軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

親子

勝手知る砦内を歩き、客室のある最上階へと階段を上がる。

砦内とはいえ、訓練場、演習場、武器庫、資料室や会議室といったいかにもな場所ではなく、今向かっている先は居住区。建物内に目新しい物などなく、内装も軍学校とそう変わらないというのに、シルとセヴェリは物珍しげに辺りを見回している。

「ただの階段だの何がそんなに面白いんだ?学舎や寮とそう変わらないだろう」

「だってあのランシーン砦だよ?中に入る機会はそうないから隅々まで見ておかないと」

「この砦を落とすときの参考にするわけでは……っぶっ」

「ねぇ、セヴェリ。砦内で冗談でもそのようなことは口にしないようにね?」

「っぐっ……っ」

急に階段で立ち止まって何をするのかと思えば、シルがセヴェリの口元を両手で覆い叱り始めた。確かに今のセヴェリの言葉を誰かに聞かれ歪曲されでもしたら面倒なことになると、シルの咄嗟の対処に感心していたのだが。

「兄上に追加で叱られることになるから」

「……ふぐっ……ううっ、ふぐっ…」

「息が吸えないから鼻は解放してやれ」

咎めた理由がそれかとシルに呆れつつ、戯れる二人を促し最上階の客室がある通路につくと、そこにはルジェ叔父様と軍の隊服を着た見知らぬ壮年の男性、それとフィンが居た。

警戒心が強く親しくない者と話すのは緊張すると言っていたフィンが、壮年の男性に頭を撫でられ屈託なく笑っている……。

「あれ……?フィンは用事があるからって先に砦に向かったんだよね?」

ルジェ叔父様達を目にして遊ぶのはお終いだとばかりに切り替えたシルが、通路の先で男性と仲良く話すフィンの姿を見て不思議そうにそう口にした。

「準備の為に先に砦に向かったスノーとヘイルと一緒に軍学校を出た筈だが」

「何の用事か聞いた?」

「いや」

「あのフィンと話している人、どこからどう見ても軍人だよね……?」

軍の隊服を着た壮年の男性とフィンを見比べていると、ロベルト兄様とレナートに気付いたルジェ叔父様が二人を連れ通路の端へと移動し、書類を捲りながら小声で打ち合わせを始めた。

それを横目に、一先ずその場で待機することにした私達の関心は、壮年の男性とフィンへと向かう。

「あの人、肩や胸元に沢山バッチがあるけれど階級が高いのかな?」

「隊服からして大佐だと思うが」

「大佐……え、でもその大佐とフィンがどうしてあんなに親しげなの?」

「どうしてと私に訊かれても……」

「ハリソン教員がフィンの父親は軍人だと言っていませんでしたか?」

「あっ……!」

「あ……!」

そうだったとセヴェリの言葉にハッとし、ジッと壮年の男性を観察してみるが……。

「親子……なのだろうか……?」

隊服を着ていても分かるほど筋肉質でがっしりとした身体に、いかにも軍人といった硬質な空気を纏う壮年の男性。対して筋肉がつきにくく体重が増えないというのが悩みで、穏やかで控えめな性格のフィン。どこからどう見ても全く似ていない。将来フィンがどれほど成長したとしてもあの男性のようになるとは思えず、寧ろならないと断言できるくらいだ。

私と同じことを考えていたであろうシルとセヴェリと顔を見合わせ頷いていると、「セレスティーア」と直ぐ側から声を掛けられビクッと肩が跳ねた。

「……あっ、ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど……三人共どうしたの?何か凄い顔をしているけど」

怪訝な表情を浮かべるフィンの隣には、今まさに誰だろうと話をしていた人物が立っている。背が高いとは思っていたが、高いというものではない。御爺様やルジェ叔父様よりも頭一つか二つは高く、袖が捲られ露出している腕は丸太のよう。

「この子達がお前の言っていた友達か?」

「うん。友達……だよね?」

一瞬あれ?となったのか、友達かどうか確認するフィンに苦笑し友達だと頷いて見せると、フィンは目に見えてホッとし、男性を見上げながら「友達」と再度口にした。

「初めましてだな。俺はフィンの父親のツィオだ。普段の駐屯先は東の砦なんだが、フィルデ爺に呼ばれてこっちに来ている」

ニッと口角を上げたツィオさんに「よろしく」と手を差し出され、唖然としながらその手を握ればぶんぶんと上下に振られる。

「フィンの……お父様だったのですね」

「お父様か、何かこうくすぐったい呼ばれ方だが悪くないな。そっちの二人も、ほら、手。息子と仲良くしてやってくれ」

「……あ、はい」

「親子……」

フィンとツィオさんを何度も見比べながらまだ混乱しているシルとセヴェリの気持ちはよく分かる。けれど驚いたのはそれだけではない。

「フィルデ爺……?」

「ん?お嬢ちゃんがフィルデ爺の孫だろう?見た目がそっくりだから直ぐ分かったが、あのクソ爺にこんな可愛らしい孫がいるとはな……しかも才能も根性もあるときた。軍人家系にとっては嬉しいもんだろうな」

聞き間違いかとも思ったが、ツィオさんの言う「フィルデ爺」とは間違いなく御爺様のことらしい。この砦に居る軍人達、家族や親類ですら御爺様のことをツィオさんのように呼んでいる人はいない。ルジェ叔父様なんて年寄り扱いすると怒鳴られていたのに。

きっと御爺様本人の前でもこの呼び方なのだろうと呆然としていたからか、何やら慌て始めたフィンがツィオさんの腕を叩き出した。

「と、父さん」

「あ?どうした?」

「爺とか、セレスティーアにとってはおじいちゃんなんだから、他に言い方が」

「言い方も何も、爺は爺だろうが」

「だから失礼だってば。あぁ、もう、ごめん、セレスティーア。父さん生粋の軍人だから粗野なんだっ、うわあっ!?」

「誰が粗野だ?」

ツィオさんが項垂れるフィンの髪を片手でぐしゃぐしゃとかき回すと、たまらずフィンが声を上げた。その声が大きかったのか、離れた場所に居るレナートがこちらを見ながら目を丸くしていたので、何でもないと首を振っておく。

「ツィオさんは今回の会談の為に、御爺様から呼ばれたのですか?」

「ああ、違う。それとは関係なく軍の用事でこっちに来ただけだ。大した用事じゃないから俺が来る必要はなかったんだが、フィルデ爺が気を利かせて俺を指名したんだろう。息子を軍学校に入れた時点である程度の覚悟はしていたが、だからといって心配しないわけではない。無事に元気で……ただそれだけのことが難しいのが軍だからな……」

「父さん」

「こうして無事な姿を見られて良かった。あのクソ爺は厳しいだけでなく優しさもあるから敵わないんだよな……クソ爺なくせによ」

「父さん!」

「褒めたのに駄目なのか?」

「言い方だってば」

とても優しい声でクソ爺と呼ぶツィオさんに気付き、御爺様が凄く慕われているのだと嬉しくなる。厳しいけれど優しい御爺様は、私の自慢の御爺様だから。

「将来はお嬢ちゃんも軍人になるのか?」

「あ、いえ、私は軍学校を卒業したあと領地に戻る予定です」

「だから、父さん。セレスティーアは貴族令嬢だから」

「貴族令嬢だからって軍人になれないわけではないだろうが」

「そう……なの?」

「フィルデ爺とルジェだって貴族だろうが。だが、軍人なんてそんないいもんじゃないからな……男だって泣いて逃げ出すような職を態々選ぶ必要はないか」

そう、軍学校に入ったのは義妹の予言を回避する為で、軍人になるつもりはなかった。

砦に来たばかりの頃は何もかもが初めてのことで、生活に慣れるだけで精一杯。軍学校に入ることを目標にただひたすら歯を食いしばって努力しただけ。

基礎からみっちり叩き込まれたおかげで軍学校に入ってから苦労するようなことはなかった。だからといって学ぶことはまだ沢山あり日々大変だが、それはそれで面白い。

汚いとか怪我をするとか、ルジェ叔父様から言われていた通りで、けれどそれが嫌だと思ったことがないのは慣れてしまったからだろうか……。

軍学校を卒業したあとは、領地でお父様から領主としての仕事を学び、ほどよい時がきたら婚約者であるフロイドと結婚を……。

「するのだろうか……?」

今のような曖昧な関係で?向こうから婚約を破棄するまでこちらから何か動く予定はないとはいえ、本当に彼と結婚を?

「……ス?」

「……」

「……レス?」

「……」

「セレス!」

「あっ、レナート……?」

「何度も呼んだのに」

思考の渦にのまれ必要以上に悩んでいたからか、レナートが目の前で何度も呼んでいたことに気付かなかった。打ち合わせを終えたのか、ルジェ叔父様が「こっちに」と手招く。

「セレス、何かあった?」

「いや……」

「本当に?」

心配そうに私の顔を覗き込むレナートを安心させるよう微笑み、ぐるぐると考えていたことを振り払い、ルジェ叔父様のもとへ向かう。

「では、部屋に入る前に確認する」

スレイランの使者が居る客室に入るのは、ルジェ叔父様、レナート、私、フィン、シル、セヴェリ。御爺様とレナートの側近であるスノー、ヘイルは既に中に居る。

「使者の対応はフィルデと第二王子殿下が行う。セレスとフィンは、もし使者から話しかけられるようなことがあれば、不利益な言質を取られないよう慎重に言葉を選ぶように。何か失敗したと感じても顔には出さず、フィルデか俺に目配せすること」

客室のドアノブに手をかけ、「分かったな?」と念を押すルジェ叔父様に頷く。

「シルとセヴェリは久々の再会だろうが、あとで時間を取るから我慢してくれ」

「兄上にも、こちらにも迷惑をかけないよう大人しくしています」

「ご配慮、ありがとうございます」

シルとセヴェリの言葉に頷いたルジェ叔父様が「行くぞ」と扉を開ける。

現国王陛下が自身の為に調度品を整えさせた客室の奥、広い部屋の中央に置かれたソファーには、御爺様と此方に背を向け座っている人が。

「……っ」

扉が開いたことに気付き振り返った人を目にし、知らず息を呑んでいた。