作品タイトル不明
未来に向けて(後編)
コンスタンさんがバルシャニア皇帝でも無理だと考えるのに、いくつかの理由があるそうです。
まず、一つ目の理由が地理的な条件です。
エルマネア、キリア、ヨーゲセンの三国を仲介するにしても、その間にはフェルシアーヌ皇国が存在しているため、情報収集と同様に何をするにも時間が掛かってしまいます。
二つ目の理由としては、バルシャニアも小さな国ではありませんが、それでも三つの国を一国で相手に出来るほどの大国ではありません。
僕の故郷である地球では、アメリカや中国といった大国が睨みを利かせていますが、それを実現するには裏付けとなる軍事力、経済力、周辺国との繋がりが必要です。
現在のバルシャニアには、キリア一国程度なら抑制できても、三国まとめて制止するほどの国力は無いのです。
「それに、この三つの国が安定する道筋が見えて来ない」
「それは、各国それぞれが敵意を抱いているってことですか?」
「勿論、それもあるし、キリアの体制が安定していないのが最大の要因だ」
ヨーゲセンにしてみれば、キリアは爆材を使って攻め込んできた敵国です。
ギガースやエルマネアによる侵攻で国内状況が揺らいでいる今なら、攻め込んで占領しようと考えてもおかしくありません。
そして、キリアもヨーゲセンも、エルマネアに対しては理不尽に戦争を仕掛けられたという思いがあります。
エルマネアの国民だって、一時期は二つの国を圧倒していたという自負があるでしょう。
現状、僕が裏から手を回して国境線を元の位置まで戻しましたが、それで良しと思っている人ばかりではないのです。
そうした互いの感情が錯綜する状況下で、キリアという国は不安定なままです。
爆材による侵略の失敗、ギガースの大量発生による政権の崩壊、エルマネアの侵攻、度重なる事態によって現在のキリアは無政府状態です。
「父上、フェルシアーヌにキリアへの支援を申し出てはいかがです?」
話が途切れたタイミングで、ヨシーエフさんが提案しました。
「それは、三国の現状を知らせるということか?」
「そうです、現状を知らせて、フェルシアーヌにキリアの後ろ盾になってもらうのです」
「グレゴリエはどう思う?」
「三国の和平を実現するにキリアの安定が不可欠ならば、フェルシアーヌによる後ろ盾というのは悪くないのではありませんか?」
グレゴリエさんはヨシーエフさんの提案に前向きな意見を述べましたが、コンスタンさんは懐疑的な様子です。
「我々の思うようにフェルシアーヌが動いてくれれば良いが、悪くするとフェルシアーヌはキリアを飲み込もうとするぞ。その場合には、どう対応する、ヨシーエフ」
「その時は、その時です。どこの国も領土への野心は持っているでしょうし、キリアがフェルシアーヌに飲み込まれたならば、今度はエルマネア、ヨーゲセン、フェルシアーヌの三国での和平を考えれば良いだけです」
ヨシーエフさんは、バルシャニアの内政を陰で支えるような存在で、もっと線の細い人だと思っていましたが、なんのなんの肝も据わっています。
「うむ、そこまで考えているならば、魔筒関連の情報を抜きにして状況を知らせ、キリアの安定に手を貸すようにフェルシアーヌへ働きかけてみよ」
「分かりました。早速動きます」
ヨシーエフさんは、会談を中座してフェルシアーヌへ送る文書の作成を始めるそうです。
「親父殿、うちはどう動くのだ?」
「うちか、うちはフェルシアーヌがキリアを飲み込む前提で動くぞ」
コンスタンさんは、グレゴリエさんの質問にキッパリと答えました。
「キリアが無政府状態、エルマネアも手を出せない、ヨーゲセンも余力が無いと聞けば、フェルシアーヌがただ後ろ盾となるなんて考えにくい。暫定的な政権樹立に協力するとしても、その政権はフェルシアーヌの傀儡だと考えるべきだろう」
「フェルシアーヌはキリアに軍を入れるのか?」
「当然入れるだろうな、治安の回復という大義名分を掲げれば、自国の軍を送り込むことが出来る。新しい政権がフェルシアーヌに逆らえないように、睨みを利かせることもできる」
話を進めながらも、二人の頭の中では色々な想定が繰り返されているのでしょう。
「さて、ケント。我々はフェルシアーヌをキリアの後ろ盾、もしくは吸収するという前提で三国の和平を進めることにしたが、魔筒の情報を開示する気はあるか?」
「それは、バルシャニアに対してということですか? それとも、広く一般に向けてということでしょうか?」
「そうした情報は、秘匿した所で実際に作られて運用されるようになれば、おのずと広がっていくものだと我は考えている。そして、バルシャニアの将来について考えるならば、その情報は知っておかねばならないと考えている」
「つまり、バルシャニアに情報を伝えた場合、広めるつもりはないが、どこからか洩れて広まるのは防げないとお考えなのですね。その上で、情報を必要としていると……」
「その通りだ。フェルシアーヌがキリアに入れば魔筒の情報を得るだろう。おそらく実物も手に入れているだろう。そこに爆材の情報も加わる。バルシャニアにとって脅威になるのは間違いない」
既にバルシャニアも魔筒の実物を手に入れています、フェルシアーヌも手に入れているでしょう。
なので、僕が大魔筒や設計図を秘匿しても、あまり意味は無いのでしょう。
「分かりました。バルシャニアには大魔筒の実物、魔筒の実物、それぞれの弾、設計図をお渡しします。ですが、侵略ではなく、防衛のために役立てて下さい」
「分かっている。ただな、ケント、我々はフェルシアーヌだけでなく、ムンギアやボロフスカが魔筒を手に入れて研究する事態にも備えねばならんのだ」
「あぁ、そうか……そうですよね」
バルシャニアは一つの国としてまとまってはいますが、いわゆる多民族国家で、コンスタンさんを中心とした現体制に否定的な部族が存在しています。
そうした勢力が、大量の魔筒で武装したら……考えるだけでも面倒な事になりそうですよね。
「こんな人殺しの道具の研究に、国の力を使うなど無駄としか思えぬが、それでも備えるためには研究せざるを得ないのだ」
大量の大魔筒や魔筒、銃弾を盗み出して、戦争を振り出しに戻させたので、少しいい気になっていたのかもしれません。
僕さえ情報を秘匿しておけば、軍拡競争を抑えられる……なんて考えは、やはり傲慢なのでしょう。
「はぁ……結局、僕や眷属たちが駆け回ったのも無駄ってことですか」
「いいや、無駄ではなかろう。紛争を振り出しまで戻すなど、他の者には出来る事ではない」
「でも、いずれはまた争いが起こるのではないですか?」
「さぁな、それは分からんぞ。戦争で肉親を殺された者は恨みを抱くが、同時に争いの虚しさにも気付く。仇を討ちたい、敵を酷い目に遭わせたいと思うと同時に、争いを起こせば自分の身にも跳ね返ってくるかもしれないと思うようになる」
「それって、やっぱり元通りじゃないですか?」
「違うぞ、争いの悲惨さを知ると知らぬでは、争いを起こすまでの我慢の限度が変わってくる。戦争が割に合わないと思うだけでも、その後の決定は変わってくるものだ」
「結局、僕らはどうすれば良いのでしょう?」
「戦争が起きぬように、足掻き続けるしかないな」
「コンスタンさんは、足掻くんですか?」
「無論だ。人の命が失われる事ほど、国にとっての損失は無い。その損失を防ぐように足掻かなければ、皇帝などやる資格は無いだろう」
コンスタンさんも、横で頷いているグレゴリエさんも、国のために、国民のために足掻くと、とっくに覚悟を決めているようです。
三つの国の争いを止めてから、さあどうしましょうと考えている僕とは、スタートの時点で違っているのですね。
「ケント、お前は皇帝でもなければ、国王でもないし、領主でもない。だが覚悟は決めておけよ、お前はお前の家族のために足掻け」
「勿論です、その覚悟ならばとっくに出来てます」
「ならば、こっちの件は、たまに力を貸してくれるだけで良い」
「分かりました。エルマネア、キリア、ヨーゲセンの件はお任せします」
最終的には丸投げの形になってしまいましたが、これはこれで良かったような気がします。