軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰省(アウグスト)

※今回はクラウスの長男、アウグスト目線の話になります。

「お待たせして申し訳ないです。アウグスト義兄さん」

待ち合わせの時間には、まだ五分以上時間を残しているが、義理の弟ケントはぺこりと頭を下げてみせた。

「私も今来たところだし、送ってもらえるように頼んだのはこちらなのだ、謝る必要なんて無いさ」

ケントと待ち合わせをしたのは、年末年始を実家で過ごすために、ヴォルザードへ送ってもらうためだ。

「直接、お屋敷にお送りすれば良いですか?」

「あぁ、そうして……いや、ケントの家に送ってくれるか?」

「えっ、うちですか? 構いませんけど……」

「家までヴォルザードの街を歩いてみたくなったのでな」

「あぁ、なるほど……だったら、驚くと思いますよ」

「ほぉ、それほど変わったか?」

「まぁ、それは論より証拠、ご自分の目で見て確かめてみて下さい」

「ふふっ、そいつは楽しみだな」

ケントは平民育ちだが礼儀正しく、それでいて砕けたところもあるので、うちの親父殿とウマが合うようだ。

時々、妹から届けられる便りには、二人揃って飲み過ぎて母に説教を食らっている様子が書かれている。

本来ならば、私が果たすべき役目なのだろうが、自分で言うのもなんだが私は堅すぎるところがあり、父と深酒をしたという記憶は無い。

この年末年始には、一度親子で二日酔いというものも味わっておきたいと思い、良い酒を土産に持ったのだが、さて上手くいくかどうか。

「義兄さん、荷物はここにあるだけですか?」

「あぁ、そいつは屋敷に運んでもらえると助かる」

「了解です。マルト、頼むね」

「わふぅ! 任せて!」

影の中から飛び出してきたコボルトが、結構な重みのある木箱を軽々と持ち上げて影に潜っていった。

ケントの眷属であるコボルトは、私が管理を任されているブライヒベルグとヴォルザードを結ぶ輸送施設でも時々見かける。

普通のコボルトと違って、モコモコの見た目をしているし、みんな目を見張るほどの力持ちだ。

先日も、積み上げてあった荷物に馬車が接触して、危うく人が下敷きになるところだったが、飛び出してきたコボルトが荷物を支えて積み直してくれて事なきを得た。

普段は裏方に徹していて、姿を見る機会が少ないので、見た者には幸運が訪れるなどと言われている。

もうマルトも、今頃は屋敷の呼び鈴を鳴らして、荷物を手渡しているころだろう。

「じゃあ、うちの庭に転送しますね」

「あぁ、頼む」

「ではでは、送還!」

ケントがそう唱えると、目の前の景色が一変した。

すぅっと息を吸い込むと、森の香りがする。

あぁ、帰ってきた。

間違いなくヴォルザードの空気だ。

「おかえりなさい、義兄さん」

「ただいま。ケント、この後は何か予定があるか?」

「いえ、特にはありませんが……」

「それじゃあ、少し一緒に街を歩かないか?」

「いいですよ。でも、その前に、うちの息子に会ってやってください」

「おぉ、そうだったな、私も伯父さんになったのだな」

ケントの嫁の一人、マノンが生んだ初めての子供と対面した。

水色の髪で、目がくりっとした利発そうな男の子で、どうやら母親に似ているようだ。

「五人も嫁を貰い、子供まで授かるとは……ずいぶんとケントに先を行かれてしまっているな」

「カロリーナさんの輿入れは、もうすぐじゃないですか。それに子供は授かりものですから、先とか後とかないですよ」

「それもそうだな」

ブライヒベルグの領主ナシオス殿の息女カロリーナとの結婚は、来年の春に決まった。

それを機に私はヴォルザードに戻り、父の後を継ぐ支度を始める。

まだまだ父も老けこむような年齢ではないが、世の中は、いつ何が起こるか分からないものだ。

できる準備を先送りにしておいて、不測の事態が起こって領民が混乱するなど、領主としてはあってはならない事だ。

父が領主の座を引き継いだ時は、大量発生したロックオーガが街の中にまで入り込み、祖父から領主を引き継いだ伯父が亡くなり、街を立て直すまで相当な苦労があったそうだ。

その時に苦労したからこそ、自分が万全な時に私への引継ぎを着実に済ませておきたいようだ。

「私も春からは忙しくなるな……」

「いやいや、そんなに義兄さんは慌てて仕事を覚えなくても大丈夫ですよ。領主を早く引き継ぐのは、クラウスさんが楽したいだけですから」

「そうなのか?」

「そうですよ。体は至って健康、どこにも異常は無いと僕が保証します」

「内臓も……か?」

「えぇ、クラウスさん、マリアンヌさん、アンジェお義姉ちゃんの三人は、定期的にチェックしてますから、健康に関しては全く問題ありません」

ケントは全ての属性の魔法を使える稀有な存在で、光属性魔法についても、普通の治癒士では不可能な治療を簡単にやってのけてみせたりする。

妹のベアトリーチェも、腐敗病となって命が危ぶまれたそうだが、ケントが治療したことで生きながらえた。

そのケントが太鼓判を押すのだから、父の健康は何の心配も要らないのだろう。

「だが、父親を安心させるのが長男の役目だからな……」

「まぁ、義兄さんは、そういう人ですからね」

「ケントから見ると、真面目すぎるのかもしれないが、こればかりは性分だから直りそうもないな」

ケントと連れだって、ケントの家から出てヴォルザードの南西の門前へと出た。

「なっ、門が……」

「ねっ、驚くって言ったでしょ?」

「あぁ、話には聞いていたが、実際に目にすると驚くな」

ケントの家のすぐ近く、ヴォルザードの南西の門は、魔の森に面した門だ。

私がブライヒベルグで活動を始める前、この門の外はB級以上の冒険者であっても命懸けの世界だった。

頑丈な門は昼間でも閉ざされたままで、門が開かれるのは一年でも数えるほどしか無かった。

その門が、今は大きく開け放たれているのだ。

それだけではなく、重武装をしていない者も徒歩で出入りしている。

「本当に、魔の森を抜ける街道は安全になったのだな」

「いいえ、油断はしていませんよ。僕の眷属が巡回する頻度は上げていますし、なにか起こったらすぐ門を閉められるような体制は整えてあります」

普段は、ほわっとゆるい雰囲気のケントだが、門や街道の警備体制について話す時の視線は鋭い。

一見すると凄く長閑な光景だが、実際にはそんなに甘いものではないようだ。

「今年は、森の中の木の実などが豊作だったようで、魔物も獣もまだ飢えていませんが、ここから春本番を迎えるまでは、少々危険な時期が続くことになると思っています」

「ケントの眷属が討伐を行ったりもするのか?」

「まぁ、状況次第ですが、護衛の冒険者だけでは手に負えないと確認すれば、すぐさま援護を行う準備は整えています」

ケントは特に気負った様子も見せずに話しているが、恐るべき内容だ。

ヴォルザードからラストックまでの間の街道全域が、ケントの監視下に置かれていて、護衛の冒険者を含めた旅人の安全を担保していると言っているのと同然だ。

魔物を見つけたら、手あたり次第に討伐するというような単純な対応ではなく、冒険者の力量を見極め、対処可能と見れば手を出さずに見守り、無理と思えば確認後に討伐を行う。

これが本当であるならば、全ての冒険者の護衛報酬はケントが受け取るべきだろう。

だが、本人は表舞台には登場せず、馬車に同行して護衛を務めている冒険者に手柄を譲る。

これでは、どこかの幸運のコボルトと同じではないか。

いいや、むこうが飼い主に似ているのだろう。

「他に驚くような場所はあるか?」

「それなら、実戦訓練場はどうですか?」

「あぁ、魔物の実物を使って訓練ができるんだったな」

「ええ、活きのいいゴブリンやオークを揃えてますからね」

「ほほう、そいつは面白そうだな」

「あぁ、でももう休みか……」

実戦訓練場はギルドが管理をしているそうなので、もう年末の休みに入っているそうだ。

これはちょっと残念ではあったが、ヴォルザードに帰ってくれば見る機会はいくらでもあるだろう。

「やっぱり年末は静かですね」

「いいや、例年に比べたら、かなり賑やかだぞ」

実家へと向かう道すがら、街は以前よりも賑やかに感じた。

これでも年末年始の休み期間なのだから、通常の生活に戻ったら、もっと賑やかになるはずだ。

「やはり、春からは忙しくなりそうだ」

「あんまりクラウスさんの仕事は取らない方が良いですよ」

「いいや、父が遊ぶ分を私が遊ぶつもりだから、やはり忙しくなるぞ」

「ははっ、義兄さんが代わりに遊んでくれるなら、クラウスさんにはバッチリ働いてもらいましょう」

「あぁ、私もそのつもりだ」

本当に、この義理の弟は良く出来た弟だ。

もう一人の弟は、今は修行の身のようだが、少しは見習ってもらいたいところだ。