軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

選択肢

「審判!アレ、反則だろ!」

「普段から愛用しているものだから問題はない。五分は頑張れ、セレス」

唖然としているのは私だけではない。

お父様も知らなかったのか、顔を真っ青にしながらルジェ叔父様に抗議している。

「では……始め!」

リックさんの容赦のない開始の合図に舌打ちしながら剣を構えるが、遅かった。

「……っ」

「そこは俺の攻撃範囲内だ」

風を切る音が聞こえた瞬間、目の前に刀身が現れ咄嗟に腕を上げた。

ギリッ……と刃と刃が擦れる音がする。

払いたくても重すぎてそれどころではなく、徐々に身体が沈んでいく。

腕力勝負じゃ勝ち目がない……。

「どうした?もう降参するか?」

「……このっ、クソがっ!」

無理やり横にすり抜け、勢いよく突っ込む。

そのまま勢いを利用してルジェ叔父様の腹に膝蹴りを入れるが、上げた足を盾に使われ回避されてしまう。

「……うぐっ!」

即座に後ろに飛び距離を取るが、再び振り下ろされた剣を受け損ね、態勢を崩し地面に転がった。

剣を振る速度が速すぎる所為で瞬きする間もなく、正直もう既に腕が使い物にならなくなっている。

「そろそろ五分か?」

「あと二分です」

国軍大佐の名は伊達ではない……。

土がついたズボンを手で叩き、剣を地面に捨て、腰からサブ武器を取り出した。

「へぇ……」

私を見て面白そうに笑うルジェ叔父様を鼻で笑い、軽くその場で跳ねたあと、予備動作もなく走り出す。頭上目掛けて振られた剣は敢えて避けず、咄嗟に軌道を変えた腕に短剣の柄で打撃を与え。

――握り締めていた土を、ルジェ叔父様の顔に投げつけた。

「……なっ!」

顔を背けると思っていたが、目を細めただけで。

隙をついて首元に短剣を当てる筈だった私は、呆気なく地面に転がされ逆に剣を突きつけられていた……。

「……足を使うとか、卑怯です」

「次からは足も禁止にすると良い。お疲れさま、セレスティーア。怪我はないか?」

「……ありません」

足を引っかけられて転んで終了とか、無様すぎるだろう。

「当たり前だが、勝者はルジェ大佐だ」

リックさんの静かな終了宣言と共に、野次馬達は転がっている私に労いの言葉を残し訓練へと戻って行く。

「セレス!」

小さく唸り声を上げながら空を見上げていると、駆け寄って来たお父様に抱き締められていた。

「怪我はないか?痛むところは?……ルジェ!」

「軍学校ではこれくらい日常茶飯事です。分かっていて署名したのでは?」

「……だがっ」

「兄上。セレスティーアの事に関しては、もう少し慎重になるべきです」

冷たく言い放ち背を向けたルジェ叔父様を目で追いながら、顔を下げ何か思案しているお父様の肩を叩く。

「そろそろ準備をしなくては夕刻前に此処を出られませんよ」

「……そうだな」

「見送りには行きます。私はそれまで訓練がありますので、先に戻ってください」

「あぁ……」

「お父様?」

「……分かっている」

心ここにあらずのお父様に溜息を吐き、仕方がないので手を引いて来た道を一緒に戻っていった。

お父様は御爺様と早めに夕食を摂り、暗くならないうちにツェリ伯爵領の街へ移動する。順調にいけば九日ほどで伯爵家に着くだろう。

門の前にはロティシュ家の家紋が入った馬車が一台と、門の外に数十名の護衛が待機している。領主の移動とあって、圧巻だ。

見送りは私一人。

御爺様とルジェ叔父様はその気になればいつでも会えるからと、少し薄情だと思う。

何だが少し寂しいな……と、無意識に視線が下がり足元をぼうっと眺める。

「セレスティーア」

静かな声音で愛称ではなく本名を呼ばれ、恐る恐るお父様に視線を戻した。

目尻を下げながら微笑みを浮かべているいつものお父様ではなく、無表情でどこか近寄りがたい雰囲気にたじろぐ。

「フロイド・アームルとの婚約を、破棄する気はあるか……?」

感情の籠らない単調な口調で告げられた言葉の意味を理解するのに、数十秒はかかった。

お父様はルジェ叔父様に苦言を呈されてからずっと考えていたのだろうか……。

夕食で御爺様に相談している姿を思い浮かべ、苦笑する。

実は、いつ聞かれるのだろうかと待っていた。

「成人前の婚約は仮婚約とされ、解消することが可能だ。嫌なら婚約はなかったことにできる」

ゆっくりと首を左右に振り、真っ直ぐお父様を見上げた。

政略結婚は互いに利益がなければ成立しない。

私は領主となったときに侯爵家という強力な後ろ盾を持ち、爵位を継げないフロイド様は、分家して爵位を下げるぐらいなら、上級貴族と同格扱いになるロティシュ家の婿になる方が有益だろう。

――それに。

「早くに婚約する必要があったのでしょう?」

何もなければ約束だけを取りつけ成人後に婚約することもできた筈だ。

「父上から何か聞いているのか?」

「いいえ。ですが、それくらい察することはできます」

「……国境沿いにある鉱山の採掘を、ロティシュ、ツェリ、アームルの三家が共同で行っている」

「あの鉱山は、三国が権利を巡って牽制している状態です。それを勝手に採掘などしたら、戦争になるのでは?」

「此方側にある部分にしか手を出していない。ここ数年、砦周辺が騒がしかったのはその所為だ。だが、恐らくスレイランとドルチェも同じことをしている」

「……偵察隊から、そう報告されたのですね」

頷くお父様に手を上げ、先を促す。

「鉱山の採掘は国王陛下の指示だ。円滑に進める為に選ばれた家が、此処を管理しているロティシュ、ツェリの二家。現宰相がアームル家の人間なので、最後の一つがアームル家となった」

「……トーラスを拠点として発掘作業を?」

「新たに施設を造らせる必要もなく、街を護っているのが国軍だ。引退したとはいえ、父上とルジェもいる。更に、来年には元騎士団長まで合流する。これ以上なく良い拠点だろう?」

「宰相様は、国王陛下との仲介役を担っているのですか?」

「仲介役もそうだが、上級貴族との摩擦を防ぐ役割もある。あの鉱山から希少な金属が採れることがわかったからな」

「それほど希少な物なのですか?」

「あぁ。此方の許可も得ずに、父上はその金属を使った武器や防具の製作に動き出している。毎回事後報告なものだから、宰相がまた近いうちに乗り込んで来るだろう……」

昨日、御爺様に報告がどうのと憤っていたのはコレのことだったのか。

グッと眉間に皺を寄せたお父様が「婚約は、今の話と関係している」と続け、そこに繋がるのかと頭が痛くなる。

「これから何十年と採掘していくのであれば、家同士の縁を深めておく必要がある」

「アームル家との婚約は、将来の後ろ盾程度に思っていましたが……」

「他家からの婚約の打診を避ける為に早いうちから婚約しておく必要があったんだ」

「ツェリ家に、私と歳が近い子息はいませんからね……」

鉱山の件を知った上級貴族が狙うとしたら、アームル家の次男であるフロイド様より、ロティシュ家の次期領主である私なのだろう。

婚約の打診を断り続ければいずれ亀裂を生む。だからこそその芽を摘む為に、早い時期に仮でも良いから婚約をさせた。

「初めから、私に選択肢などなかったのでは?」

「……」

「もし、今、フロイド様との婚約を解消したら、お父様は困ることになるのでしょう?」

「構わない」

フロイド様を好きかと聞かれたら、よく分からない。

可愛らしく笑う姿に何度か見惚れたこともあったが……多分、彼に恋をすることはもうないだろう。

だが、別にフロイド様を嫌っているわけではない。

この婚約が政治と関わっていると聞いて、我儘を言えるほど子供でもない。

「そもそも、フロイド様とのことはお父様とアームル侯爵様の落ち度です。私が最初に曖昧な態度を取ったのも悪かったのでしょうが」

「……」

「婚約はこのまま継続してください。ですが、フロイド様が家を通して仮婚約を解消したいと言ってきたら、受け入れてください」

「セレス……」

大丈夫。私はミラベルの予言とは別の人生を歩んでいるのだから。

「……これを、フロイド様に渡していただけますか?」

昨夜書いた手紙を取り出し、お父様に差し出す。

婚約者であるフロイド様とは向き合うこともせず、一方的に別れを告げ、逃げだしたまま。

彼と顔を見て話をするのは、来年の音楽祭になる。

だから、その前に。

「手紙には学園ではなく軍学校へ入るという旨を書いておきました。フロイド様はアームル侯爵様から既に聞いているかもしれませんが、一応私からも報告をしておこうかと」

「領地へ戻ったら直ぐに届けさせる」

手紙に謝罪の言葉は書いていない。

私にも非があるが、フロイド様にだってある。

お互い謝罪は顔を見てするべきだろう。

門を出ていく馬車を見送り、気持ちを切り替える為に訓練場へ足を向けた。