軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

情緒纏綿

夜明け前、ヴォルザード北東の門の前には、馬車の行列が出来る。

魔の森を抜ける街道の安全が確保され、隣国リーゼンブルグとの交易が盛んになった現在でも、マールブルグやバッケンハイムを目指す多くの馬車が列を作っている。

門が開かれると、まずは馬車が次々と出発し、車列が一段落したところで徒歩で移動する者達が門を出て行く。

徒歩で移動をする者達の服装は、いくつかのパターンに分けられる。

ただの旅人は、近隣の村や集落からヴォルザードを訪れた者達で、用件を済ませて帰る者達だ。

使い古された防具を身に付けた一癖ありそうな者達は、ダンジョンで活動する冒険者達だ。

家族をヴォルザードに住まわせて自分はダンジョンで稼ぐ出稼ぎタイプや、稼いだ金を使って歓楽街で楽しみ、またダンジョンへと戻っていく者達だ。

防具を身に付けているが、どことなく着慣れていない者達は、駆け出しの冒険者だ。

今でもヴォルザード南西側の門から出入りするには、自身がCランク以上であるか、Cランク以上の付き添いが必要になる。

そのため、魔の森の浅い場所での依頼を受けるにしても、Dランク以下の冒険者は北東の門を利用するしかない。

一時期、駆け出しの冒険者が大挙して北東の門を出て、先を争うように森へと向かっていた。

学校を卒業して、冒険者を始めたばかりの者達がケントの活躍に憧れ、身の程もわきまえずに森へと足を踏み入れては、逆に魔物の餌食となるケースが相次いだ。

その後、ランクの高い冒険者に集団で教えを乞うて、討伐の方法を学ぶ一団が現れ、現在では駆け出しの冒険者は訓練場で学んでから森に入るのがヴォルザードの常識となっている。

その訓練場で駆け出しの冒険者を待ち受けるのは、ケントが厳選した活きの良いゴブリンで、通常の個体よりも手強いことで知られている。

訓練場のゴブリンをソロで討伐できるなら、森でオークに出会ったとしても余裕で生き延びられるとまで言われている。

そのため、一時期急上昇していた駆け出し冒険者の死亡率は、地にめり込むような勢いで下がっている。

旅人やベテラン、駆け出しの冒険者達が門を出た後、そうした者達を見送るようなタイミングで、ゆっくりと門を出ていく男女がいた。

女は籠を背負い、手には半弓を携えている。

腰に下げているのは、ナイフではなく小さなシャベルだ。

女に寄り添っている大柄な男は、左の腰に大振りなナイフを吊り、右の腰には片手剣を吊っている。

使い古した防具を身に付け、左手には鉄の輪を束ねた魔物除けを握っていた。

「行くか……」

「はい」

穏やかに呼び掛ける男に、女は笑顔で頷き返し、二人は先を急ぐこともなく、ゆったりと歩きだした。

「だいぶ冷え込むようになったな」

「はい、もう冬ですね」

「むっ、今日はそっちからの風か、位置を代わろう」

「大丈夫ですよ」

「いいや、俺が代わりたいんだ」

「それでは、お言葉に甘えて……」

男は自ら風除けになるべく女と並ぶ位置を変え、女は男との間に隙間風一つ通さないように、ピッタリと寄り添った。

新旧コンビが目撃したら、血涙を流しながら奥歯が砕けるほど歯ぎしりしていただろう。

同時に、男の言動はあり得ないと異議申し立てをしていたことだろう。

女の正体はヴェリンダ、男はギリクだ。

ギリクは魔物除けを鳴らしながらも、油断なく周囲を警戒している。

前後、左右だけでなく、時折後方へも視線を配るのを忘れない。

そして、後ろを振り返る度に、ヴェリンダと視線を合わせて微笑み合っている。

かつてのギリクを知る者ならば、絶対に別人だと思うはずだ。

身に付けている防具も手入れが行き届いているし、鞘に納められた剣やナイフも、入念に研ぎが入れられている。

冒険者を引退して、実戦訓練場の教官に収まったペデルを訪ね、頭を下げて手入れのやり方を一から学び直したのだ。

放蕩生活で緩み切っていた体も、今では引き締まっていて、体力も元に戻りつつある。

ただし、右腕は肩から失われたままだ。

ギリクとヴェリンダが向かっているのは、薬草の群生地だ。

薬草採取の仕事は、薬師コーリーの店を訪ねて、頭を地に擦り付けるように下げて手に入れたものだ。

かつてギリクは、コーリーの弟子で幼馴染のミューエルに、金魚の糞のごとく付きまとい、薬草採取にも護衛という名目で同行していた。

薬草は季節によって生える場所も違うし、種類も多岐にわたるが、門前の小僧習わぬ経を読むではないが、ミューエルを見ていたおかげで、そうした知識を自然に覚えている。

片腕となった後、冒険者として復帰すると考えた時に、真っ先に頭に浮かんだのが、この薬草採取の仕事だ。

ただし、薬草に関する知識は、コーリーから習ったミューエルを見て覚えたものであり、それを利用するのであれば筋を通すべきだと考えたのだ。

かつてのギリクであれば、勝手に採取を行って、コーリーやミューエルの顰蹙を買っていただろうが、ヴェリンダと二人で生きて行くと決めた時に、考え方を改めた。

自分の愚かさを知り、自分の弱さを知り、自分が重ねた間違いを知り、ただ生きて行くことの難しさを知って、ようやくギリクは周囲を頼り、礼を尽くす大切さに気付いたのだ。

「そろそろ休むか?」

「まだ歩き始めたばかりですよ」

「そうか……無理はするなよ」

「はい」

ギリクが謝罪のためにコーリーの薬屋を訪れた時、ヴェリンダも同行して共に頭を下げた。

これまでの自分の行いは間違いばかりだった、これからはヴェリンダと二人で手を携えて生きて行く……そう言って頭を下げられたら、コーリーもミューエルも折れるしかなかった。

これが本当に最後、今度期待を裏切るような行動をとったら、本当に縁を切るという条件で、ギリクとヴェリンダはコーリーの薬屋で使う薬草の採取を任されることとなった。

必要とあらば、ミューエルが二人に同行して、薬草採取の指導を行い、ギリク達はその知識を基にして新たな薬草の自生地を探すことにした。

薬草は、ギルドでも通年で買い取りを行っているし、コーリー以外の薬屋や商会でも買い取りをしている。

そこで、採取した薬草についてはコーリーの薬屋へ優先的に下ろし、余った分を他へ卸すことにした。

ギリクが腕を失う前や、ヴェリンダが夜の街に働きに出ていた頃よりも、二人の収入は大きく減ったが、贅沢をしなければ食べていけるだけの稼ぎにはなっている。

何よりも、二人で過ごす時間は、これまでよりも格段に増えているし、本当の意味で心から寄り添うようになった。

まだ、ギリクがヴェリンダを含めたパーティーを指導していた頃は、たとえ体を重ねあっていても、二人の心には見えない距離が存在していた。

だが、今は二人の間に距離は存在していない。

かつて、ヴェリンダだけが一方的に距離を埋めようと藻掻いていたが、今はギリクからも手を差し伸べ心を開いている。

「そろそろ休むか?」

「はい、少し喉が渇きました」

ヴェリンダは苦笑いを浮かべつつ足を止め、ギリクが差し出した水筒を受け取った。

新旧コンビから、ギリクが立ち直ったお祝いだと言って送られた水筒は、日本で作られた真空断熱ボトルだ。

ヴェリンダは、湯気の立つお茶をカップに注ぎ、二口ほど口にした後でギリクに差し出した。

「あなたもいかがです?」

「もらおうか」

ギリクは受け取ったカップのお茶を口にすると、ふーっと一つ息を吐いた。

「良い天気だな」

「はい、気持ちの良い一日になりそうですね」

「あぁ……」

ヴェリンダは口下手な夫と笑みを交わし、今この瞬間の幸せを嚙みしめた。