作品タイトル不明
思いを綴る
※今回はセラフィマ目線の話になります。
ケント様は面白い。
面白いと言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、ケント様がこちらの世界に召喚されてから成し遂げてきた数々の偉業を調べ、その人となりを知れば知るほど興味をそそられてしまいます。
まぁ、既に夫婦という関係になっているのに、興味をそそられるというのもおかしな話ではあると思うのですが、知れば知るほど、もっと深く知りたくなってしまうのです。
私は今、自室でケント様に関して聞き集めた話をまとめて文章にしています。
ユイカさん、マノンさん、ベアトリーチェさん、そして後から嫁いで来たカミラさん、私と同じケント様の嫁は勿論、友人、知人からも話を集めています。
当初は、私個人が知りたいと思って始めたことでしたが、近頃少々事情が変わってきました。
ヴォルザードとラストックの間に乗合い馬車を走らせる計画があり、それに伴ってラストック側から多くの観光客を招き入れようという構想があるそうです。
かつて最果ての街と呼ばれていたヴォルザードは、ケント様が暮らすようになってから大きく様変わりしているようです。
これまでは魔の森と呼ばれ、通り抜けるのは文字通り命懸けだったラストックとの間を隔てる森の危険度が下がり、魔物による襲撃は激減しています。
ランズヘルト共和国とリーゼンブルグ王国、かつては必ずしも友好的でなかった二つの国は、今や友好的な隣国へと変わりました。
街と街、国と国との往来が頻繁になれば、人が動き、物が動き、お金が動くようになります。
ヴォルザードを治める領主、クラウス・ヴォルザード様は、私の目からみてもやり手の領主で、この機を捉えて更なる街の発展を画策しているようです。
そのための施策の一つが、ヴォルザードを魔王ケントの棲む街として観光地化する計画だそうです。
リーゼンブルグ王国の人々にとって、魔王ケント・コクブは救国の英雄として認識されています。
カミラさんの兄である、第一王子アルフォンソと第二王子ベルンストの王位継承争いに付け込み、王位簒奪を目論んだアーブル・カルヴァイン。
そのアーブルと陰で手を結び、侵略を計画していた私の祖国、バルシャニア帝国。
リーゼンブルグ王国を襲った数々の亡国の瀬戸際で、第三王女カミラを支えて救ったのがケント様なのです。
そして、数世代にわたって対立を続けてきたリーゼンブルグ王国とバルシャニア帝国の和解、友好関係樹立の立役者となったのもケント様です。
リーゼンブルグ王国におけるケント様の人気は、凄まじいものがあるようです。
それは、私の祖国バルシャニア帝国でも、歌劇となり、吟遊詩人の歌となり、人々の口伝で語り継がれているから良く分かります。
その人気を観光に利用しようと考えるのは当然でしょう。
ヴォルザードの人々には余り知られていないリーゼンブルグの出来事や、リーゼンブルグの人々には余り知られていないバルシャニアでの出来事を書物にして売り出す計画を進めています。
その他にも、ケント様が一緒に召喚された仲間を助け出すまでの物語や、魔物の極大発生を退けた物語なども順次書物としていく予定です。
自分たちが知らなかった他国でのケント様の英雄譚を知ることで、更に観光熱を煽ろうという目論見なのでしょう。
そうした思惑を抜きにしても、私としてはケント様の人となりを多くの人に知ってもらいたい。
本当に、本当にケント様は多くの人のために頑張ってきたのだから……。
こうした書物の他に、ヴォルザードでのケント様ゆかりの地を紹介するガイドブックなるものも売り出されるそうです。
ケント様が下宿していたアマンダさんの食堂、収穫作業に従事したリーブル農園、異世界のご友人であるタカコさんが働く服屋、プロデュースしたプール、実戦訓練場など……。
ケント様が関わった場所全てを観光地化する計画が進められています。
ケント様の魅力は、国同士の争いを収めてしまうような英雄でありながら、普段はまったく飾らない気さくな性格だと私は思っています。
リーゼンブルグ王国の崩壊を防ぎ、バルシャニア帝国の侵攻を食い止めた時、ケント様は食堂の二階に下宿していました。
木箱を並べたベッド、木箱を積み上げた棚、換気のための小さな窓、入口から部屋の隅々まで見渡せてしまう小さな部屋で、何の不満も無く暮らしていたそうです。
その当時の事を尋ねると、決まってケント様はこう言います。
「もの凄く大変な時期だったけど、とっても幸せだった。アマンダさんのご飯は美味しいし、メイサちゃんは賑やかだし、帰って来られる場所があるのって本当に嬉しい事だよね。僕にとって、あの部屋は本当に大切な場所なんだ」
そう言って、ケント様はとても優しい笑顔を浮かべます。
私もケント様が暮らしていた部屋を訪れたことがあるのですが、正直に申し上げて物置きかと思ってしまいました。
私は、バルシャニア帝国の皇女として、何不自由のない生活を送ってきました。
皇女として、それが当たり前なのだと思い、周囲の者からも皇女としての待遇を受けてきました。
父や母からは、私たちがそうした生活ができるのも民衆のおかげであり、国の危機となれば皇族は、その身を投げ打ってでも戦わないといけないと教えられてきました。
帝国に所属する下級兵士の宿舎は、ケント様の下宿と同じような部屋だと聞いていました。
ただ、話には聞いていましたが、実際に目にする機会は無く、実感が伴いませんでした。
皇族として民衆と触れ合う機会もありましたが、それはあくまでも私が訪れるために設定された場所であり、本当の意味で民衆の暮らしを知っていた訳ではありませんでした。
バルシャニアの貴族や高官の中にも、屋敷の広さや調度品や宝飾品の豪華さを自慢する人達がいますが、ケント様はそうした物にはまるで無頓着です。
今でこそ大きな屋敷に暮らしていますが、ケントさまは下宿の二倍ほどの広さの自室はあるものの、殆どの時間は居間で過ごされています。
服装も、最近は少し気を使われるようになりましたが、少し前までサイズの合っていない古着を袖や裾を捲って着ていたりしていました。
屋敷で働く人や知り合いの方に話を聞いても、皆さん口を揃えてケント様は欲が無いとおっしゃいます。
そうした普段のケント様の姿も、たくさんの人達に知ってもらいたい。
ただ、ケント様は物に対する執着は殆どありませんが、人に対する執着がとても強いです。
ケント様が、こちらの世界に来る以前の生い立ちが影響しているようなのですが、家族や友人、知人を守ろうという意識は、ちょっと怖いと感じるほどでもあります。
閨での夫婦の営みも、男性としての欲望を吐き出すというよりも、子供が大切な物を抱え込んで離そうとしないような感じなのです。
事が済んで眠りに落ちた後も、ケント様は私を抱え込んで決して離そうとしません。
ユイカさんに聞いても、マノンさんに聞いても、ベアトリーチェさんに聞いても、カミラさんに聞いても、皆さん同じだと言います。
私だけならば、ちょっと嬉しかったのですが、これはケント様の執着の現れだと思っています。
ただ、ケント様を良く知らない人が、この執着を知ってしまうと誤解されてしまいそうですし、欲の無い英雄でいていただくつもりです。
「セラ、まだ寝ないの?」
「いいえ、そろそろ止めようと思っていたところです」
今夜は私の順番でした。
これからケント様と一緒にお風呂に入って、閨を共にして、今夜は私がギューっと抱きしめてあげましょう。