軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

待ちわびた日(前編)

「心配いらないからね。マノンは僕が守るから」

「うん、分かってる」

「どーんと大船に乗った気でいいからね」

「うん、そうだね」

「大丈夫だよ、ずっと付いてるからね」

「もう、ケントが大丈夫じゃないよ。ちょっと静かにしてて」

「えっ、でも……」

「でもじゃない。今は陣痛も治まってるし、まだ産まれないから、そこでウロウロしていないで、向こうに行ってて」

「はい……」

マノンの陣痛が始まったと聞いて、慌てて家に戻ってきたのですが、そんなにすぐには産まれないんですね。

心配でウロウロしてたら、目障りだからと追い出されてしまいました。

「でもなぁ、心配なんだよ」

「だからって、なんで御主人様はネロのお腹を踏み踏みしてるのかにゃ?」

「だって、今はまだ出来ることは無いって言われちゃったから」

踏み踏みも駄目みたいなので、ネロのお腹に抱き着いたけど、いつものように眠気が襲って来ないんだよねぇ。

「うーん……うーん……」

「まったく、それじゃネロが眠れないにゃ」

「えー……ネロは自宅を警備してくれてるんじゃないの?」

「にゃっ、そうだけど、今は休憩時間にゃ」

「そうだったのか、休憩を邪魔して御免ね」

てか、君は休憩時間の方が長くないかい。

「いや、別に怒ってはいにゃいけど、踏み踏みは止めるにゃ」

「あぁ、なんか無意識でやってた」

手持無沙汰の極致という感じで、気が付くとネロのお腹を踏み踏みしていた。

「マルト、ミルト、ムルトもやめるにゃ」

「うちも無意識でやってた」

「うちも、うちも」

「まったく、みんなでウロウロしてたら、マノンの気が休まらないにゃ」

というか、ネロは自分が眠れないから止めて欲しいんだよね。

「わふぅ、ご主人様、ノエラが来たよ」

コボルト隊のイルトが、マノンのお母さんの到着を知らせてくれました。

早速、お出迎えのために玄関に向かいます。

ほらほら、僕にだって出来る事があるじゃないですか。

一階まで降りて玄関の戸を開けると、エルトに付き添われて門の方から歩いて来るノエラさんの姿がありました。

エルトが抱えている鞄は、泊まり込みの準備のためのノエラさんの鞄でしょう。

「忙しいところ、すみません。お義母さん」

「あらあら、お出迎えなんてしなくていいのよ。マノンは?」

「今は一旦陣痛が治まっているみたいで、まだ時間が掛かりそうです」

「その感じだと、産まれるのは明日になりそうね」

「えっ、そうなんですか?」

これから、徐々に陣痛と陣痛の間隔が短くなって、いよいよお産が始まるそうなのですが、それからまた時間が掛かるみたいです。

「二人目、三人目は、スムーズに産まれてくるけど、初産は時間が掛かるものだから、ケントさんも今から緊張していたら身が持たないわよ」

「そうですね、でも落ち着かなくて……あっ、そういえば、ハミルも学校が終わったら来るんですよね?」

「いいえ、あの子が来ても、やる事も無いし、家に居るように書置きしてきましたよ」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ、一週間も十日も留守にする訳じゃないし、その程度の間は、男だって自分で食事の支度ぐらい出来ないと駄目でしょ」

「ま、まぁ、そうですね……」

すみません、たぶん僕は無理です。

こちらの世界に召喚された直後、魔の森を踏破する間も食料はバステンやフレッドに頼りきりでしたし、ヴォルザードに着いてからはアマンダさんの家で作ってもらっていました。

今は自宅の料理人さんにお願いしちゃっていますし、ぶっちゃけ料理しろと言われたら、悲惨な結果になると思います。

ハミルよ、頑張るのだぞ。

ノエラさんをマノンの部屋に案内して荷物を置いてもらい、お産のために準備を整えた客間に案内しました。

「お母さん!」

ノエラさんの姿を見つけたマノンの表情が、ぱっと明るくなりました。

気丈に振舞っていましたが、やっぱり不安だったんでしょうね。

「応援に来たわよ、体調はどう?」

「うん、今は陣痛も治まってるし、体調は万全だよ」

「皆さんが居るから、私の出る幕は無いと思うけど、ちゃんと見守っているから頑張りなさい」

「うん、頑張る……痛たた……」

「まだ、いきんじゃ駄目よ。ゆっくり呼吸して」

「うん、分かってる……ふぅー……」

いつもと変わらないノエラさんのほんわりした感じが、マノンの緊張を和らげてくれているように感じます。

ノエラさんは左手でマノンの左手を握り、右手でそっとマノンの頭を撫でています。

なんて言うか、これが親子の繋がりなんだなぁって実感してしまいます。

ノエラさんに見守られながら、マノンは呼吸を整えて、二度目の陣痛をやり過ごしました。

「段々間隔が短くなってくるわよ。今のうちに休めたら休んでおきなさい」

「うん……お母さん、手を握ってていい?」

「駄目よ」

「えっ?」

「それはケントさんの役目でしょ」

「ふふっ、そうだった。ケント……」

マノンが差し出した右手を両手で包み込むように握りました。

でも、今日のマノンは欲張りなようで、ノエラさんの手も放そうとしません。

それでも、僕とノエラさんに手を握ってもらって安心したのか、マノンは静かに寝息を立て始めました。

穏やかな顔で眠るマノンを見て、ノエラさんは満足そうに頷いています。

客間には、唯香、ベアトリーチェ、セラフィマ、カミラも来ていましたが。

マノンが眠ったので、一旦リビングへと移動していきました。

「ケントさん、お産婆さんは頼んでいないの?」

「いえ、頼んでいますよ。唯香だけでも大丈夫だとは思いますが、ベテランの方をお願いしています」

「そうね、経験豊富な方が居てくれた方が安心ね」

唯香は、鷹山の嫁のシーリアさんや綿貫さんの出産以外にも、出産に立ち合って助産婦としての経験を積んでいます。

唯香も僕も治癒魔術を使えますし、これまで妊娠の経過を観察するために、日本から超音波診断装置も持ち込んでいます。

妊娠の経過は至って順調で今日を迎えていますし、ここに経験豊富なお産婆さんが加われば、態勢は万全なはずです。

「ケントさんは、産まれてくる子は男か女、どちらが欲しい?」

「どちらでも、母子共に健康で産まれてきてくれれば、それで十分です」

「そうね、私もどちらでも良いから、早く元気な孫の顔を見たいわ」

「そうか、こんなに早くお婆ちゃんにしてしまって申し訳ないです」

「とんでもない、この子は自分を僕なんて言って、男の子みたいな恰好ばかりしていたから、孫の顔が見られるのか、かなり不安だったわ」

そういえば、会ったばかりの頃、僕はマノンを男の子だと思い込んでいた。

でも、お付き合いするようになって、マノンは蕾が花開くみたいに、どんどん綺麗になっていった。

「今でも僕って言ってますけど、もう男の子と間違えたりしませんよ」

「そうね、もうすぐお母さんになるんですもの、感慨深いわ」

「赤ん坊の首が据わって、来年暖かくなった頃に、お義父さんの墓前に報告に行くつもりです」

「ありがとう、この子はお父さん子だったからね」

出会った頃のマノンは、冒険者だった父親のようにダンジョンに潜って活動したいと思っていた。

今は唯香と一緒に守備隊の治癒院で働いている。

出産後は、暫くの間は治癒院の仕事もお休みしてもらいます。

当分の間は、ママに専念してもらうつもりです。

マノンは幸せそうな顔で眠っていますが、今夜は長い夜になりそうです。

そうです、もうすぐ僕はパパになります。