作品タイトル不明
探り
「伯爵家の一人娘」
レナート様がジーッと上から下まで私を観察したあとポソッと呟いた言葉に、コクコクと頷きながら愛想笑いを浮かべる。
こういったどうすれば良いのかわからない状況のとき、マナー講師からは静かに佇み微笑んでいなさいと教わっている。
但し、目上の者、又は立場が上の者に限る。
「みすぼらしい恰好に……足が……」
ギュッと眉間に皺を寄せたレナート様の言葉に何とも言えず、「ははっ……」と乾いた笑いが零れた。
装飾のないシャツ一枚に大分草臥れてきたズボン。
男性の前どころか、王族の前に出られるような恰好ではなく、更に言うと動きやすさ重視を取った私のズボンは丈が短く足首が完全に見えている……。
貞節を重んじる貴族社会では、女性は足首まで隠れるドレスやスカート類を身につけなければならない。
厳に隠すべきものとされているので、足の形が分かる物や丈の短い物も禁忌とされている。
伯爵令嬢としては色々問題があるが、今の私は軍人見習いのようなものなので黙認してほしい……。
「肌も日に焼けているし、髪も傷んでいる」
相変わらず無表情だが、身長差の所為で若干上目遣いになるレナート様に少し和みつつ、うちの侍女達から日頃言われているようなことを呟くのでコレは小言なのだろうか?と首を傾げた。
「母上の茶会に来る令嬢とは違うと聞いていたが……想像以上に酷いな」
「……ははは……はは」
スッと伸ばされたレナート様の手が私の肩についていた葉を掴み捨てたのを見て、もうひたすら笑って誤魔化すしかなかった。
言い訳をさせてもらえるなら、二年前の私はある意味完璧な伯爵令嬢だった。
勝手に家を出て、迷惑も考えず砦に押しかけ無茶を言う。
身近な世界が全てで、私に出来ないことや、手に入らないものはないと思っていた傲慢な子供。
まぁ、此処に来て早々にその驕りはへし折られたけれど……。
一歩間違えればミラベルが言っていた通り学園内で女王様をしていただろう。
「訓練をしていれば汚れて擦り減っていくものです。大切なのは見栄えではなく、如何に汗を吸収するかに加え、動きやすさ!そして、洗いやすさ!これらを重視しています」
「洗いやすさ……?」
「はい。訓練後の洗濯が一番キツイので」
「洗濯……」
けれど、今は違う。
真面目に努力を怠らず、より良い未来に向かって頑張っている。
「肌が焼けることを気にしていたら訓練は出来ません。髪も同じく。一応、これでも多少は気をつけて手入れはしていますが……」
「当然だ」
神経をする減らしながら日々私の外面に気を遣っているのは本人ではなく、侍女達だが。
「基礎体力訓練のときは、早朝以外は屋内だったのでそうでもなかったのですが、今は実地訓練が入っているので仕方がないかと。……もう少し暑くなってきたら、もっと酷いことになりますし」
「……」
コレでもマシな方なのだと胸を張って言ってみたが、無表情だったレナート様が瞠目したまま動かなくなってしまった。
何がいけなかったのだろうか……?最後の言葉が余計だった?
どうすれば良いのか分からず途方に暮れている中、先に動きを見せたのはレナート様だった。
「……実地訓練とは、あれのことを言っているのか?」
レナート様が指差したのは、円の中で激しい応戦を繰り広げている者達や、地面に倒れ伏しながら罵声を上げている者達。
私にとってはいつもの光景なのだが、初めて目にしたレナート様には刺激が強かったらしく顔が青褪めている。
「そうです」
「……あれなのか」
重々しく頷きながら、円の外で食い入るように模擬戦を観戦しているルドに目を細めた。
王都で騎士団の訓練くらい見放題な筈のルドは、何故私達を放置したままそこに居るのだろうか……。
(そろそろ戻って来い!)と念を送ってみるが振り向きもしない。
「……それも使えるのか?」
それとは何でしょうか?とノロノロと視線を動かせば、そこには私が愛用しているダミー武器が。
「はい。振ってみせましょうか?」
「ん……」
ダミーとはいえ危ないので離れた位置まで移動し、足を横に開いてしっかり立ちながら手に馴染んできた剣を振った。
「ふっ……!」
リックさんに教わった通りに何度も振り続け、緩急をつけたあと逆手に持ち替えながら空いている方の手を腰元へ移動させ素早く短剣を握る。
昨日はこの動作が遅くて先に首元に剣先を突き付けられていた……。
同じ動作を繰り返し、上手くいけば次へと移る。
軍学校で基本的な型は教わるが、何度か戦場に出ればそれらは全て自己流のものに変わっていくらしい。
人によって大分違うと聞き興味を持った私は、手本と称して御爺様に一度剣を振って見せてもらったことがある。
が、流石は元帥。
剣の扱いが常人の域を超えていたので全く手本にならなかった。
ルジェ叔父様のように両手に剣を持つのも良いなぁ……と短剣を放り右から左へと剣を持ち替えた瞬間。
「……んっ!?」
視界の端に映ったのはレナート様で……。
軽く数回振って見せるつもりがいつの間にか没頭していたらしく、レナート様を放置していたことに漸く気づいた。
「んんっ……このような感じです」
息を整えながら咳払いし、忘れていませんよ?少し張り切り過ぎただけですよ?と誤魔化すが、レナート様の胡乱気な視線に耐えきれず「嘘じゃないですよ!?」と余計な言葉が口から飛び出していた。
「本当で……レナート様?」
「貸して」
無言で近づいて来たレナート様に焦るも、剣を寄越せと言うので渡してみた。
手を離すのが早過ぎたのか、受け取ったレナート様の腕がガクンと下に下がりよろめいた。
「……これ、本物と同じ重さか?」
「はい。初めは軽い物を使っていたのですが」
物足りなくて……と言葉にする前に口を閉じた。
これ以上私の印象を損ねるわけにはいかない。
「兄上が城で使っている木剣は……これよりも軽い物だった」
「ある程度鍛えていないと持たせられないと言われましたから。今年はルドも重さを変えるのでは?去年よりも身体つきがしっかりしていますし」
ダミー武器よりは軽いかもしれないが、木剣もそれなりに重量がある。
難なく素振りが出来るようになれば本物と変わらない重さのダミー武器を使い、ルジェ叔父様のように両手に剣を持つ人は更に重量を上げていく。
ダミー武器を二、三度振るが直ぐに地面に剣先を下ろす。
それを数回繰り返したあと、レナート様が「……重い」と呟いた。
それはそうだろう。
そのダミー武器は私専用に御爺様が作らせたサイズは子供用でも重さは大人でも腕が痺れるという特注品なのだから。
「……兄上や僕と歳が変わらない貴族の少女が、ランシーン砦で厳しい訓練を受けているなんて誇張されているのだと」
此処へ来る前の私だったら、間違いなくレナート様のように誇張された話だと一蹴していただろう。
「最近王都では兄上に気のない素振りをして態と関心を引こうとする者が増えていてうんざりしている。だから、セレスティーアもそうなのだと思っていたが……違ったんだな」
ほっとしたように肩を落とし、ふにゃっと微笑んだレナート様の破壊力が凄すぎて、私はよろけながらガクッと地面に膝をついていた。