軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミラベルの思惑

外を吹く風は肌を刺すような冷たさで、窓を開けていたからか吐く息は白く、身体がすっぽりと包まるくらい大きな毛皮のショールを口元まで上げる。

「寒いから窓を閉めて」

暖炉の前に陣取り、贈り物として貰ったネックレスをうっとりと眺めていた母が文句を言う。随分とのんびりしているが、ロティシュ伯爵を出迎えなくてもいいのだろうか?

「養父様が帰って来たみたい」

「寒いのに窓を開けていると思ったら、旦那様を待っていたの?そういえば、セレスティーアは一緒なのかしら?」

馬車から降りてきたのは伯爵一人だけ。

連れて帰って来ると言っていたのに、失敗したのだろうか……。

「役立たず……」

綺麗に整えられた爪を噛みながら呟くと、部屋の扉がノックされ、最近仲良くなった侍女がぞんざいに扉を開けた。

伯爵家の侍女にしては仕事が粗く、同僚の悪口を平気で口にし、私や母に媚びることしか考えていないお粗末な子。

でも、これくらいが丁度いい。馬鹿な子ほど使い勝手がいいのだから。

「……ミラベルお嬢様、奥様。ブラム様が」

「ブラムって、旦那様の執事よね?」

「はい。当主様の執務室に来るようにと」

「どういうこと?……中に入れなさい」

「いえ、その、それだけ言ってお戻りになりました」

「なんですって!?」

帰ってきて早々呼びつけるということは、何かあったのだろう。

その何かが良いことなのか悪いことなのかはさておき、呼ばれたからには向かわなくては。

「お母様、養父様も疲れていらっしゃるのですから、直ぐに向かいましょう?」

「……そうね。ミラベルは本当に良い子だわ」

毛皮のストールを椅子に放り投げ、クローゼットから薄手の地味なストールを取り出す。

母と侍女は首を傾げているが、コレでいい。

特注で作らせた物なんて一目で分かってしまう。幾ら伯爵が女性の持ち物に無頓着とはいえ、流石にセレスティーアでさえ持っていない物を私が身に纏っていたら何か思うことがあるかもしれない。

伯爵の溺愛ルートに入るまでは、なるべく自重していないとね。

そう、慎重に行動していたはずなのに、どうしてこんなことになっているの?

「そこに座りなさい」

母と一緒に執務室を訪れてみれば、執事を従えた伯爵が冷たく私達を見据え、挨拶する時間さえ与えず座れと口にした。

どうして良いか分からず、言われた通り対面のソファーに座り大人しく口を閉じて待つことにする。

機嫌が悪いわけではなさそうだが、こんな伯爵なんて見たことがないのでどうにも戸惑ってしまう。

「急に呼び出してすまない」

「いえ、構いません……あの、義姉様は?」

この空気に萎縮している母の代わりに答えただけなのに、何故か伯爵は眉を顰める。

普段ならもっと柔らかな笑みを向けてくれるのに……やっぱり、何か変だ。

「セレスはトーラスに残り、軍学校に入ることになった」

「……貴族の令嬢が、軍学校に?旦那様、どうして止めなかったのですか!」

「本人が望んだことだ」

「ですが、社交界で何て言われるか……」

母は余程ショックを受けたのか、額に手を当てソファーに身を沈め、冷たさが増した伯爵の眼差しに気づいていない。

「セレスがどう噂されようと、ソレイヤには関係のないことだ」

「……関係がないなんて」

「ミラベルにはまだ言っていなかったな」

急に矛先を向けられ、表情を取り繕う間もなく笑みが引き攣る。

ストールをぎゅっと握り締め、上目遣いに伯爵を窺いながら必死に考えを巡らせるが、何が起きているのかさっぱり分からない。

「……何を、でしょうか?」

「私とソレイヤは契約結婚だ。ミラベルが嫁ぐのを見届けたら、婚姻関係を解消することになっている」

母から聞いていたから知っている。

敢えて知らない振りをしていたのは、その方が都合良かったから。

私に契約結婚だと告げたのは、本物の家族ではないと明確に線引きしたようなもの。

父親を亡くした幼い子供にそんな酷なことを言う人ではないと思っていたが、どうやら考えが甘かったらしい。

「養父様は……私のことが嫌いなのですか?」

声を震わせ、涙を浮かべる。

可哀そうな子供を演じることなんて簡単。たったこれだけで同情を買い、不都合なことがあっても誤魔化せる。

だから、葬儀場で私の父と親友だったと涙を流していた伯爵なら、直ぐにでも手を差し伸べるだろうと、そう思っていたのに……。

「事実を述べたまでだ。私の妻は生涯ただ一人、リュミエだけだからな」

「私は、養父様を本当のお父様だと思って」

「私の娘は、セレスティーアだけだと覚えておいてくれ」

言葉を遮られ、有無を言わさず一方的に告げられ目を見開く。

「ソレイヤ」

「……はい」

「先日、領主夫人宛に贈り物が届いたそうだな?」

私の肩に置かれていた母の手が震え、首元にあるネックレスが揺れた。

「どうやら先方が勘違いしたようだ。詳細を記した手紙と共に送り返すので、あとでブラムに渡すように」

「かしこまりました……」

「それと、ミラベル」

まだ何かあるのか……と身構えながら伯爵へと視線を戻し、にっこり微笑んで見せる。

「今迄セレスとフロイドに同伴させていたが、それももうしなくて良い」

上手く笑えているだろうか?

ムカツクことばかりでちっとも面白くないのに、こんなときでも可愛いヒロインなら笑顔でいなきゃならない。

そもそも、あの二人に私が同伴するのは伯爵の意向だと母から聞いていたのに……。

フロイドの攻略は至極簡単。

屋敷を訪れたフロイドと偶然出会い、挨拶をすることから始まる。

それを何度も繰り返すと好感度が上がり、そのうちフロイドから話しかけてくるようになる。

ゲームでは移動場所の選択を庭園かテラスにするだけの作業だけど、現実ではそうはいかない。そこにたどり着くまでにセレスティーアとフロイドの護衛と侍女をどうにかする必要があるからだ。

偶然を装って顔を合わせるのにも苦労し、強行突破すれば私の評判が下がる。

だから、二人に同伴するよう言われたとき、どうやって近づこうかと思っていた私にとっては降って湧いた幸運だった。

毎回二人に話しかけている振りをしながら、その実セレスティーアが話に入りづらい話題を出す。セレスティーアは貴族の令嬢らしくプライドが高いのか、顔を顰めるだけで無理に会話に入ってこようとしない。

フロイドが出した話題のときは、必ず「義姉様、つまらないのですか?」と問いかける。

その一言だけで妙な空気となり、時折恨めし気に見てくるセレスティーアに怯える仕草をすれば、もう完璧。二人の関係はどんどん悪化していった。

私は伯爵に頼まれて一緒に居てあげているだけ。ぎこちない二人の為に話題を提供し、まだ幼いから義姉の婚約者との距離感も分からない。

そんな立ち位置で今迄上手くやってきた……それなのに、もう必要ない?

ついこの間までは私にお礼まで言っていたのに、たった数ヵ月でここまで変わるものなの?

もしかしたら、セレスティーアが伯爵に何か言ったのかもしれない。

「……どうしてですか?」

「あと数年もすれば二人は成人する。それまでに互いに話し合う期間が必要だ。ミラベルも、いつまでもセレスと行動を共にするわけにもいかないだろう」

「私は構いません。義姉様が結婚するまではお側にいたいのです」

「いや、もう幼い子供ではないのだから、そろそろ離れるべきだ」

「……そうですか」

俯きながら小さな声で了承の返事をすると、母は私が悲しんでいるとでも思ったのか「旦那様……」と伯爵を責める。

が、悲しくもないし、腹も立てていない。こうなることも予想していたから。

もし私がセレスティーアの立場なら、自分の恐ろしい未来を予言だなどと言い嘲笑う義妹なんてそうそうに排除する。

排除の仕方は様々だが、先ずは父親に告げ口が常套手段だろう。

そう、何年も黙っていたセレスティーアがおかしいのだ。

「ミラベル」

冷たい声で呼びかけられ、わざとらしくならないよう肩を震わせながらそっと顔を上げた。

「セレスが軍学校へ入ることを知っていたか?」

全く意味の分からない質問。

この場でこの質問の意図が分かっているのは、私だけ。

「いいえ、知りませんでした」

「そうか」

伯爵の一瞬だけ見せたほっとした顔で確信した。

やっぱり、セレスティーアから予言について聞いたんだ……。

でも、半信半疑に違いない。

魔法も超能力もないこの世界に、予言なんてものは存在しないのだから。

「セレスは来年の音楽祭に一度戻って来ることになっている。その他の社交は成人するまでは強制しない」

音楽祭……と聞き、心が浮き立つ。

諦めかけていた王太子とのイベントがクリアできるかもしれない……!

「そうですか」

伯爵の溺愛ルートはまだ挽回の余地がありそうだけど、そこまで固執するようなものではない。

フロイドの好感度がどうなっているのか少し心配だけど、上げすぎても駄目だから、学園に入るまでは接触しないほうがいいのかも。

学園に入る前に音楽祭に行けることになったし、私に都合が良いことばかりじゃない?

「では、音楽祭で義姉様に会えるのを楽しみに待っています」

可哀想なセレスティーア。

何をしても全部無駄なんだから。

「……また窓の外を見ているの?」

伯爵からやっと解放され、自室でのんびりとしながら窓枠に肘をつく。

窓の外をジッと眺めていたからか、お気に入りのネックレスを箱にしまっていた母が隣に立った。

「何を見て……あら、あそこに居るの、ブラムじゃない。何をしているのかしら……」

寒空の中、侍女と立ち話をしているブラム。

侍女の恰好からして、これからお使いにでも出かけるのだろう。

「……面白いの?」

「どうだろう?もしかしたら、これから面白くなるのかも」

「これから……?」

ブラムが胸元から出した物を侍女に渡すのを見てほくそ笑む。

多分アレは手紙だろう。

「……あーぁ、この時期のフロイドはヤバイのに」

領地に戻って来たばかりの伯爵が手紙を出すなら翌日の早朝か、急ぎだとしても侍従を使って馬で届けさせる。

ブラムと一緒に居る侍女はセレスティーア付きだし、この時間帯からして届け先はフロイドしかない。

婚約記念日の謝罪だろうか、それとも伯爵にしたように私の予言を告げ口するのかな?

中身なんて見なくても大体の予想はつくけど。

「何か言った?」

「ううん、なにも。そうだ、来年の音楽祭に着ていくドレスを注文しなきゃ!」

「まぁ、もうドレスを注文するの?」

「だって、気に入るデザインがないかもしれないし」

ヒロインが着ていた真っ白なドレス……色も形も髪型も、全部同じにしないと。

音楽祭の日、私は湖の側に立っているだけでいい。

それだけで……王太子と第二王子が手に入る。

「……はぁ。もう、楽しみ」