作品タイトル不明
ランシーン砦へ
休日の朝。普段ならまだ惰眠を貪っている時間帯に起き、シル、セヴェリ、レナートと軍学校の門の前で落ち合い、久方ぶりにランシーン砦にやって来た。
今日はスレイランから使者が訪れ、スレイラン国第二王子の受け渡しが行われるからだ。
皆いつもより口数は少なく、シルにいたっては軍学校を出てからずっと「兄上に叱られる」と、悲壮な顔でセヴェリに訴えかけている。その姿があの演習のときの自分と重なり、シルの気持ちはよく分かると深く頷けば、私の隣を歩くレナートが首を傾げた。
余裕のなさそうなシルとは真逆にレナートは普段通りで、これから初の外交交渉だというのに気負う様子すらない。
物怖じせず、環境に順応するのが早く、物事を論理的に考える。
こういったところが王族なのだろうとレナートを誇らしく思いながら、開かれている砦の門の中に入ると、そこには軍の隊服を着た従兄弟の姿があった。
「ロベルト兄様!」
軍学校では制服姿のロベルト兄様が灰色の軍の隊服を着ている姿を目にし、興奮して思わず声を上げ駆け寄っていた。何年も砦にいたので隊服は見慣れている筈なのに、こうしてロベルト兄様が着ているところを見ると感動してしまう。
「おはよう、セレス。ふふっ、まだ寒いからって厚着し過ぎじゃないか?もこもこしている」
「もこもこ……」
「誰も何も言わなかったのか……あー、今日だけじゃなく普段からこれなのか」
「寒いのでこれくらいは当然です。ロベルト兄様は実習ですか?」
「実習だよ」
軍学校に通っているからといって必ずしも軍人になるわけではない。基礎的な教養を身につける為、または軍学校で習う専門的な知識を利用し事業に活用する為、こういった国境近くに住む者であればいざといったときに戦う術を求めてなど、他にも様々な理由で軍学校に通っている者達は沢山いる。
私も含め、そういった者達は軍学校を四年で卒業するのだが、軍人を目指している者達はもう一年在籍し、軍人見習いといった形で五年目を軍学校で過ごす。五年目は今迄教わってきたこと以上により実務的なことを厳しく叩き込まれ、遠征は現役軍人と行う。
平日は軍学校、休日はランシーン砦で見習いとして実習。
これが一年続き、春に新人として各地にある軍部に配属される。配属先は卒業前に自身で希望先を選び軍学校に提出するらしいのだが、ランシーン砦を希望する者が多く倍率が高いらしい。
その為、この街出身の者から優先的にランシーン砦に配属されると聞く。
「通常時は砦の中で上官の補佐をしているのだけれど、今日はスレイランからの使者の出迎えを任されていたから」
「ロベルト兄様がお一人で対応されるのですか?他の方達は?」
「あー、あちらの身分的に本来なら俺のような見習いが出迎えを担当するのは失礼にあたるのだろうけど、今回に限っては出迎えてもらえるだけ有難いことだから」
他国からの使者であり、その中には今回第三王子という王族がいる。普通なら高い役職を持つ大佐あたりが出迎えるものではないのだろうかと眉を顰めれば、私の眉間に人差し指を当てたロベルト兄様が、「そうだよね?」と私の左隣に立ったシルに向かって笑みを浮かべた。
「捕らえられている異母兄とは違い、兄上は思慮深い方なので出迎えていただけるだけで感謝されるかと思います」
「うん、確かに嫌な顔をせず感謝の言葉を口にしていたけど」
「……口に……?えっ」
「君のお兄さんはもう到着しているよ。さあ、御爺様が客室で待っているから皆は砦の中に」
王族相手に容赦がないと苦笑していれば、ロベルト兄様は驚き言葉が出ないシルの肩を叩き、にこやかにとんでもないことを口にした。
「使者の方達は、午後に到着すると聞いていたのですが……」
もしや時間を聞き間違えてしまったではと周囲を見回すと、シルとセヴェリは首を左右に振り、レナートは困惑した顔をしている。
「大丈夫、間違えてはいないよ。どうやらスレイラン側の都合で時間が早まったらしく、既に到着しているんだ。なので、レナート様が到着されたら直ぐに案内するようにと言われています。レナート様、歩きながらになりますがいくつかご確認を」
「あ、うん。事前に元帥と摺り合わせは終えているけれど、どこか変更に?」
「こちらが先日お渡しした書類なのですが、二ページ目のこの部分を消し、こちらに変更するそうです」
「そっちは少し難しいかもしれないと元帥が変えていたよね?」
「相手が第三王子ということもあって変更したそうですが、向こうが提示してきた条件が」
先導するロベルト兄様の隣に立ち書類を見て話しながら中に入って行くレナート。二人の後ろをついて行きながらその姿を眺め感心する。数分前まで困惑した顔をしていたのに、直ぐに切り替えロベルト兄様と打ち合わせを始めるのだから、やはりレナートはとても優れているのだとほくそ笑む。
「セレス、変な顔になっているよ」
「……変な顔?」
「目尻が下がっていて、こう、口元とか、こうで……こんな感じに」
「何だ、その奇妙な顔は」
「セレスの顔だよ」
「そんな顔をしているわけが」
「シル、その変な顔はいつものことです」
「いつも……?」
「それはちょっと語弊があるよね。第二王子殿下のことになるといつもって言い方にしないと……って、言ったのはセヴェリだから!睨むならセヴェリにして!」
セヴェリを指差すシルを見て溜息を吐けば、「何で溜息!?」とシルが私の腕に掴まり抗議する。やっといつも通りのシルに戻ったのはいいが、コレはどうすれば?とセヴェリに向かって掴まれている腕を上げて見せたが、一瞥しただけで何も言うことなく先を歩いて行ってしまう。
「コレはセヴェリの管轄だろう?」
「……」
「待て、セヴェリ」
「……」
腕を振っても離れないシルを引き摺りお守り役のセヴェリを呼ぶも、無視ときた。
本当ならこのままセヴェリの元まで走って行って同じ目に遭わせてやりたいところだが、砦内でふざけるわけにもいかず、仕方なくシルを腕に付けたまま移動する。
「ねぇ、セレス」
「……何だ」
「兄上は私をどう思っているかな」
「どうとは?」
「迷惑や心配をかけてばかりだから……そろそろ見限られるかもしれないよね?もしかしたら叱られず目も合わせてもらえないかもしれない」
小さな声で弱音を吐くシルに「そう心配するな」と返し、空いている方の手で額を軽く叩く。
ううっと唸り恨めしげに私を見るシルに、そのまま言葉を続ける。
「この国に来る前から迷惑をかけていた可能性が高い」
「……へ?」
「シルがスレイランで大人しくしているわけがない」
「大人しく……確かによく叱られてはいたけれど」
「だから心配する必要はない。そろそろどころか既に呆れられている」
ポン……と肩を叩いて励ますと、シルは「酷い」と言い私の腕を放した。やっと解放された腕をまた掴まれないよう少し距離を取る。
「えっ、普通は慰めて励ましてくれるところだよね……!?」
「これが私の普通であり、残念だが現実だ」
「ううっ……セヴェリ……!」
「……なっ、歩きにくいので離れてください」
「だってセレスが酷いんだよ」
自分より背丈が高く、細身だが筋肉がある男を引き摺って歩かせておいて、酷いとは何事か。
シルが騒ぐので何かあったのかと後ろを振り返ったレナートとロベルト兄様に、何でもないと軽く手を振った。