軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伯爵令嬢のなれの果て

北の極寒の地に立つランシーン砦は、ラッセル王国の初代国王が建設させた辺境の砦である。

砦の側には小規模な街が造られ、そこには国境を侵す者達を撃退する国軍の関係者達が暮らしている。

国軍の通常任務は王都で勤務している騎士とそう大差はない。

朝から晩まで訓練をし、戦争時の隊列の配置確認に武器庫などの補充。

それに加え国境の向こうへ出している監視部隊、周辺の巡回部隊などから上がってくる報告書の確認や、王都へ提出する書類作成という文官のような仕事もある。

けれど、これが戦争時になると平穏な空気をガラリと変える。

睡眠も食事も交代制となり、砦には昼夜問わず見張りが立ち、いつでも戦闘出来るよう常に武装し緊張を強いられる。

戦闘は短期で終わるときもあれば長期化することもあり、張り詰めていた糸が切れないよう内面のフォローも重要な任務となってくる。

そんな華やかでもなく地べたを這いずっているような生活をしている国軍。

その軍の中でも辺境砦という地獄の地を若くして任されている大佐の執務室では、戦争時でもないのに緊張感が漂い、戦闘の猛者達が裸足で逃げ出したい状況に陥っていた。

コツ……コツ……コツ……。

上司がペン先で執務机を叩きながらもう十五分以上は手元にある手紙を睨みつけている。

声をかけても良いものかと、部下であるロベルトはとても悩んでいた。

次々と上がってくる書類の束を持ちながら、同じ部屋で仕事をしている仲間達に助けを求めるかのように視線を投げるが、誰もロベルトと視線が合わない。

いや、違う。合わないのではない。合わせないように、わざとらしく顔を下げている。

コツ……コツ……コツ……。

今朝早くに届けられた上司宛の手紙には一体何と書かれているのか……。

封筒の署名と押印を見る限り、王都にある上司の実家からの手紙に違いない。

(何が書かれているんだ?どうしてこのクソ忙しい朝の時間帯に上司の機嫌を損ねるようなものを送ってきたんだ!?出来れば一日の終わりにしろよ!)

次第に大きくなっていく音と共に、上司の手紙を睨みつけているロベルトの眼力も増していた。

コツ……コツ……ゴツッ!

とうとうペン先が曲がり、執務机に小さな穴が開いたのを目視したロベルトは悲鳴を呑み込み、上司がゆっくりと顔を上げた瞬間一歩後退っていた。

「……実家からだ。一月後に、王都にある屋敷で婚約披露を行うらしい」

物凄く低い声で語られた内容に(婚約披露?今更?)ロベルトは首を傾げた。

この上司には幼い頃から婚約者が居り、そのお披露目はとうの昔に済ませていたはずだった。

(……大々的に知らしめる為にもう一度行うのだろうか?)

昔とは違い、貴い身分である者達からも信仰に近い形で敬畏されている上司の肩書はただの伯爵令嬢ではない。近隣諸国では上司の名を聞けば脅えるか取り込もうとするかの二択。

それほど『辺境砦の残虐王』と称されている国軍大佐は有名だ。

実家に帰っている様子はないから婚約者とも顔を合わせてはいないだろうし、そもそも上司が婚約していることを知らない者達が大勢いるかもしれない……。

うんうん……と頷いていたロベルトの思考を読んだのか、上司が首を左右に振った。

「私のではない。義妹のだ」

「あぁ……」

そういえば義妹とか居たな……とポン!とロベルトが手を叩くと、上司は握っていたペンを真っ二つに破壊した。

パラパラと机に置かれた手紙の上に落ちていくペンの残骸を見て、ロベルトは身震いした。

「相手は私の婚約者だった男だ……。どうやら、私は婚約破棄されたらしい」

バッ……!と顔を上げる音がするほど皆の視線が上司に集まり、ロベルトは持っていた書類の束を床に落としていた。

「戻って来いと……はっ、戻って来いだと?」

(あ、死んだな、そいつら)

一同心の声をハモらせ、不敵な笑みを浮かべる上司から再び顔を背けた。

国境を防衛するにしては二百人と少ない軍人が駐屯しているランシーン砦には、長く美しい銀髪と宝石のような赤い瞳、端正な顔立ちに細身の長身という、世の女性の理想を詰め合わせたような外見を持つ大佐がいる。

が、恐ろしく強く残虐で、ついでに口が物凄く悪い。

夜半の奇襲で砦を襲った敵国の部隊の生き残りは、月明りに照らされた大佐に見惚れながら首を落とされる仲間の姿を目にし『まるで、悪夢だった……』と語ったという。

その、残虐だのなんだのと本人としては大変不名誉な名称を付けられているセレスティーア・ロティシュ大佐は、まだ齢十九の伯爵令嬢だった。