている。

街の中はまだ朝早い時間だからか人の気配がなく、店も開いていないのでとても静かだ。

馬車の窓から見える景色が凄く寂しく見え、もう砦に帰りたくなっている自分に気付き苦笑した。

中央広場から路地に入ると制服を着ている子達がちらほらと見え、そこを抜けた鉄門の前には既に長い列が出来ていた。

今日行われる軍学校の入学式には、軍部の上位陣が出席することになっているので普段よりも警備が厳しいと出席予定である御爺様から聞いた。

学生達は鉄門の前に立っている職員に昨日受け取った学生番号が書かれた紙を見せ、確認が取れた者から順に中に入って行くのだが……。

まだ時間よりも大分早い所為で職員は居らず、門周辺には荷物を抱えている生徒やその親が集まっているので、当然……私が乗っている馬車をジッと眺めている。

予め御者には門から少し離れた位置に止めるよう指示を出しておいたので、昨日のシルとセヴェリのようにはならないが。

持っていた紐で長い髪を一つに縛り、シャツのボタンを閉めてからズボンの皺を伸ばす。

軍学校の制服は性別関係なく全て同じ作りで、上は白いシャツに黒いベスト、ジャケットとズボンはベストと同系色の物で、足元は編み上げブーツ。

シャツが白でなければ全身黒一色で、それはそれで素敵なのでは?と思っていたら、そのシャツの色を自由に変えるのが軍学校で流行していると服飾店のおばさまが教えてくれた。

軍もそうだが、軍学校もある程度守らなくてはならない規則はあるが、それ以外に関しては緩く、理不尽な校則はない。

流行する物は場所によって違うのだと感心しながら、制服を届けてくれた服飾店の店員が差し出したシャツの絵が描かれた冊子を返そうとしたら、それを横から侍女に奪われ笑顔で首を振られた……。

私は白いシャツで何の問題もなかったのだが、彼女達の笑顔と言葉に屈し、違う色のシャツも数十着購入済みである。

そのときの事を思い出し身震いしていると、扉が叩かれ御者から声をかけられた。

見世物になる覚悟を決め馬車から降り、荷物を下ろしている御者に此処で待つよう言ったあと、背中に感じる熱い視線に苦笑しながら振り返った。

この国やそれ以外の国でも銀髪は珍しくとても希少な色だと言われている。

そんな希少な色を持つロティシュ家だが、実際には御爺様と私だけが銀髪で、お父様やルジェ叔父様は灰色がかった金なのだと教えてもらった。

それに比べると赤い瞳は珍しくはないが、これもまた御爺様と私が持つ赤は色味が濃く宝石に例えられることが多い。

各国に名が轟くフィルデ・ロティシュの容姿を口にする者は、必ず銀髪と宝石のような赤い瞳を真っ先に語るのだろう。

この二つの組み合わせを持つ者が誰なのかを知っている大人達からは、自分の子供や孫を見るような穏やかな眼差しが向けられ、その横に居る子供達からは訝し気な視線が注がれている。

唯でさえ目立つ色彩なのだから……と朝早く砦を出た筈なのに、まさかもうこんなに人が居るとは思っていなかった。

様々な視線を浴びながら列の最後尾へ並び、前に並んでいる大柄な男性に軽く会釈をしたとき、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな呻き声が耳に届いた。

「……ラルフ?」

呻き声の出所は大柄な男性の隣に立っていた少年。

服飾店でエリーと一緒に居たラルフだった……。

「あの、ラルフ?」

「……ん!?ごほっ、えほっ!」

突然の再会に驚いたのは私だけではなく彼もだったのか、ジッと私の顔を凝視していたラルフは横に立つ父親らしき人に勢い良く背中を叩かれ咽ている。

「……おはようございます。俺の名前、覚えていたんですか」

不愛想なのか、それとも私を嫌っているのか……。

後者だったら悲しいなと思いつつ、眉間に皺を寄せるラルフに頷き微笑んだ。

「学友になるのだから当然だろう?」

「……学友」

ぎゅっと益々眉間に皺が寄るラルフに困惑していると、再度背中を叩かれたラルフの身体が一瞬、浮いた……。

「すまないな、こいつは俺に似て不愛想なんだ」

「……っ!何度も叩くなよ、親父!」

「お前が黙っているからだろうが」

「あのなぁ……!?」

隣の男性はやはりラルフの父親だったらしい。

背中が痛むのか摩りながら抗議するラルフを余所に、彼の父親は私を眺めながら何か納得したかのように頷きニカッと笑う。

「その容姿、フィルデ元帥の親族だろ?」

「はい。フィルデ・ロティシュの孫の、セレスティーア・ロティシュです」

「やっぱりか、あの人の若い頃にソックリだ!まぁ、孫の方が上品な感じはするが」

御爺様と私は貴族の皮を被った野性の猛獣だ!と、ダンが言っていたことを思い出しながら笑みを作る。大丈夫。初対面ならコレで幾らでも誤魔化せるのだから。

「俺はラルフの父親のロンだ。街で一番でかい鍛冶屋を経営しているから、今度覘きに来い」

「はい」

「時間前にこれだけ並んでいればもうすぐ門を開けるだろ。紙は……持ってるな。何か分からないことがあったら、遠慮せずにラルフを使うといい。軟弱そうに見えるがこれでも鍛えているから、脱いだらそこらの若造には負けないほど筋肉が」

「親父……!」

「何だ?」

「な、何だって、だって、その人……」

服の胸元を両手で押さえ真っ赤な顔で睨まれても困る。この場で脱がしたりはしないから落ち着いてほしい。

「ラルフが頼もしいことは分かりました。何かあれば頼ることにします」

「あぁ、そうしろ」

ぽすっとロンさんの手が私の頭に乗せられ、そのままくしゃくしゃと優しく頭を撫でられたので驚いて目を見開いた。

「あの人の孫なら、この街に住んでいる者全員の孫や子であり、家族だ。そうだ、支援家族は決まっているのか?」

「いえ……」

御爺様はこの街に人達に愛されているのだと誇らしく思いながら、「まだです」と首を横に振った。

軍学校には支援家族という制度があり、これはその名の通り軍学校に通う生徒を支援してくれる家族のことだ。

両親と共に暮らしていた土地から離れ寮生活となる子供達は、卒業するまでに何度かしか家族と会えないという。

長い休暇もあるし、家族と会ってはいけないという規則もない。ただ単純に他の街とトーラスを往復する手段が限られている所為だ。

まだ成人前の子供なのだから家族を懐かしく思い帰りたくなるときもある。そういった場合は大抵部屋から出てこなくなり、最終的には軍学校を辞めてしまうらしい。

支援家族はそういった事を未然に防ぐ為に作られた制度で、トーラスに住居を持つ人達が疑似家族となり、寂しくないよう寄り添ってくれる。

しかも、主に軍を退役した元軍人の家庭が多く、精神面だけでなく私的な相談や助言が的確なこともありこの制度を利用している生徒が多いと聞いた。

「一年次は忙しいうえに外出範囲は街の中までと制限が設けられているようですから、まだ必要はないかと思っています。それに、多少我儘を押し通せば砦に居る身内に会うことも出来ますので」

「どう見ても、坊ちゃんは我儘言うような子供じゃないだろ」

……ん、んんっ?

「いつでも大歓迎だってことは覚えておいてくれ。……ラルフ、ちょっと前の方に行ってくるから並んで待ってろ!」

二つ前に並んでいる男性がロンさんの肩を叩き、険しい顔でクイッと親指を背後に動かすと、それを目にしたロンさんは慌てて列の先頭へと走って行ってしまった。

一体何の合図だったのかと背伸びをして前の方を窺うが、さっぱり分からない。

「多分、貴方のことを話しに行ったんだと思います。さっきから恨めし気に皆見てるから」

「あぁ、御爺様と似ているから……」

「それと、誤解してるみたいなんで、あとで親父には説明しておきます。坊ちゃんじゃなくて、嬢ちゃんだって……」

「……頼んだ」

早速ラルフに頼ることになり、ガックリと肩を落とした。