作品タイトル不明
器の大きさ(前編)
※今回は八木目線の話です。
「よく来たな、ユースケ。まぁ、座ってくれ」
ギルドの二階の執務室で、上機嫌で俺を迎えたチャラい見た目のオッサンは、ここヴォルザードの領主クラウスだ。
一見すると、このオッサン大丈夫なのか……と疑いの目を向けたくなるのだが、相当なキレ者であるのは国分から散々聞かされている。
俺自身、レンタサイクル事業を始める時には、色々とアドバイスももらった。
そのクラウスから話があると呼び出しを受けたのだが、レンタサイクル事業を始める時に借りた金は既に返済済みだし、何か文句を言われるような事をしでかした覚えも無い。
それでも、海千山千、百戦錬磨のオッサンと向かい合えば、身構えない訳にはいかない。
「まぁ、そう警戒すんな。なにも取って食おうなんて思ってやしねぇよ」
「それでも、領主様からの呼び出しですからね。俺でも緊張はしますよ」
「そうなのか? ケントからは、ユースケは心臓に毛が生えているって聞いてるぜ」
「あの野郎、手前の事は棚に上げて、何をふざけた事を言ってるんだか……」
「まぁ、ケントが無自覚なのは確かだな」
「そうですよ。あの野郎、いったいいくつの国の首脳と関わっているんだか……」
国分の嫁の一人は、隣国リーゼンブルグの王女だし、別の一人は、更に西の国バルシャニアの皇女だ。
今、俺に茶を淹れてくれたベアトリーチェもケントの嫁で、クラウスの娘でもある。
他にも海の向こうの国の王女が居候しているらしい。
そんな一つの国を治めている王族と平然と付き合っているような奴から、心臓に毛が生えているなんて言われるのは心外以外の何ものでもない。
「それで、今日は何の用なんですか?」
「ユースケ、お前レンタサイクルの事業を誰かに売却しようと思ってるのか?」
「具体的な話は何も決まってませんよ」
「でも、売却は考えているのか?」
「まぁ、そうっすね」
レンタサイクルの事業は、完全に軌道に乗って、利益も右肩上がり状態が続いている。
こちらの世界で自転車の生産が始まり、一般に普及するまでは、レンタサイクル事業が廃れるとは思えない。
自転車の便利さは、実際に乗って、使ってみれば一発で理解できるからだ。
実際、荷物の配達などに活用される自転車は確実に増えている。
まだまだ成長が見込める事業ではあるが、正直なところ、レンタサイクル事業を続けていくのに飽きてしまっているのだ。
そもそも俺様は、いずれピューリツァ賞を受賞する人間だ。
というか、国分の小惑星破壊に関するレポートは、予想を超える閲覧数を稼ぎ、そのおかげで俺様の懐も潤っている。
やはりと言うか、俺はジャーナリストとして生き、ジャーナリストとして死ぬ運命なのだ。
「事業をギルドに売る気は無いか?」
「えっ、ギルドが買ってくれるんすか」
「条件次第だがな」
俺の頭の中で警報アラームが鳴った。
クラウスの交渉巧者ぶりは国分から何度も聞かされている。
というか、国分が交渉下手すぎて、いいように遊ばれているようにも感じる。
ただ、最近は指名依頼の金額については、ベアトリーチェによる交渉でクラウスが泣かされるケースが増えてきているという話だ。
うちの奥さんは頼りになるんだよ……なんて国分は言っているが、実際にはクラウスの手の平
の上で転がされているだけのような気がする。
要するに、ビジネスという土俵の上ではラスボス級の強さを誇る横綱なのだ。
「何で、レンタサイクル事業を買おうと思ったんですか?」
「そりゃあ、売りに出されるかもしれないって、ケントから聞いたからだ」
「それだけですか?」
「勿論、儲かっている事も把握してる。だから条件次第では買ってもいいかと思った訳だ」
「なるほど……」
確かに、話の筋は通っている。
通っているのだが、何か引っ掛かる。
クラウス・ヴォルザードという男は、こんなに単純な男ではないはずだ。
「いくらで買ってくれるんですか?」
「五百万ヘルトだ」
「五百万ヘルト……?」
俺の感覚では一ヘルトは十円ぐらいなので、五百万ヘルトは五千万円程度の価値ということになる。
正直に言って安すぎる。
現状でも年間の利益は、二百万ヘルト程度にはなるはずだ。
だとしたら、二年半程度の利益で事業を売れと言われている事になる。
これは、いくらなんでも安すぎるだろう。
ただ、腹が立つと同時に、また頭の中で警報がなった。
さっきの警報がピー、ピーって感じの電子音だとすると、今度はジリリリリリ……という、けたたましい非常ベルレベルの警報だ。
「どうした、ユースケ。金額に不満があるなら、断っても構わないぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
ニヤリと不敵に笑ってみせたクラウスに気圧されて、背中にどっと汗が滲んできた。
何かある、何があるのか分からないけれども、クラウスには強気になるだけの材料があるはずだ。
「まさか、国分がレンタサイクル事業を始めようとか考えてるんですか?」
「ケントが? あいつは、そんな小金稼ぎする必要無いだろう」
「そうか……それもそうっすね」
腹が立つことに、国分の野郎はランズヘルトの金も、日本の金もたんまりと溜め込んでいるらしい。
ギルドが管理している実戦訓練場に生きた魔物を卸しているという話を聞いたが、それは金のためというよりもヴォルザードの冒険者のレベルを上げるためだ。
生きた魔物なんて、国分以外に安定して供給できる人間がいるとは思えない。
Sランクの冒険者として、領主の娘の旦那として、果たすべき義務を果たしているにすぎないのだ。
「国分じゃないとしたら、オーランド商店辺りが……いや、違うな。そもそも自転車が用意できない」
俺が少ない元手でレンタサイクル事業を始められたのは、日本で行き場を失った放置自転車を引き取り、再生してレンタサイクルとして活用しているからだ。
一から自転車を用意してレンタサイクルを始める人間に対して、俺には既に始めているというアドバンテージがある。
いくらヴォルザードで一番大きな商会であっても、これからレンタサイクル事業を始めるならば、競争相手にもならないだろう。
だとすれば、商売敵が現れるから買い叩かれている訳ではないようだ。
だとすれば、レンタサイクル事業が傾く要因は、一つしか考えられない。
「もしかして、自転車量産の目途が立ったんですか?」
「さて、どう思う?」
ニヤニヤと笑いながら質問に質問を返すクラウスに、ちょっとイラっとしてしまった。
本当に自転車を量産する体制が整ったのであれば、販売価格次第ではレンタサイクル事業は一気に傾いてしまう。
「へ、返事はいつまでにすれば良いですか?」
「今すぐだ」
「えっ?」
「……と言いたいところだが、一週間後までは待ってやる。良く考えろ」
表情を引き締めたクラウスは、さっきまでとは別人のようなオーラを感じる。
ヴォルザードを駆け回って調べれば、自転車量産体制についての情報を得られるのだろうか。
それとも、俺が調べても情報が洩れない自信があるのだろうか。
まったく、国分の野郎は、こんな厄介なオッサンとやり合ってるのかよ。
とりあえず、事業譲渡の話は保留にして、クラウスとの面談を終えた。
さて、まずは情報収集だが、職人街辺りで聞き込みでも始めるとするか……。