作品タイトル不明
グッズ発売記念SS
夏の暑さはなくなり、吹く風が少し肌寒く感じる頃。
軍学校内にあるガゼボでは、セレスティーアが本を片手に寛ぎ、その隣では同じように本を読むレナートが。そしてそこには当然のようにシルヴィオとセヴェリーノ、レナートの側近であるスノーとヘイルも居る。
週に二度ほどクラスの違うエリー達とガゼボで昼食を摂っていたセレスティーアだったが、レナートとシルヴィオにエリー達だけでずるいと抗議された結果、昼休憩の時間に各々好きなことをしながら一緒に居る時間を設けている。ただ同じ時間を共有しているだけで満足そうなレナートとシルヴィオを不可解に思うも、二人が喜んでいるのでよしとしている。
そんな普段通りの麗らかな午後。
「ロベルト兄様」
常に冷静で、何事にも動じず、あのビリーが横で喚いていても一瞥するだけのセレスティーアが、声を震わせながら自身の従兄弟の名を口にし。
「これは、どういうことですか……?」
信じていた人に裏切られたような顔をして、ロベルトが持って来た物を指差した。
ガゼボにいつもの顔ぶれが揃い、各々好きなことをして過ごしていたときだった。
最高学年になってから益々忙しく、早朝訓練にもあまり顔を出せなくなっていたセレスティーアの従兄弟であるロベルトとリアムが、腕に紙袋を抱えて、妙に神妙な顔をしながら現れたのだ。
「ロベルト兄様とリアム兄様?お二人が此処に来られるなんて珍しいですね」
「あっ、うん。用があって」
「用ですか?」
読んでいた本を閉じたセレスティーアが何の用だろうか?と姿勢を正すと、ロベルトが「違うんだ」と苦笑する。
「用があるのはセレスじゃなく、第二王子殿下なんだ」
「レナートですか?」
「……僕?」
セレスティーアの隣で本を読んでいたレナートは目を丸くし、何だろうと首を傾げながらロベルトを見上げている。その仕草の愛らしさにセレスティーアは内心悶えながら、重要な要件であるなら自身とシルヴィオとセヴェリーノは席を外した方が良いかと訊ねた。
「いや、そのままで……っ、リアム、大丈夫だろうか?」
「俺に訊かれても困る」
「リアムだって一緒に頼まれただろう?」
「だが、分からないものは分からない」
「はぁ……何で引き受けたんだろう、俺」
ロベルトとリアムのやり取りを眺めていたスノーが、「王宮からの伝達ではないのですか?」と訊ねると、「いや……」とロベルトは歯切れ悪く答えるだけで、リアムに関してはただただ無表情で立っている。そのような二人から何か読み取れる筈もなく、「どう言えば」と酷く困った様子のロベルトが説明するのをジッと待つことにした。
「その、これを……」
「紙袋?」
「王妃殿下から、砦にいる御爺様宛に届いた物なのですが」
熟考した結果、説明を省き現物を渡すことにしたらしいロベルトは、手に持っていた紙袋をレナートに向かって差し出した。本来であれば側近であるスノーかヘイルが受け取り中身を確認してからレナートに渡すのだが、送り主が王妃殿下となれば話は変わってくる。
「これを母上から?」
「経緯を話すと、王妃殿下から領地に居るロティシュ当主宛に届き、そこから砦に居る御爺様へ。そして今、此処にということです」
「僕に届ける為に?それなら直接人を使って軍学校まで届ければよかったのに」
「いえ、レナート様にだけではなく、ロティシュ当主と御爺様の分もあったらしいので」
「ロティシュ当主と元帥にも?随分と軽いけど、中身は」
「あっ、それは寮に戻ってから確認を……っ!」
「えっ……?」
ガサガサと紙袋を開け始めたレナートをロベルトが慌てて制止するが間に合わず、紙袋から四角い何かが取り出された。
「これは……板?」
「第二王子殿下。直ぐにそれをしまってください!」
「あっ、これ、セレスだよ……!」
王妃殿下からとなればあまり興味を示すのもよくないと皆顔を逸らしていたが、聞き捨てならない言葉が聞こえ一斉に逸らしていた顔をレナートの手元へと戻した。
「凄いよ、見て!セレスの絵が描かれている」
「……は?」
四角い板のような物を皆が見えるように掲げ、はにかみながら「セレスだよ」と喜ぶレナート。その隣に座っているセレスティーアは板に顔を近付け絶句していた。
「他にもまだ何かあるみたい」
「……」
「これは、本に挟むしおり?」
「……」
「セレスと……うわぁ、僕と兄上もいる!」
「……」
従兄弟達が持って来たこれらは、王妃殿下からだと言っていなかっただろうか?と、目をカッと開いてロベルトを凝視するセレスティーアをよそに、セレスティーアに関することは何でも首を突っ込み、喜び勇む男が騒ぎ出す。
「え、何それっ!?本当だ!凄い、セレスだ……!」
地面からガバッと立ち上がったシルヴィオは瞳をキラキラと輝かせ、レナートが手に持つ板やしおりを指差し、「それ、私も欲しいのですが」とレナートに強請ったが。
「駄目」
当然の如く、秒で断られてしまう。
それならばとロベルトにどうすれば手に入るのか訊ねるも、無理だと顔を左右に振られている。
「第二王子殿下だけずるいよね。私だってセレスが描かれた板やしおりが欲しいのに」
「凄く精巧に出来ていますね……本人そのものでは?」
「だよね。セヴェリだって欲しいよね?」
「私は特に必要としていませんが、シルが欲しいのであれば、それと同じような物を作らせればよいのでは?」
「そっか、その手があった……って、痛っ!セレス、背中を叩かないでっ、痛いー」
「絶対に止めろ。絶対にだ」
「えっ、いやだよね……っ、痛い」
「セヴェリ。もし作らせたら、これから先、一生自由に生きてはいけないと思え」
「了承した。絶対に作らせないと誓おう」
「えーっ!?何で、殿下には言わないくせに!」
「頬を膨らませても可愛くはないからな?」
「……第二王子殿下だったらこれで絆されるくせに。差別だ!」
先輩達の騒がしいやり取りを静かに聞いているスノーとヘイルは、自身の主人であるレナートが頬を染めながら紙袋を抱き締めている姿を横目に、ひたすら口を閉じ続けている。
自分達が何か余計なことを口にしてセレスティーアに紙袋を取り上げられでもしたら、後で大変な目に遭うからだ。
「あーっと、それじゃあ俺達はこれで」
用は済んだからと、ロベルトがそそくさとこの場から離れようとするが、それを易々と許すセレスティーアではない。
「ロベルト兄様。これは、どういうことですか……?」
制服の裾を掴まれ逃げられなくなったロベルトは、生気を失った目で自身を見上げるセレスティーアにコクリと喉を鳴らす。
――そして話は冒頭へと戻るのだった。
「どうしてこのような物が作られているのですか……このような、っ」
「セレスが恥ずかしがる気持ちはとても、本当にとてもよく分かる。だがこれは、その、布教用らしいんだ」
「布教……?」
「セレスは将来伯爵家を継ぐだろう?だから本来は人脈を築く為に王都の学園に入るべきだった。けれど軍学校に入り、社交活動からも離れることになってしまった。だから王妃殿下がこうしてセレスの為に様々なやり方で派閥を作ろうとなさってくれている……のかもしれない」
「かもしれない……?」
「俺如きが王妃殿下のお考えの全てを理解出来るわけがないだろう?」
一応そういった名目で作られた物だと聞いているので嘘ではない。
だが、他にも理由があるとは口が裂けても言ってはいけないと、ロベルトは何とか表情を取り繕う。
「母上は良かれと思って作ったんだと思う。ごめんね、セレス」
「あ、いや、レナートが謝る必要はない。きっと何かお考えがあってのことだと……これが?」
「セレス、大丈夫?」
「……っ、大丈夫ではないが、王妃殿下がなさっていることだから仕方がない。だが、レナートにまで配る必要はあるのか?それは、私が預かって」
「必要はあるよ!僕は将来騎士団長になるから!」
「……だから?」
「だ、だから、派閥に引き込まないと」
レナートのよく分からない言い分に、それでは取り上げられてしまう!と此処に居る誰もが焦ったが……。
「……」
「僕もセレスの派閥だから……駄目?」
上目遣いの天使に誰が逆らえようか。
セレスティーアはどこまでいってもレナートに甘いのだ。
「それなら仕方がないか」
「うん……!」
「人目につかないよう、紙袋の中にしまっておくこと」
「……そうするね」
紙袋を抱き締めながら同意したレナートだが、周囲の者達の心の声は(絶対に飾るだろう)と重なった。
紙袋どころか祭壇でも作りそうな勢いだというのに、何故分からないのか……と呆れていたシルヴィオは、「祭壇、布教用」と呟いてほくそ笑む。
自分が作れないのであれば、人に作らせればよいのだ。
確実に祭壇を作るような熱心なセレスティーア信者で、領地民に布教するという名目で作らせ売ることが出来る家の者。
しかも、セレスティーアが怒れない者達がいるではないか。
「ねぇ、セヴェリ。この話をしたらエリー達は喜ぶよね」
「……私は何も聞かなかったことにします」
「許可は取った方がいいかな?第二王子殿下だったら二つ返事で協力してくれそうだけど」
そんなやり取りをシルヴィオとセヴェリーノがしていることなど知らず、仕方がないのだと自身に言い聞かせるセレスティーアだったが……。
後日、自身の絵が描かれた板やしおりだけでなく、更なる布教用にとエリー達が考案したバッジ、色紙などが、王都に本店を持つエリーの実家の大商店から売り出されることになるとは、このときのセレスティーアはまだ知らなかった。