作品タイトル不明
突貫工事
「達也、ちょっと手伝ってくれ」
朝食を終えた古田達也は、二度寝しようと思っていたところに新田和樹から声を掛けられた。
「おぅ、材料届いたのか?」
「あぁ、さっさと終わらせたいからな」
二人が移動した和樹の部屋には、日本で使われている建材が積まれていた。
居残り組が暮らすシェアハウスは、元々は倉庫だった建物を改装して、いくつかの部屋に区切ってある。
一人一人が暮らす部屋に水回りの設備は無いが、広さは二十畳近くある。
そこを二部屋に区切り、片方の部屋には収納スペースも設置されている。
「和樹、設計図は?」
「こっちだ」
「先に骨組みを作って嵌め込んでいくんだろう」
「おぅ、切り出すサイズはそこに書いてある」
「んじゃあ、測って切るか」
どうやら新旧コンビの二人は、和樹の部屋の改装をするつもりのようで、積み上げられた材木を測って切り始めた。
「ジョーには手伝わせないのか?」
「あぁ……」
「なんでだよ。そもそもの原因はジョーなんだから手伝わせればいいじゃん」
「そうなんだけどよ、なんか負けてるみたいな気がして……」
「いや、完全に負けてるけどな」
「分かってるよ」
新旧コンビの二人は、グダグダと雑談を交わしながらも、意外にも手際よく材木の切断を終えた。
「えーっと、設置するのはこっちか?」
「やめろよ、馬鹿! マジで洒落になってねぇからな」
「悪い悪い、そんな怒るなよ」
「お前のところは耳栓程度で済んでるから笑ってられっけど、こっちは深刻なんだからな」
そうボヤく和樹の目の下には、色濃くクマができている。
「で、どうすんだ?」
「先に枠を組んで、それを起こして使おうかと……」
「それって、天井に隙間できねぇか?」
「だから、そこにも断熱材をぶち込むから大丈夫だ」
「なるほど、考えてんだな」
「当たり前だ、今回ばかりはマジだからな」
相変わらずグダグダと喋りながらだが、新旧コンビは切断した材木を組み合わせて大きな枠を作りあげた。
「んじゃ、起こすか」
「いや、待って、こっちの枠を作ってからだ」
「なるほど、こっちとこっちで支え合う形にするんだな?」
「そうそう、こっち側には扉も付けるからな」
和樹が用意した材料の中には、トイレなどに使われているような安っぽいドアも含まれていた。
再び切断した材木を組み合わせて木の枠を作りあげた新旧コンビは、いよいよ最初の組み立て作業に入った。
「んじゃ、起こすか」
「待った待った、位置を測って印付けておかないと駄目だ」
「おぅ、そうか」
和樹はメジャーを使い、壁際からの距離を測って床に印を付けていった。
新旧コンビが作りあげた木枠は、高さは天井近くまで、幅は二メートル半程の大きさだった。
「よっ……意外と軽いな」
「そうだな、オッケー、そこで支えててくれ、こっちを起こすから」
和樹は組み上げた、もう一方の木枠を起こしにかかる。
こちらの幅は一メートル半程度だ。
二つの木枠と既存の壁を使って、部屋の中に小部屋を作ろうとしているらしい。
和樹は二つの木枠を釘で打ち付け、動かないように固定した。
「んじゃあ、断熱材を嵌めていくか」
「待った、待った、まずは元の壁、次に床、天井、それから新しい壁だ」
「なんか面倒だな」
「最初から面倒だよ」
新旧コンビの二人は、またブチブチと文句を言いつつも、分厚い発砲スチロールの断熱材を嵌め込んでいく。
続いて床板を敷き、ドアを取付け、ドアの内側にも断熱材を張った。
「和樹、壁はどうすんだ?」
「内側は、そのうちに気が向いたらやる」
「えっ、このままなの?」
「どうせ寝るだけだし」
「そっか……外側は?」
「そっちは、それを貼る」
「おぉ、マジモードだな」
「当然だろう」
達也が視線を向けた先に積まれていたのは、黒いスポンジだった。
表面がピラミッド状の突起に加工されている、音楽スタジオなどで使われる吸音スポンジだ。
新旧コンビの二人は、吸音スポンジを新たに作った壁を埋め尽くすように貼り付けていく。
作業を終えると、ドアに付けられた通気口以外は、真っ黒なスポンジで埋め尽くされた。
「これで完成か?」
「一応な」
「んじゃあ、早速テストしてみようぜ」
二人は、小部屋とは逆の壁際にスピーカーを設置して、スマホ経由で音楽を流し始めた。
「このぐらいのボリュームでいいか?」
「おぅ、とりあえずな」
かなりの音量で音楽を流してみたが、小部屋の中へと入ると、音はぐんと小さくなったが、それでもハッキリと聞こえてきた。
「やっぱ、あれを塞がないと駄目じゃね?」
「だな」
和樹は一旦音楽を止めると、ドアの通気口を断熱材と吸音スポンジを使って塞いだ。
「よし、もう一回テストしてみようぜ」
「頼む、今度こそ頼むぜ」
ドアを開けて小部屋へと入り、ゆっくりとドアを閉めると、それまで聞こえていた音楽が、ボリュームを絞るように聞こえなくなった。
「イエス! イエス、イエス、イエス!」
真っ暗な小部屋の中で、和樹は拳を突き上げて喜びの声を上げる。
「すげぇ、思った以上の遮音性だな」
「これで眠れる、ようやく何の憂いも無く眠れるぜ」
「明かりは……魔道具を持ち込めばいいか」
「そうそう、明かりとか、内装の壁とか、そんなの後で構わない。とにかく音、音さえ防いでくれれば俺は文句は言わない」
ここ暫く、和樹を悩ませ続けてきたのは、隣室からの物音だった。
隣の部屋で暮らしているジョーこと近藤譲二は、元々物静かな男だ。
これまで騒音を撒き散らしてきたのは、むしろ和樹の方だったが、それに対してもジョーは特にクレームを付けてこなかった。
一応、和樹の方も、夜遅くに動画やゲームを楽しむ時には、ヘッドホンを使うなどして配慮はしてきたので、騒音に関して二人が揉めることは無かった。
そんな状況が一変したのは、ジョーが同棲を始めてからだ。
以前から付き合っていたリカルダが移り住んできて、隣室で共同生活を始めたのだ。
将来を誓い合った二人が、一つの部屋で暮らし始めたとなれば、やる事なんて決まっている。
勿論、ジョーもリカルダも配慮はしているつもりなのだが、行為が盛り上がってしまうと、抑えていた艶めかしい声や物音が洩れてしまうのだ。
ついでに言えば、元倉庫だった建物を格安で住居に改装してもらったために、シェアハウスの壁は思っている以上に薄い。
かくして、思春期男子の和樹には、拷問のような夜が訪れるようになったのだ。
「別に耳を澄ませて聞いてる訳じゃねぇし、耳栓も何種類か使ってみたけどな、それでも聞こえちまうんだよ」
「まぁ、壁薄いからな」
「八木のところは慣れたけど、リカルダは……ちょっといいじゃんか」
「まぁな、それだけに色々想像したくねぇよな」
「なんつーの、別に、全く、何の関係も無いんだけど、寝取られてるみたいな気分になってよぉ」
「分かるわ、それ。妄想したら負けってやつだろ?」
「そう! それだよ、それ! はぁぁ……」
和樹は達也の言葉に激しく同意した後で、大きな溜息をついた。
「これで、ようやく安心して眠れるぜ」
「それはどうかな」
「はぁ? どういう意味だよ」
「いや、和樹の部屋にこの小部屋が完成したとジョーが知ったら、それじゃあ遠慮する必要は無いな……とか思うんじゃね?」
「やめろよ! ふざけんなよ! 結構金掛かってんだからな!」
狼狽する和樹を見て、達也はニヤニヤと笑っていたが、次の瞬間に状況は一変した。
「てか、この部屋の中にまで響いてくるような音量だったら、お前の部屋にも響くんじゃね?」
「やめろよ! 俺だって耳栓しながら寝てるんだからな!」
「達也が言ったんだろうが、てかジョーには釘刺してやる、五寸釘ぶっ刺してやる」
「まったくだ、そもそもジョーが自重すれば良いだけじゃん!」
「でもなぁ、下手に言うとマジで逆効果になりかねないからな。ちょっと言い方考えるか?」
「てか、ここは綿貫に相談した方が良くね?」
「そうだな、綿貫ならジョーを止める上手い言い方考えてくれそうだな」
かくして突貫工事を終えた新旧コンビの二人は、最後の詰めを間違えないように、シェアハウスの姐御に教えを乞いに向かった。