軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新興宗教の噂

治癒院の手伝いを始めてから、二週間程が経過しました。

今はまだ唯香が普通に働けているので、僕の出番はそんなに多くはありません。

というか、重篤な外傷に関しては僕が一気に治療を進めてしまうので、唯香の負担も大幅に減っているようです。

なので、毎日治癒院に出勤するのではなく、隔日を基本として、重篤な患者が来た場合には呼び出しに応じて治癒院に駆け付ける方式にしました。

ワクチンに関する文献は、八木に翻訳を依頼していたのですが、こちらは意外な事態になりました。

「えっ、何これ、ヴォルザードの文字で印刷されてるじゃん」

「どうだ、国分。俺様の才能を見直したか」

驚いたことに八木は、ランズヘルト共和国で使われている文字のフォントを作り、パソコンで文章を打ち、プリントアウトできるようにしたのです。

「えっ、普通のパソコンでタイプできるの?」

「当たり前だろう、出来なかったらフォントを作る意味無いだろうが」

ランズヘルト共和国、リーゼンブルグ王国で使われている文字は、アルファベットとは異なっていますが、母音と子音がある表音文字です。

八木はフォントを作り、キーボードに割り当てをして、普通にタイプして文章を入力できるようにしたのです。

「結構、大変だったんじゃない?」

「当たり前だ、フォントが変じゃないか、キーへの割り当てもどうするか、エラーは出ないか、キチンと印刷されるか、色々設定が大変だったんだぞ」

「おぉぉ、八木がまともに仕事してるよ……」

「お前は本当に失礼だよな。もっと素直に俺様を称賛しやがれ!」

「いや、これはマジで凄いと思うよ、入力方法をまとめておいてよ」

「しゃーねぇな、その代わり、追加報酬を忘れるんじゃないぞ」

「はいはい、ちゃんと色を付けさせてもらいますよ」

という訳で、八木にしては珍しい活躍で、ワクチン関係の資料は次々と印刷され、コボルト便でバッケンハイムへと送られています。

資料を基にしてどんな実験が行われるかは、バッケンハイム次第なので、こちらは見守るしかありませんね。

全てが順調に推移していると思っていたある日、クラウスさんから呼び出しを受けました。

「わふぅ、ご主人様、クラウスが呼んでるよ」

「うん? なんだろう?」

「わぅ、何か話が聞きたいんだって」

「じゃあ、行こうか」

僕を呼びに来たヴォルルトと一緒に影の空間に潜って、ギルドの執務室へと向かいました。

「ケントです、入ります」

「おう、忙しいのに悪いな、ちょっと話を聞かせてくれ」

「良いですけど、何の話です?」

「ケント、『聖女様の僕』って聞いたことあるか?」

「聖女様の僕……って、うちの唯香は聖女様なんて呼ばれてた時期があったから、その僕となると……僕のことでしょうか?」

「ちっげぇよ! そんな馬鹿話をするために呼んだんじゃねぇ。そういう名前の宗教団体の話だ」

「宗教団体? ヴォルザードに出来たんですか?」

「いいや、ヴォルザードには、まだ入ってきていないはずだが……この連中には早いうちに備えておかないと、色々面倒な事になるからな」

クラウスさんの話によれば、『聖女様の僕』なる宗教団体は、リーベンシュタインを中心にして広がり始めているようです。

「聖女様って、もしかして例の疫病を食い止めるのに貢献したエレミアとかいう浄化魔術使いの事でしょうか?」

「それだ、その聖女様について、話を聞かせてくれ」

「構いませんよ」

ヴォルザードから見ると、山を越えた東に位置するリーベンシュタインは、台風による大雨で大規模な水害が発生し、その直後に致死率の高い疫病の流行に見舞われました。

まるでペストやコレラの大流行のように、多くの人が病に倒れ、その遺体を埋葬する人手すら確保できず、道端に死体が転がるような悲惨な状態でした。

そこで、周辺の領地にまで病気が流行しないように、日本から持ち込んだマスクや防塵服などを使い封じ込めの措置を行いました。

徹底した隔離措置と保護具の使用によって、感染拡大は防げましたが、リーベンシュタイン領内では感染爆発が起こり、収束の目途が立たない状況でした。

そんな悲惨な状況を好転させてしまったのが、救国の聖女エレミアです。

エレミアはリーベンシュタイン南西部の小さな村クートの出身で、治癒魔術士ではなく、強力な浄化魔術の使い手でした。

リーベンシュタインで流行した疫病は、治癒魔術によって一時的に内臓の炎症などを治療しても、すぐに体内に入り込んだウイルスによって病状が逆戻りしていました。

そのため、多くの治癒士が体力や魔力の限界まで治療を施しても、まるで砂漠に水を撒くようで、殆ど効果有りませんでした。

ところが、エレミアが浄化魔術を掛けると体内のウイルスまで死滅するらしく、治癒魔術の効果がメキメキと上がって行き、悲惨な状況から抜け出すことが出来たようです。

「僕が確認しているのは、エレミアがクート村から見出されて、浄化魔術と治癒魔術の組み合わせの有効性が確かめられた辺りまでだったので、その後、彼女がどうなったのかは分かりません」

「その頃は、救国の聖女様とかいって持ち上げられていたんだよな?」

「そうです。ただ、エレミアは治癒魔術が使えなくて、浄化魔術を使った掃除夫として生きてきたそうなので、持ち上げられるのに慣れていない感じでしたし、むしろ迷惑そうでしたよ」

「だとすれば、そのエレミアが教祖って訳じゃなく、周りの人間が好き勝手に利用しているのか?」

「そもそも、その『聖女様の僕』って、どんな連中なんですか?」

「俺も、ブライヒベルグのナシオスから聞いただけなんだが……」

ブライヒベルグの領主ナシオスさんからの情報だと、『聖女様の僕』なる団体は、清浄を尊び、汚れをタブーとする教団だそうで、街や村の美化、慈善活動にも力を注いでいるようです。

「ここまで聞いた感じでは、特に問題は無さそうな気がしますけど、一体何が問題なんですか?」

「その汚れの中に金儲けが加わっているらしい」

「えっ、お金儲けなんて、誰でもやってる事じゃないですか」

「そうだな、だから汚れから脱却するためには、生きてゆくのに最低限の金を除いて、教団に喜捨するべきだ……なんて教義で金を集めて、貧困層への炊き出しなどを行っているらしい」

「それって、何か問題なんですか?」

宗教団体がお金を集めて、貧困層を救う手助けをするのは良い事のような気がします。

「どこまでやるか、程度の問題だ。自分達が生活を楽しみ、将来に備え、それでも余裕がある分をいくらか寄付に回すっていうなら何の問題もねぇ。だが、生きてゆく最低限以外は喜捨しろなんて教えに従ってたら、世の中衰退していくばかりだぞ」

「そうか、みんなが最低限の生活で、あまりお金を使わなくなったら、経済が縮小していっちゃうのか」

「そうだ、今よりか、ちょっと良い服を着たい、ちょっと美味い物を食べたい、ちょっと広い家に引っ越したい。世の中を発展させていくのは、人々の欲望だ。清貧を尊ぶ、なんて言葉は聞こえは良いかもしれないが、世の中を衰退させる言葉だぞ」

「欲って聞くと、ちょっと悪い事のように感じますけど、世の中を発展させていくのは人々の欲なんですね」

「そうだ、そいつを否定するような教えは、広めさせる訳にはいかねぇんだよ」

クラウスさんは、領主としてヴォルザードの発展に命を懸けているといっても過言ではありません。

そのクラウスさんからすれば、聖女様の僕の教えは、到底受け入れることなど出来ないでしょう。

「ブライヒベルグでは、もう広まっているんですかね?」

「ナシオスの奴が伝えて来たんだから、広まりつつあるってところだろうな」

「でも、聖女様の僕の教祖みたいな人は、本当に清貧な暮らしをしているんでしょうか?」

「いいや、賭けてもいいが、どこかで私腹を肥やしている奴が絶対にいるぞ」

「ですよねぇ……てことは、騙されて金を巻き上げられている人もいるのかな」

「いるだろうな、でなきゃナシオスが伝えて来ないだろう」

「どうします、探りますか?」

「そうだな……まだいい。だが、いずれ探ってもらうかもしれないから頭に入れておけ」

「分かりました。ナシオスさんから続報があったら教えてください」

「おう、ヴォルルトに伝えさせる」

まぁ、そのヴォルルトは、アンジェお姉ちゃんの足元で、だらしなくお腹見せてるんですけどねぇ……。