作品タイトル不明
襲撃
何度聞いても慣れない不協和音。
最初は驚きと恐怖で身を竦めていたな……と、眠りの淵から意識が浮上した瞬間ベッドから飛び起きた。
「セレスティーア様」
寝室に入って来た侍女に手を上げ起きていることを伝えながら、クローゼットから目につきにくい色のシャツを取り出し素早く着替える。
腰に付けたホルスターにナイフを押し込み固定し客間に急ぐと、護衛と侍女は既に待機していた。
此処へ来てからもう五度目になるだろうか?
軍人ではなく客人である為、決して部屋からは出ずいつでも避難出来るよう準備して待つだけ。
慣れたものだと苦笑しながら窓に近づき、未だ鳴り続けている警報音に眉を顰めた。
「……西側か」
恐らく、警報音を鳴らしているのは西側にある監視塔だろう。
この警報音は高く鋭い音から低く暗い音まで、大きく分けると三種類ある。
本当はもっと細かく分けているのだが、私が教わったのは、襲撃、偵察隊、避難の三つだけ。それ以外は砦から出ない私には関係のないものだ。
警報音は流れる音によって意味合いを変えているので、伝令よりも早く警告出来る。
更に、どの監視塔から警報音が流れているかによって、国境を接している二国のどちらが仕掛けてきているのかもわかるようになっている。
「西からの襲撃。確か、スレイラン国だったか……?」
暗闇の中疎らに灯る火の明かりを見下ろしながら窓枠を指で叩く。
好戦的で、強さを重んじる文化を持つスレイラン国は、ここ暫くは静かだったのにどうしたことか?
国境沿いにある鉱山の権利を巡り、ラッセル、西のスレイラン、東のドルチェの三国は互いに牽制しながら睨み合っている状態だ。
鉱山の周囲や砦に偵察隊を送り込み、その偵察隊を排除することによって報復とばかりに砦を襲撃する。
軽い牽制程度のものもあれば、本格的に軍を進行させ長期間戦闘になる場合とまちまちだが、今年に入ってからはドルチェからの三度の軽い威嚇しかなかった。
―コン……コン、コン。
独特なノック音に扉を護っていた護衛が同じようにノックを返し、開かれた扉からロナさんが顔を覗かせた。
まだ警報音は止んでいないばかりか、切迫した表情のロナさんが現れたことで部屋に重苦しい空気が流れる。
「セレス、悪いがルドの部屋に移動してほしい」
「はい」
「……そんな顔をしなくても大丈夫。賓客を一ヵ所に集める為に同じ部屋で待機してもらうだけだから」
不安気な顔でもしていたのだろうか……。
ロナさんに気を遣わせたことに落ち込みながら、長い廊下を駆けて行く。
階段を挟んだ向こう側に足を踏み入れたことはなかったが、造りは同じらしく特に王族用だからといって華美なわけではないらしい。
一番奥の部屋の前で止まり、私のときと同じような遣り取りを行って開かれた扉の奥では、ルドが剣を手に持ちソファーに座っていた。
「すまないが、セレスも頼む」
「了解した」
ルドの護衛らしき人とロナさんの遣り取りを尻目に、自身の侍女や護衛に手で合図を送り護衛の配置に就かせた。
話せない状況下に置かれた場合にと教わったこの動作は度々重宝している。
「セレス……何があった……?」
緊張をはらんだ声と握り締めたままの剣を目にし、不安と恐怖でいっぱいであろうルドを安心させるように、態と何でもないことのように微笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫、いつものことだから。あと数刻もすれば警報は鳴り止む」
「……いつも?」
「もしかして、ルドは初めてこの音を聞いたの?」
「毎年此処へ来ていたが、このような状況は初めてだ」
去年も何度かあったが、この時期はどうだっただろうか?と考えていると、ルドに「隣に」と言われたので遠慮なく隣に座っておいた。
「説明は受けていたのだが……」
「危険な状態ならとっくに避難させられているだろうから、そんなに心配しなくても大丈夫」
「……セレスは怖くないのか?」
「もう慣れた」
「慣れるものなのか……」
初めてなら不安になるのも仕方がない。
けれど、ルドはまだあと一月近くは滞在するのだから言っておいた方が良いだろう。
「今年はまだ暖かいからもう何度か襲撃は起こると思う」
どういうことだろう?と首を傾げたルドの肩を摩りながら、「まだ雪が降っていないから」と続けた。
「雪……?」
「冬は体温を奪われ、視界が制限されるだけでなく、低体温症や凍傷の危険性がある。士気の低下もそうだけれど、戦闘力に大きな影響を及ぼす季節は普通なら戦闘を仕掛けたりはしない。けれど、今年は例年より暖かいから……」
「寒くなるまでは、これが続くのか?」
「どうだろう。スレイランが何をしたいのかによる。でも、此処には御爺様が居るから、そんなに心配することはない」
「そうだな……」
ぎこちなくではあるが笑みを浮かべたルドに胸を撫で下ろし、ルドの側に立っている護衛騎士をそろりと見上げた。
どの角度から見ても絶対に騎士だとわかる風貌の男性は、無表情のままジッと扉から視線を外さない。
この部屋に護衛は彼一人。
王太子殿下の護衛が一人?と部屋に入る前に室内を軽く見渡したときに驚いたが、この状況で顔を出さないのなら他の護衛は居ないのだろう……。
随分と不用心だなと思ったが、逆を返せば彼一人で事足りるということだろうか?
「……何か?」
顔を動かすことなく問われた言葉で、無遠慮に眺め過ぎたと慌てて顔を正面に戻した。
「すみません。護衛が一人だけだとは思わなかったので……」
「殿下が此処に居ることは内密の為、護衛は私一人です」
「心配しなくても、アルトリードは近衛騎士の副隊長だ」
王太子殿下に近衛騎士の副隊長、それと元国軍の元帥の孫娘。
錚々たる顔ぶれに、責任重大だと扉に立つロティシュ家の護衛達はそっと胃の辺りを押さえた。