軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

待ちわびた日(後編)

「うぅぅぅ……あぁぁぁ……」

マノンの細い指の、何処にこんな力が隠れていたんだと思うほど、力いっぱい握りしめられた僕の手の骨はミシミシと軋んでいます。

陣痛が切迫して、いよいよお産が始まりました。

今回、僕はマノンの側に付き添って、ずっと手を握っています。

マノンの足の間には、唯香が子供を取り上げる準備を整えています。

その横ではベテランのお産婆さんが付き添っていますし、僕の向かい側にはノエラさんも付き添っています。

ベアトリーチェ、セラフィマ、カミラも見守っていますし、部屋の外には美緒ちゃんや、フィーデリアも新しい命の誕生を待ちわびでいます。

僕の位置からでは良く見えないのですが、覗き込んだ唯香とお産婆さんが何やら頷き合いました。

「マノン、頭が見えてきたよ。いきんで!」

「ああぁぁぁぁ……」

一旦緩んでいたマノンの手が、またミシミシと僕の手を握りしめてきます。

もう、マノンは汗びっしょりです。

お産の体勢を取ってから、もうかなりの時間が経っていて、その間マノンは間断なく襲ってくる陣痛に耐えているのです。

たぶん、僕には想像も出来ない苦しみでしょうし、軽々しく頑張ってなどとは口に出来ません。

「頭が出てきたよ、マノン、頑張って!」

「うぐあぁぁぁ……」

普段のマノンからは想像もできない、獣じみた叫び声が、産みの苦しみを物語っています。

マノンがこんなに苦しんでいるのに、夫である僕は気持ち良い思いしかしていないのが、本当に申し訳なく感じます。

妊娠中も大きなお腹を抱えて何か月も過ごさなければなりませんし、そりゃあ女性の権利が認められれば、なんで私たちだけが……って話になって、少子化が進むのも分かります。

無事に出産を終えたなら、マノンをでれっでれに甘やかしてあげましょう。

「うぅぅぅ……うんぁあぁ!」

「生まれた!」

唯香が歓喜の声を上げ、一瞬の沈黙の後に待ちわびていた声が響きました。

「ふぎゃ……ふぎゃ、ふぎゃ、ふんぎゃあ!」

元気な産声を聞いたら、どぅわっと堰を切ったように涙があふれてしまいました。

「ありがとう……ありがとう、マノン」

「はぁ、はぁ……ふふぅ、ケント泣きすぎ、これじゃあ僕が泣けないよ」

「うん、うん、ごめん、ごめんね、マノン」

本当に、側で手を握っていただけで、役立たずだったのに、なんだか僕が一番大仕事をやってのけたみたいに涙が止められません。

その代わりと言っては何ですが、握り締めたマノンの手を通して、愛情たっぷりの治癒魔術を流しました。

「ケント……」

「僕に出来るのは、このくらいだからね」

「ありがとう」

「どういたしまして」

僕が滂沱の涙を流し続けている間にも、唯香はテキパキと産後の処理を進め、そして体を拭いてもらった僕らの赤ちゃんがマノンの胸元へと運ばれてきました。

「お疲れ様、マノン、元気な男の子だよ」

「ありがとう、次は唯香の番だね」

「まだ先だけど、その時にはお願いね」

「任せて、ちゃんと取り上げてみせるから、その時はちゃんとケントの手を握っていてあげてね」

「ふふっ、そうね。ほら、健人パパ、私たちの新しい家族だよ」

「うん……はじめまして、僕が君のパパだよ、よろしくね」

初めての我が子は、とても小さくて、頼りなくて、どうしようもなく愛おしく感じてしまいます。

水色の髪は、マノンに似ている証ですから、きっとイケメンに育ちますよ。

あぁ、でも脳筋スケルトン家庭教師が現れそうなので、マッチョに育っちゃったりするかもしれませんね。

というか、父親として恥ずかしくないように、僕も貫禄とか威厳を身に付けないといけませんね。

それにしても、我が子を抱くマノンは、まるで聖母様のように見えます。

あぁ、守らなきゃ……僕の全てを掛けて守ろう。

「ケント、名前考えてくれた?」

「うん、男の子だからコウタ」

「コウタ?」

「コウタのコウは幸せ、コウタのタはたくさん。たくさんの幸せに囲まれて、たくさんの人を幸せにするような人に育ってもらいたいから幸多。どうかな?」

「コウタ・コクブ……うん、いいよ。コウタ……」

マノンがコウタをそっと撫でる姿に、また涙が溢れてきそうになりました。

「ん? どうかしたの、唯香」

「ううん、何でもない」

「でも、何か言いたそうじゃない?」

「ふふふふっ……健人がちゃんとした名前を考えていて、ホッとしただけ」

「えぇぇぇ……いくら僕だって、自分の子の名前は真剣に考えるよ」

「そっか、でもピカソの本名みたいじゃなかったから良かった」

「いやいや、そもそも僕が覚えていられないじゃん」

「だよね。私の時もよろしくね、健人パパ」

「任せて、男の子だったらヴォルフガング、女の子はアントワネットはどうかな?」

「絶対ダメだからね」

勿論、そんな名前を付ける気は無いけど……いや、ちょっとだけ恰好良いかなぁって思ってたりします。

「マノン、よく頑張ったね」

「お母さん、うん頑張ったよ」

「でも、これからが大変、これからはマノンがお母さんだからね」

「そっか、じゃあ、お母さんは、お婆ちゃん?」

「そうだよ、元気な孫の顔が見られて、私は幸せだよ」

ノエラさんは、流石に僕みたいに号泣はしていませんが、瞳は潤んで真っ赤です。

遠慮がちに見守っていた、ベアトリーチェたちも寄って来て、マノンに祝福と労いの言葉を伝えました。

「お疲れ様でした、マノンさん」

「ありがとう、リーチェ」

「私は末っ子だから、家族に子供が生まれるのを経験したのは初めてなので、感動しました」

それは、セラフィマも同じのようです。

「マノン、大役お疲れさまです」

「ありがとう、セラ。ボク、頑張ったよ」

「はい、立派でしたよ」

「私もお産に立ち会ったのは初めてなので、感動した。ありがとう、マノン」

「こちらこそ、ありがとうございます、カミラ」

王族だったセラフィマやカミラは、こうしてお産に立ち会う機会は無かったそうで、産みの苦しみ、生まれた時の感動を味わって、目を赤くしています。

「次は、ユイカの番か……」

「その次は、私ですね」

「えっ……セラ?」

「はい、懐妊したみたいです」

初めての我が子と対面し、幸せに浸っていたら、更なる幸せな知らせが届きました。

「ずっと体調を整えてきましたし、安定していた周期が途絶えて一ヶ月以上経ちましたから、間違いないと思います」

「二ヶ月か、三ヶ月ってこと?」

「はい、ユイカの三ヶ月か四ヶ月後になると思います」

「明日から、ギルドに行って仕事探そうかな。いや、それよりもコンスタンさんに知らせないと」

「待って、健人。明日にでもエコーで診断するから、それからにしよう」

「そうか、確定してからの方が良いか」

コウタが無事に産まれるために準備した超音波診断機ですが、これからますます活躍の機会が増えそうです。

マノンが無事に出産を終え、唯香、セラフィマと続きますし、ベアトリーチェもカミラも次は自分が……という顔付きです。

これは、色々と頑張らないといけませんよね。

冒険者としての仕事とか、父親としての役割とか、夜のお勤めとか……。