軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ブーム

近頃、見覚えのある行動する人たちをちょくちょく見掛けるようになりました。

路地裏で遊んでいる子供とか、酒場で飲んでいる若者とか、時には若い女性たちでさえも、その仕草を楽しんでいるみたいです。

硬く握った右の拳を高く掲げ、ドンっと胸板を叩いて天を指差し、決まり文句を口にする。

「バルシャニアの誇りにかけて!」

いやいや、君たちバルシャニアと全く関係無いよね。

バルシャニアに行ったことなんて無いだろうし、バルシャニア出身の人と会ったことがある人だっていないんじゃない?

いや、セラフィマが輿入れしてきた時に、バルシャニアの騎士団がヴォルザードを訪れているんですよね。

あの騎士たちが誓いを立てているのだと想像すれば、真似てみたくなる気持ちは分かります。

バルシャニアのゴツい騎士たちが、自分たちの誇りを掛けて誓う姿は感動的ですらありますからね。

そういえば、バルシャニアの騎士の皆さんは、ヴォルザードに滞在している間、積極的に街に出て住民たちと交流を行っていたと聞いています。

そのおかげで、セラフィマが輿入れしてきた当時、ヴォルザードではバルシャニアブームが起こっていました。

なので、今起こっているのは、第二次バルシャニアブームといったところでしょうか。

ブームの火付け役は、言うまでもなくセラフィマが書いた本です。

ギガースとの戦いを描いた本は、ヴォルザードで大評判となって、重版が間に合わないほどだそうです。

ヴォルザードは『最果ての街』と呼ばれていた土地柄、凶悪な魔物との戦いは他人事とは思えないようです。

そして、ギガースとの戦いで多くの仲間を失い、それでも力強く立ち上がるバルシャニアの騎士たちの姿は、感動と共感をよんでいるそうです。

それに、バルシャニアがヴォルザードの隣国リーゼンブルグの更に西に位置する国で、普通の人にとっては簡単には行き来できない遠い国であるのもブームの一因のようです。

僕は、こちらの世界に来て闇属性の魔術を手に入れ、どこの国にも一度行ってしまえば簡単に行けてしまえるようになりました。

そのせいで遠い国に行くという憧れとか感動が失われてしまっていますが、一般の人達にとってはロマンを感じる外国なんですよね。

第二次バルシャニアブームが巻き起こったことで、ベアトリーチェとセラフィマは、更なる企画を進めることにしたようです。

「ケント様、少しお時間よろしいでしょうか?」

「何かな、リーチェ」

「実は、セラフィマさんと相談しまして、バルシャニアの物産展を開催しようと思っています」

「ほうほう、最近バルシャニアブームだもんね」

「はい、そうなのですが、そのブームに便乗して、バルシャニア産でない品物を偽って販売している者が出てきているようなのです」

そう言えば、少し前にリーゼンブルグの王都アルダロスでも、バルシャニアの製品と偽って商売をしている人がいましたね。

実際、ブームが起こったからといって、遠いバルシャニアからすぐに仕入れて来られる訳がないんですよね。

「なるほど、偽物をいちいち摘発しているよりも、本物を持ってきてしまおうってことだね?」

「はい、セラフィマさんのお母様にも手伝っていただきまして、高級品から庶民的な価格のものまで、帝都グリャーエフで商品、商人を取り揃えていただきました」

「えっ、随分と大掛かりな話になってない?」

「はい、守備隊の施設の一部をお借りして、大規模なバルシャニアの市場を二十日ほど開催する予定でおります」

「なるほど、僕には輸送役を頼みたいんだね?」

「はい、おっしゃる通りです。お願いできますでしょうか?」

「もちろん、任せて。荷物はコボルト便で輸送して、人だけ僕が送還術で送り届けるよ」

「よろしくお願いします」

たぶん、ベアトリーチェのことだから、輸送費とか出店料とか、しっかり取ってそうな気がしますね。

クラウスさんも、将来的な交易拡大のためになると踏んでいそうです。

そういえば、カミラも本を書いているという話だったけど、そちらはどうなっているんでしょうかね。

「カミラ、カミラの書いた本は、まだ出来上がっていないの?」

「いいえ、本は出来ているのですが、セラフィマさんの本が好評なので、少し時期をズラして売り出そうという話になっています」

「なるほど、今はバルシャニアブームに専念して、そちらが落ち着いた頃にリーゼンブルグの本を出して、リーゼンブルグブームを巻き起こそうって魂胆だね?」

「はい、そうなのですが……」

バルシャニアブームから間を置いて、次はリーゼンブルグブームを引き起こすというのは良い戦略だと思うが、カミラの表情はすぐれない。

「何か問題でもあるの?」

「問題ではないのですが……思い通りに事が運ぶか、ちょっと不安です」

「えっ、意外……ラストックに居た頃のカミラなら、先陣切って突き進んでいくと思ったのに」

「あ、あの頃は、虚勢を張っていただけですし……それに、今回の件はベアトリーチェが考えてくれたので、失敗したくないのです」

こちらの世界に召喚されたばかりの頃、カミラは本当に憎たらしい存在でした。

僕が何も知らないのを良い事に、丸腰で魔の森に向かわせて、おかげで危うくゴブリンの餌になるところでした。

マジで泣かしてやる、ベッドの上で鳴かしてやる……なんて思ったけど、実行に移したかどうかは秘密です。

「でもさ、リーチェは大丈夫だと思ってやってるんだし、カミラは自分に出来る事を思い切ってやれば良いんじゃないの?」

「そうなのかもしれませんが……」

ラストックにいた頃のカミラも、一人になると意外とウジウジと考えるタイプでした。

一人ではなくて僕にも悩みを打ち明けてくれているのは、それだけ頼ってもらえている、甘えてもらっていると思っていいんだよね。

「大丈夫、大丈夫、リーチェが考えて始めたのなら、上手くいくように命じるぐらいで良いんじゃない? 泥水を啜ってでも歩け……みたいに」

「あ、あれは、ケント様がハズレだと思っていたのと、魔王の素養を持つ者だと思い込んでいたからで……」

「分かってる、冗談で言っただけだよ」

「もう、ケント様はイジワルです……」

「おふぅ……」

ぎゅっと腕を絡めてきたカミラの胸の膨らみが、ムニュンと僕の二の腕を挟み込みます。

五人のお嫁さんの中で、やっぱりカミラが一番ボリューミーなんだよねぇ。

「それに、不安を感じているのには、他にも理由があるのですよ」

「他の理由?」

「はい、ラストックとの往来が増えて、ヴォルザードの街でもリーゼンブルグの品物が珍しくなくなっています」

「そっか、バルシャニアから入ってくる品物はまだ限定的だけど、リーゼンブルグとの交易は右肩上がりで増えてるみたいだもんね」

「なので、改めて物産展を開くほど盛り上がるか不安です」

「平気、平気、盛り上がらなかったら、僕の人気がそこまでだったって事にしちゃいなよ」

「駄目です! ケント様の素晴らしさは万人に知られ、認められ、崇められるものでなければいけません」

「いやいや、崇められるなんて柄じゃないからね。僕は普通に声を掛けてもらえるぐらいの存在……そうだね、クラウスさんぐらいで十分だよ」

「そんな……分かりました。でも、私の書いた本を読んでもらえば、ケント様の素晴らしさは必ずや伝わるはずです。物産展も成功させてみせましょう、それこそ、泥水を啜ってでも」

なんだか、カミラの変なスイッチを押してしまったみたいです。

そういえば、今夜はカミラの順番だけど、このテンションだと僕が鳴かされちゃいそうですね……。