作品タイトル不明
下準備(前編)
『ケント様、だいぶ証拠固めも進んできましたので、そろそろ追い込みの手順を確認いたしましょう』
ラインハルトから、『聖女様の僕』に巣食う悪党どもの摘発手順を確認したいという申し出がありました。
僕の自慢の眷属たちが証拠固めをしたのならば、もはや言い逃れなど不可能でしょう。
「ラインハルトたちが証拠を固めたなら、あとはドーンとやっちゃえば……って訳にはいかなそうだね」
『そうですな、信仰が絡む一件については慎重な対処が必要となります』
「それは、例え正しくても、手順を間違えると反発を招くってこと?」
『その通りです。信仰というものは、それほど厄介なものなのです』
うん、なんとなくだけどラインハルトの言いたいことは分かるような気がします。
僕らが生まれ育った日本は平和な国でしたが、地球の他の大陸では絶えず紛争が起こっていました。
地下資源の利権をめぐる争い、民族間の紛争、そして宗教間の対立も紛争の中では少なからぬ割合を占めています。
「具体的には、どうすれば良いのかな?」
『一番肝心なのは、信仰の根本を否定しないことですな』
「信仰の根本……というと、今回だと聖女様の浄化の効果になるのかな?」
『おっしゃる通りです。『聖女様の僕』は、その名の通り、リーベンシュタインの救国の聖女エレミアに仕えることを無上の喜びとする組織であり、その根本は、最悪な疫病被害から国を救ったエレミアの浄化魔法です。それを否定してしまうと、組織の関係者からの反発を招く事となりますな』
「うーん……エレミアの浄化魔法が疫病を封じ込めるための重要な役割を担った事については異論は無いけど、浄化の効果があるという馬鹿高い盃とかは認めちゃ駄目じゃない?」
『それでも、頭ごなしに否定するのではなく、値段が高すぎるのではないかといった絡めてから否定した方がマシでしょうな』
「なるほど、法外な値段ではなく、一般的な価格にほんの少し高い、お土産価格程度ならば問題無いか」
『その通りです。信仰の根本が悪いのではなく、のめり込み過ぎて経済的に破綻するような信者が発生する要因を是正させるのです』
浄化の魔法は素晴らしい、でも、組織の運営の仕方には問題があるのでは……といった感じで話を進めるのが得策なのでしょう。
「なるほど、なるほど……組織の中はそれで良いとして、例の黒幕どもは、どうやって追い詰めるの?」
『我々が捕らえ、始末するのは簡単ですが、それでは問題の根本的な解決には繋がりませぬ』
「という事は、摘発するのはリーベンシュタインの守備隊になるのか」
『いくらケント様がSランクの冒険者であっても、所属はヴォルザードですし、外の人間が口出ししてきたと思われかねません』
史上最年少Sランク冒険者ケント・コクブの名前は、ヴォルザードでは有名ですけど、他の領地では冒険者でもなければ知らないような気がします。
疫病が蔓延している時期には、感染拡大を防ぐために散々働いたんですが、そうした情報は伝わっていないでしょう。
となれば、良く知らないガキが、自分達の信仰を邪魔しに来た……なんて思われてしまう可能性があります。
「という事は、リーベンシュタインの領主アロイジアさんを納得させて、その上で動かさないといけないんだね?」
『そうなりますな』
「うわぁ、面倒臭い……」
『ケント様、そうした面倒事を避けてばかりでは、交渉術の向上はあり得ませんぞ』
「うっ、分かったよ。きっちり、かっちり話をつけてくれば良いんでしょ」
ということで、僕が向かった先はヴォルザードギルドのクラウスさんの執務室です。
「ケントです、入ります!」
「おぅ、どうした、面倒事じゃねぇだろうな?」
「その面倒事なんですけど……」
「帰れ!」
「酷っ、例の『聖女様の僕』の件なんですけど」
「あぁ、あれか、ナシオスが手を打ったんじゃねぇのか?」
「うちの眷属たちが、放置したら駄目なレベルだって、サクサク調査を進めてくれたんです」
「ほぅ、ラインハルト達が……それじゃあ無下に出来ないな」
クラウスさんにも僕の眷属たちが集めてきた情報の一部を見せて、『聖女様の僕』の放置は危ういと理解してもらいました。
「あぁ、確かにクズだな。こんな連中をのさばらせておく訳にはいかねぇな」
「ですよねぇ……」
「それにしても、こいつらも、まさか見られているなんて思っていなかったんだろうな」
クラウスさんが見ているのは、騒動の黒幕ゴルドーネが手下どもと酒を酌み交わしている様子です。
どこかの酒場か娼館なのか、薄絹を羽織っただけの女性を何人もはべらせ、『聖女様の僕』の女性たちを嘲笑っています。
バステンやフレッドが、影の空間から目立たない場所にカメラを構え、マイクを設置して録画録音してきた映像と音声です。
高性能な機器を使っていますから、映像も音声も鮮明です。
「そうだな、いくら男に狂った連中でも、こいつを見せられれば正気に戻るだろう」
「だとは思いますけど、恋愛に対して免疫の無かった人たちだから、裏切られた反動で自殺とか企てないか心配ですね」
「そうだな、それもあるが、暴走した連中が先走ると、こいつらを逃がすような事態になるんじゃねぇのか?」
「いやぁ、逃げるのは無理だと思います。うちの眷属がマークしてますから」
マークしているのは事実ですが、うちの眷属が尾行しているのではなく、闇属性を付与した魔石を腹の中に仕込んで目印を付けているのです。
以前、リーゼンブルグの魔薬組織を撲滅した時のやり方ですね。
「後は、怒り狂った女どもが、自分の手でクズを始末しに行かないかだな」
「あぁ、そっちのパターンもあり得るのか」
「教団といっても、治癒魔術が使える者ばかりじゃないだろう。他の属性魔法が使える者なら、武器を使った戦いはできなくても、魔術でなら戦えるぞ」
「やっぱり、領主のアロイジアを説得したら、リーベンシュタインの守備隊を動かしてクズどもを捕縛し、それから、この映像で追い詰めた方が良さそうですね」
「とりあえず、ケントが訪ねていく事は、俺からアロイジアに伝えておく。いきなりは無理だから、明後日以降にしろ」
「では、明後日の午前中に訪ねていきます」
「分かった、その予定で伝えておく」
リーベンシュタインも、水害と疫病騒動の後にコボルト便の仕組みに組み込んであります。
領主のアロイジアさんとは、運用開始の時に顔を合わせましたし、一応謝罪や感謝の言葉ももらいましたが、まだ打ち解けた感じではありません。
なので、正直行くのは気が重いんですよねぇ。
でもまぁ、ラインハルトの言う通り、こうした面倒事から逃げてばかりでは、格好いい大人にはなれませんから、今回はビシっと決めて来ましょう。