作品タイトル不明
領主の視察(後編)
はっはっはっ! やっぱり僕は、やれば出来る子なんですよ。
尻の痛みに耐え、自己治癒魔術を駆使し、ひたすらスナッチの背中で揺られていれば、そりゃあ人並に乗れるようになりますよ。
鐙への体重の乗せ方、スナッチとの呼吸の合わせ方、尻の痛みから解放されるために、必死で工夫を繰り返した成果が実を結びました。
「ケント、すっかり上手くなったな」
「ありがとうございます、バートさんのアドバイスのおかげですよ」
道中、クラウスさんもカルツさんもアドバイスしてくれたんですが、この二人はハッキリ言って教えるのが下手すぎます。
「もっと、パカッ、パカッと合わせるんだ」とか、「馬と呼吸を合わせて一つになるんだ」とか、とにかく抽象的すぎて、何が言いたいんだかサッパリでした。
その点、バートさんは具体的なアドバイスを一つずつしてくれるので、少しずつですが、確実に悪い癖を矯正することができました。
ホント、感覚で話す人たちには困っちゃいますよね。
僕らは馬車と違って乗馬での移動ですので、目的の野営地にはまだ日が高い時間に到着できました。
「おー、おー、とんでもねぇのを建てやがったな」
「これは……要塞か?」
「ケント、どこと戦争するつもりだ?」
「カルツさんも、バートさんも酷いです。どこが要塞なんですか!」
僕の眷属たちが頑張って建ててくれた宿泊所は、外壁部分には石灰石を多めに配合してあるので、窓を除けば白一色です。
要塞というよりも、馬鹿デカい豆腐みたいです。
「窓は全部ガラスか?」
「はい、海の向こうシャルターン王国で質の良い珪砂を見つけたので、それを加工しています」
「ニホンから取り寄せたんじゃねぇのか?」
「こっちで作ったものですよ」
ガラスの加工も土属性の魔法を使えば、比較的容易に出来ちゃいます。
材料となる珪砂、ソーダ灰、石灰石などを混ぜて、魔法で融合させるとガラスが出来ちゃいます。
巨大なプラントを建てる必要も無く、好みの厚さで作れますし、加工も土属性魔法で出来てしまいます。
窓枠は木材を芯につかい、周囲は魔法コンクリートでコーティングしてあります。
重量的には、アルミサッシよりも少し重たい程度なので、実用性も十分です。
「よし、とにかく中を確認するぞ」
守備隊の詰所に馬を預けて、宿泊所の内部を案内します。
「隊長、守備隊の隊舎よりも遥かに立派ですよ」
「あっちは建ててから年数も経ってるんだ、比べるな」
そう言えば、守備隊の施設って、結構築年数が経っているようで、あちこち補修した跡がありましたね。
これは、国分建設が立て替え工事を受注しちゃいますか。
「心配すんな、ケントには頼まねぇよ」
「えぇぇ、どうしてですか、クラウスさん」
「ここは建築資材や労働者を送り込むのが大変だからケントに依頼したんだ。ヴォルザードにある施設の立て替えだったら、他の業者に頼んだ方が街が潤うだろう」
「まぁ、そう言われるとそうですね」
僕の家で使ったり食べたりしている物は、極力ヴォルザードで仕入れるようにしていますが、魚とかはジョベートに仕入れに行っちゃいますし、たまに良いお肉を日本から仕入れたりしてします。
ヴォルザードで稼いだお金は、やっぱりヴォルザードに還元しないといけませんね。
宿泊所の問題点は事前に伝えてあるので、クラウスさんのチェックも報告を元にして進められています。
「確かに、この床は濡れると滑りそうだな。特に階段付近は気を付けないと大怪我の元になるな」
「どうしましょう。絨毯を敷くか、木の床材を張るか……」
「絨毯は却下だ。制作に時間が掛かりすぎる」
こちらの世界では、機械織の絨毯は無いので、これから手織りするとなると相当な時間が掛かります。
クラウスさんは、乗合い馬車を早く走らせたいと思っているようで、手織りの絨毯を待っている時間は無いようです。
「それじゃあ、廊下と階段を板張りに……」
「いや、階段だけで良い。廊下は、このままの方が掃除しやすいだろう」
確かに魔法コンクリートでツルツルの床は、板を張らない方が掃除しやすいでしょう。
階段や廊下をチェックしおえたクラウスさんは、カプセル下段の扉を開けて中を覗き込みました。
「ほぅ、中はこうなってるのか……これは上も下も同じ作りか?」
「はい、一緒です」
カプセルの内部は、奥行きが二メートル五十センチ、高さと幅が一メートル二十センチになっています。
調べてみると、日本のカプセルホテルはもう少し狭いようですが、こちらの人の方が日本人よりも平均身長は高そうなので、少し大きめに作りました。
入り口の扉を開けると、簀の子の床になっていて、奧の壁に明かり取りと換気用の窓があります。
壁面には折り畳み式のテーブルと、入り口近くの壁にはジャケットなどを掛けておくフックが付けてあります。
「バート、ちょっと入ってみろ」
「いいですけど、独房より狭いっすね」
「一晩眠るだけだからな、扉の内側から閂を落とせば、安心して眠れるだろう」
「そうっすね、そう考えると悪くないかもしれませんね。体を起こすだけなら頭もぶつからないし、着替えるのは大変そうですけど、なんとかなりそうです」
バートさんの次は、更に大柄なカルツさんも中に入って確かめましたが、とりあえずカプセルとしての役目は果たせそうです。
「ケント、仮に寝坊して起きてこない奴はどうするんだ?」
「中から閂を下ろされちゃうと扉が開かないので、外から扉を叩いて起こすしかないでしょうね」
「全員乗合い馬車の乗客だし、遅れている奴を起こす時には他の連中は起きているだろうから、騒音とかで揉めることは無いか」
「一応、壁や扉は厚めに作ってあるんで、余程いびきの大きい人とか、寝相が悪くて壁とか殴っちゃう人でなければ、騒音で揉めることは無いと思いますよ」
僕自身、カプセルホテルに宿泊した経験が無いので、どんな感じなのかは想像するしかありませんが、一応防音対策は施してあるつもりです。
カプセル部分のチェックを終えた後は、水浴び場やトイレなどのチェックをして、視察は終わりだと思ったのですが……。
「よし、屋台で夕飯食って、一杯やったら、実際に泊まってみるぞ」
「えぇぇ……もしかして、僕も一緒に泊まるんですか?」
「当然だろう、泊まって、欠陥があったら手直ししなきゃいけないんだ。作った人間が体感しないでどうすんだ」
「まぁ、そうですけど……」
てっきりクラウスさんたちは、守備隊の詰所に泊まると思っていました。
まさか僕まで一緒に、実際に泊まるとは思っていませんでした。
クラウスさんは、屋台の串焼きをツマミに酒を飲み、日頃の鬱憤を晴らしているようでした。
そんなにフラフラ遊び歩きたいなら、さっさと家督を譲って隠居するしかないでしょう。
アウグストの兄貴なら、もう立派に領主の役目を果たせそうですけどね。
クラウスさんと屋台を三軒ハシゴして、僕も良い気分で宿泊所へ戻ってきました。
「うーし、寝るぞ!」
「クラウスさん、下の方が良くないですか?」
「はぁ? 上に決まってんだろう。誰かの尻の下でなんか寝ていられっか!」
「まぁ、いいですけど、夜中に寝ぼけて落っこちないで下さいよ」
「んなドジ踏まねぇよ」
一応、何かあった時に備えて、僕はクラウスさんの下のカプセルで休むことにしたのですが……簀の子が硬い。
まぁ、簀の子ですから硬いのは当然なんですが、こんな所で一晩寝ていたら、明日体が痛くなっていそうです。
「硬い……無理……」
影の空間にしまっておいた厚手の毛布を持ち出し、二つ折りにして包まりました。
やっぱり、布団があった方が良い気がするにゃ。
翌朝、起きてきたクラウスさんは、背中や首が痛いと文句たらたらでした。