軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

器の大きさ(後編)

「わふぅ、ご主人様、ヤギが訪ねて来たよ。ヤギ、ヤギ、メェェェ……」

「来たか。僕が戻るまで、念入りに遊んであげなさい」

「わっふぅ! 任せて!」

ダビーラ砂漠で緑化計画の進行度合いを観察していた僕の所へ、八木が自宅に訪ねて来たとマルトが知らせてくれました。

そろそろ現れる頃だろうと思っていたので、僕が帰るまでの間のおもてなしを頼んでおきました。

さて、急いで……いや、ゆっくり帰りますか。

「お前の眷属は、俺を何だと思ってやがるんだ!」

家に戻って玄関の扉を開けると、土埃にまみれた八木が、最後の力を振り絞るように叫びました。

「えっ、オモチャでしょ」

「わふぅ、オモチャ、オモチャ」

「ヤギボールだ、メエェェェ!」

納得いくまで遊べたのか、マルトたちは機嫌が良さそうです。

「くそぉ……なんで門から玄関に辿り着くだけで、こんなにボロボロになんなきゃいけねぇんだ!」

「八木だからじゃない?」

「ヤギだ、ヤギ、ヤギ」

「ヤギだメェェェ」

「ダメヤギィィィ」

「俺は駄目じゃねぇ!」

うん、ボロボロでもツッコミを忘れないのは八木らしいね。

「まぁまぁ、そのままじゃ話もできないし、とりあえず風呂でも浴びなよ。服も洗濯しておいてあげるから」

「はぁ……人が真面目な話をしに来てるってのに、マジでいい加減にしろよな」

「はいはい、風呂場はこっちだよ」

風呂場の入り口の札を来客中にして、誰も入っていないのを確認した後で八木を案内しました。

「何だよ、国分も入るのかよ」

「うん、ちょっと砂漠に行ってたから、砂まみれなんだ」

「砂漠? リーゼンブルグの向こうか?」

「そうそう、ダビーラ砂漠ね」

「何しに行ってんだ?」

「緑化実験」

「はぁ? 砂漠の緑化なんかやってんのかよ」

「まぁまぁ、続きは風呂に浸かりながらにしようよ」

脱衣所の籠の中に着ていた服を放り込むと、どこかへ消えて、洗濯されて戻って来るんですよね。

コボルトクリーニングなんだと思うんですけど、ホント駄目人間になっちゃいそうです。

「うぉぉ、ホテルの大浴場みたいじゃねぇかよ」

「でしょ、清掃の時間を除いて二十四時間いつでも入れるよ」

「くそぉ、成金め、この異世界成金め」

「八木だって最近は稼いでるんじゃないの?」

「国分に較べりゃ小銭だ、小銭」

「五百万ヘルトは小銭じゃないでしょ」

「クラウスさんから聞いたのか?」

「さぁ……これでもSランクの冒険者だから、情報はあちこちから入ってくるよ」

「まぁいい、国分とクラウスさんの仲で、話が通っていない方がおかしいもんな」

八木は土埃まみれの頭を洗い、体も流した後で湯船に浸かって、ぐてーっと体を伸ばしました。

「あー……やっぱ広い風呂はいいな」

「でしょ? たまになら入りに来てもいいよ」

「来る訳ねぇだろう。風呂に入りに来る度に、ボール扱いされんのは御免だからな」

「それで、売る気になったの?」

「腹が決まったなら、ここに居ねぇよ」

八木は湯船のお湯を両手で掬って、バシャバシャと顔に浴びせた後で天井を仰ぎました。

「なぁ、もう自転車を量産出来るのか?」

「出来るみたいだね」

「普通に買える値段なのか?」

「んー……ちょっと高いけど、それに見合う働きはするんじゃない?」

クラウスさんからは、自転車の販売価格は一万五千ヘルト程度だと聞いています。

ちょっと昔に日本で業務用に使われていた自転車をモデルにしていて、お世辞にも軽量では無いし、変速機も付いていません。

ただし、頑丈さは折り紙付きのようで、大きな荷台に荷物を満載して走ってもビクともしないようです。

重たい、変速機も無いでは使いづらいと思うかもしれませんが、こちらの世界の人達は得手不得手はあっても身体強化の魔術が使えます。

言うなれば、セルフアシスト機能が付いているので、自転車本体はシンプルな構造にして壊れにくくしてあるのです。

「売っちゃえばいいじゃん。八木も自分で立ち上げた事業を売り払って儲けるのは恰好いいって言ってたじゃん」

「まぁな、悪い話じゃねぇと思う……というか、自転車が量産されるなら、話が美味すぎねぇか?」

「どういう意味?」

「自転車を量産する手筈が整ったなら、レンタサイクル事業を買い取る必要なんか無ぇだろう。販売の方で儲けりゃ良いし、いずれ衰退する事業なんて必要無いだろう」

「まぁ、そうだね」

どこの世界でも、古い商売が駆逐されていくのは世の常です。

僕や八木が生まれる前の日本では、家の外から電話を掛けるなら公衆電話が当たり前の世界だったそうです。

遠距離や長時間の通話をするために、テレフォンカードなるプリペイドカードが使われていたそうですが、今やスマホが当たり前の世の中になっています。

公衆電話は探すのも困難になったそうですし、テレフォンカードなんて見る機会すらありません。

レンタサイクルは、公衆電話とは少々状況が異なりますが、それでも安価な自転車が出回れば廃れていく事業です。

全ての自転車を電動アシスト付きにして、どこでも乗り捨て自由な現代版のレンタサイクルならば生き残る目があるでしょうが、それには多額の設備投資が必要になります。

「これから成長が見込める事業を売却して儲けるのは恰好良いけど、廃れていくのが分かっている事業を売って儲けるのは……恰好悪くねぇか?」

「えぇぇ……八木が自分の評価を気にするなんて……何を拾い食いしたの?」

「お前は本当に失礼な奴だな。俺様だって色々と考えてるんだよ、人の親になったからな」

「ほぅ、八木パパは何を考えたんだい?」

「最近よぉ、過去のセクハラが原因で、売れっ子の芸能人が引退に追い込まれたりしてんじゃん」

「あぁ、日本の芸能界の話ね」

「そうそう、俺様もこれからビッグに成り上がると、いずれ過去の事案で難癖をつけられるようになるんじゃないかと心配になった訳だよ」

八木が殊勝な事を言いだしたので、どうかしたのかと思いきや、心配の前提条件が八木でしたね。

「はぁ……無駄な心配だと思うけど、評価を気にするのは悪くないんじゃない」

「でもなぁ……売り時なのも確かなんだよなぁ……てか、なんでクラウスさんは買うって言いだしたんだ? そこが引っ掛かるんだよ」

「あぁ、なるほどね。八木だったら、この状況では買わないって思ったんだ」

「てか、クラウスさんは、まだレンタサイクル事業を成長させる方法を考えてるのか?」

「うーん……どうだろう、あんまり考えてないと思うよ」

「だったら、なんで買うんだよ」

「ヴォルザードで自転車を普及させた八木への御褒美でしょ」

「はっ? 御褒美?」

予想もしていない言葉だったらしく、八木は首を傾げて聞き返してきました。

「だってさ、自転車が普及しないと、自転車作っても売れないでしょ」

「まぁ、そうだな」

「でもって自転車って、全部の部品を一つの会社が作るなんて無理だよね?」

「そらそうだ、地球でだってフレームとタイヤは別のメーカーだ」

「でしょ? つまり自転車を量産するには、元締めになって全体を指揮する人が必要なんだよ」

「それがクラウスさんか」

「その通り、クラウスさんが自転車を解析させて、こっちの技術で作れるように指示を出して、色んな職人に仕事を割り振って、量産体制を作りあげていった訳さ」

「それは分かったが、何で俺にご褒美なんだよ」

「だって、八木のおかげでヴォルザードには自転車作りという新たな産業が生まれたんだよ。これから、間違いなく他の領地、他の国へと輸出され、ヴォルザードの主力産業になるんだよ」

「くそぉ……レンタサイクルで小銭を稼ぐんじゃなくて、そこまで目を向けなきゃ駄目だったのか……」

「まぁ、当時の八木じゃ考えついても資金や人脈の問題で頓挫してたでしょ」

「そういう事は、分かっていても黙ってるもんだぞ」

別に限界を指摘するつもりじゃなかったけど、八木は渋い表情を浮かべました。

「クラウスさんが、人材を大切にする領主なのは知ってるよね?」

「まぁな、鷹山を筆頭に、俺らは何度もチャンスを貰ってるからな」

「クラウスさん曰く、街に功績を遺した人間は報われなきゃいけないんだってさ、そうした人物が冷遇されるような世界は健全に発展していかないんだって」

実際、自転車の普及に関して八木は本当に頑張ったと思います。

わざとらしい台詞を叫びながら自転車を乗り回すという手法はいただけなかったけど、ヴォルザードの人達に自転車という物を知る機会を与えたのは確かです。

「自転車の量産体制を作る時に、クラウスさんから相談されたんだ。八木の事業はどうなるかって」

「なんて答えたんだ?」

「お先真っ暗ですね……って答えたよ」

「はぁ……まぁ、確かにその通りではあるな」

「そしたら、しゃーねぇ、ケツは俺が持ってやるか……だってさ」

「それ、俺に話しちゃって良かったのか?」

「別に口止めはされてないし、いずれは八木でも気付いたんじゃない?」

「ま、まぁな……そうか、そういう事か……」

八木は話を終えて風呂から出ると、納得したのか冷たい牛乳を一気飲みして帰っていきました。

ちなみに、マルト達のお見送りは……今日は勘弁してあげました。