軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

残りあと僅か

砦内に鳴り響く重低音を耳にしながら紅茶を啜る。

教わっている三つの警報音の中で重要度が一番低いその音に身構えることもなく、椅子をくっつけ隣に座っているレナートの頭を優しく撫でた。

ウロウロと視線を泳がし、落ち着かないのか頻りに窓へと顔を向ける姿に苦笑する。

「今年は西が二度、東がコレで四度目。どれも偵察に対しての威嚇だからそう怖がることはない」

「昨年の襲撃に比べると砦内が静かだ。レナート、膝の上に置いている剣は私が預かろう」

「負傷者が出るような戦闘ではなさそうですからね。レナート様、何かあれば私がいますので。さぁ、温かいうちにどうぞ」

「……ん」

レナートは私とルドを窺いながらコクリと頷き、アルトリード様に促され紅茶に口を付けた。カップを両手で持つ姿が可愛らしく、その姿に頬が緩みそうになるのを堪えていれば、反対側に座っているルドは堪えきれなかったのか目尻を下げ締まりのない顔をしている。

「前触れもなくこの音が鳴れば不安にもなるだろう。私も何度もアルトリードに大丈夫かと確認していたしな」

「兄上が?」

「事前に説明を受けていたから何とかなるだろうと思っていたが、いざそうなると頭が真っ白で震えることしか出来なかった。だが、セレスは違ったな」

ぐるんとレナートの顔が此方に向き、キラキラした瞳で見上げられ視線を逸らしてしまう。

ルドが私は違ったと言うが、そんなことはない。

私だって初めてこの音を聞いたときは意味もなく部屋の中を動き回り、侍女の側を離れなかった。

三年目ともなれば慣れるもの。

でも、警報音は今でも驚くし、襲撃ではないと知ると安堵する。

「落ち着いて状況を把握していたし、治療まで手伝っていた」

「東と西の情勢も頭に入っていましたし、脱出手段やその後の手配まで完璧でしたよ」

「凄い……」

ルドとアルトリード様の所為でレナートのキラキラ圧が強まっているから、やめなさい。

「軍学校で遅れを取らないよう学んだだけです。もう時間があまりないのでこれでも不安なのですが」

「そうか、もうすぐだな。準備は終えているのか?」

「……一応は。ただ、書類関係はまだ終えていないので」

「書類?伯爵家から届いていないのか?」

「届いていないというか、そもそも許可を貰っていないというか」

軍学校へ提出する書類の中に親の承諾書がありそれを先月手紙と一緒に送ったのだが、返ってきたのは『そちらへ行く』と一言書かれた手紙のみ。

封筒を逆さにしても、中身を覗いてもその紙一枚だけだった……。

「まて、伯爵から許可を得ていなかったのか……?」

「家出のようなものでしたから。恐らく社交シーズンが終わる頃にはお父様が書類を持って砦に来ると思いますが」

「もうすぐ入学だというのに……。軍学校は入学試験のようなものがあるのだろう?私はそちらの準備はどうなのかと聞いたつもりだったのだが」

「入学試験といっても、身体検査や体力測定のみです」

「ですが、伯爵が何も知らないのであれば、寮暮らしに必要な物はまだ揃えていないのでは?」

「御爺様が日用品と剣があればどうとでもなると」

「……なるわけがないだろう。駄目だ、頭が痛い」

「私も学園での生活しか知らないので何とも言えませんが。入学前に制服、部屋の内装の手配、受講コースの選択とそれに関しての教材。騎士科で扱う剣と馬は各家で愛用しているものがあれば申請するとのことでした。あとは、侍従の人数の申告といったところでしょうか。まぁ、全て家の者が手配しましたが」

「その手配する筈の者が何も知らされていない状態だ。本人はコレだしな」

呆れた顔をするルドに『コレ』と指差され、首を傾げる。

軍学校に入学する者達はほとんどが平民だ。稀に貴族の三男や軍事貴族の次男などもいるらしいが、剣に馬なんて用意している者の方が少ないと思う。

国が運営する軍学校なのだから、それ以外の物は支給品として用意されているような気がするし。

「街で軍学校の生徒をよく見かけますが、もしかしたら必要な物は自身で買いに行くのでは?だとしたら、ある程度貨幣も持っていないと困りますね」

「私もそうだが、セレスも財布など持ったことがないだろ?」

「失礼な。私は財布を持っていますよ」

「実際に買い物をしたことはあるのか?」

……買い物。

ルジェ叔父様に必要な物を買うようにと財布を貰ったが、使ったことがない。

此処へ来た当初は訓練がきつ過ぎて街に行く余裕もなかったし、二年目からも侍女が揃えておいてくれたので困ることがなかった。

サーシャに誘われ月に一度街へ行っているが、欲しい物が特になく何も買わないので財布を出したことすらないかもしれない。

「……訓練がありましたので」

「しれっと嘘を吐くな」

ははは……と頬を搔き、話を逸らそうとやけに大人しいレナートに顔を向ければ、元々大きな目を更に大きく見開き口をパクパクと動かしている。

真顔でそんなことをされたら壊れた玩具のようで少し怖い……。

「レナート?」

「軍……」

「ぐん?」

「軍、ぐ、軍……軍学校?」

私が学園ではなく軍学校に入ることをルドには話したことがある。

御爺様とルジェ叔父様は勿論、この砦にいる人達は皆知っていることなのだがレナートには話したことがなかったと思い頷く。

「どうしてセレスが軍学校に?兄上と学園に通うのでは?」

「話すと長くなりますが……簡潔に言うと、軍事貴族だからです」

「簡潔過ぎるだろう……」

「詳しいことはルドが教えてくれるかと」

「私に丸投げするな!」

当たり障りなく説明するのって大変なんですよ?と胡乱な目を向けるルドににっこり微笑み、「軍学校……」と呟くレナートの頭を撫でた。