軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

領主の視察(前編)

「そうか、それなら俺が行って確かめる」

宿泊所の設営が完了したので、滑りやすい床への対処方法とか、細かい点の確認をしようと思ったら、クラウスさんが自ら確認に行くと言い出しました。

「えっ、クラウスさんが行くんですか?」

「そうだ、何か問題でもあるのか?」

「いいえ、それならば送還術で送りますね」

「いいや、馬で行く」

「えぇぇ……わざわざ馬で行くんですか?」

「魔の森の街道が現在どうなっているのか、野営地がどうなっているのか、まだ直接確かめていないからな」

言われてみれば、こんな野営地を作りました……とか、街道をこんな感じで整備しました……とか、映像では見せていますが、クラウスさん自身の目では見ていないんですよね。

「確かに、ケントの送還術を使えば一瞬で行って、一瞬で戻って来られるだろうが、道中の状況とか細かい部分までは目が届かねぇ」

「なるほど、言われてみれば確かにそうですね。じゃあ、僕は宿泊所で待っていれば良いですかね」

「何を言ってるんだ、ケント、お前も馬で行くんだぞ」

「えぇぇぇぇ! 僕もですか?」

「魔の森で好き勝手やってる張本人が説明しないで、一体誰が説明するってんだよ」

「それは、そうですけど……」

「心配すんな、ちゃんと馬は用意してやる」

「ありがとうございま……す?」

という訳で、クラウスさんと一緒に、馬に乗って宿泊所のある野営地を目指すこととなりました。

ていうか、野営地まで馬で行くとなれば、当然往復に二日掛かってしまいます。

つまりは、デスクワークから長期に渡って解放されるために、わざわざ自分で見に行く……なんて言い出したに違いありません。

「乗合い馬車を走らせるとなると、細かい点まで配慮が必要になる。それを疎かにして、大きな事故に繋がったりしたら、後悔することになるからな」

「護衛は、僕の眷属を潜ませておけば良いですか?」

「いいや、守備隊から何人か連れていく。守備隊員の視点でも問題を洗い出してもらいたいからな」

クラウスさん曰く、本当であればラストックまでの道程を全部見て回っておきたいそうです。

「タブレットって奴は便利だし、ヴォルザードにいながら遠くの風景を見ることが出来るが、映っていない部分を感じ取ることが出来ねぇんだよ」

撮影に三百六十度カメラを使えば、改善されるでしょうが、クラウスさんが求めているのはそうした改善ではないはずです。

実際に自分で馬を走らせ、周囲に目を向け、カメラでは映しきれない空気感みたいな物を感じ取りたいのでしょう。

「出発は明日の開門と同時ですか?」

「一応、その予定でいる。今夜は嫁と遊んでないで、早く寝ろよ」

「分かりました。ほどほどにしておきます」

「寝ろ!」

そんな目くじら立てなくても良いと思うんですけど、もしかして、マリアンヌさんとはご無沙汰だったりするんでしょうかね。

まさか、実はクラウスさんEDだったりして……。

「何を馬鹿なこと考えてやがるんだ?」

「い、いえ、別に……」

僕は考えていることが、顔や態度に出やすいのを忘れていました。

翌朝、身支度を整えて城門へと向かうと、クラウスさんの他にカルツさんとバートさんの姿がありました。

「おはようございます。カルツさんとバートさんも同行するんですか?」

「おぅ、そうだ。二人には護衛と共に、街道の状況を見ておいてもらいたいからな」

「なるほど……」

というか、カルツさん達は治安維持のために、何度も野営地を訪れているはずですけどね。

三人の背後には、四頭の馬が繋がれていて、そのうちの一頭はスナッチでした。

以前は僕を舐め切っていたスナッチですが、ネロやゼータ達に分からされてからは大人しいものです。

「そろそろ開門だと思いますけど、出発の準備をしないで良いんですか?」

「俺らは馬車の連中とは違って身軽だから、慌てて出発する必要はねぇよ。それに、開門前、開門直後の様子も見ておきたいからな」

例によって冒険者みたいな恰好をしているせいで、今朝のクラウスさんは情報収集をする冒険者そのものです。

そういえば、執務室からはちょいちょい姿を消しているようですが、馬で遠乗りとかは久しぶりでしょうし、年甲斐も無くはしゃいでるのかもしれませんね。

「ふっ、壮観だな。こちら側の門に、これほどの数の馬車が開門を待つようになるとはな」

「もうじき、乗合い馬車も加わるようになるんですよね」

「そうだ。人、物、金が活発に動いてこそ、街は栄えていくからな」

この喧噪こそが、ヴォルザードの繁栄であり、リーゼンブルグとの友好の証ですからね。

クラウスさんは満足そうな笑みを浮かべ、開門と同時に動き出した車列を見送っていました。

「さて、俺らも出発するぞ」

クラウスさんの号令で、僕らも馬に跨り、門を潜りました。

てか、一応スナッチの背中に跨ってはいるものの、他の三人とは明らかに姿勢が違っている気がします。

「ケント、腰が引け過ぎだ。もっと前に座って、背筋をシャンと伸ばせ」

「えっと……こうですか?」

「まだ背中が丸まってるぞ。ガチガチじゃねぇか、力を抜け」

「そう言われましてもですねぇ……」

クラウスさんも、当然カルツさんとバートさんも、人馬一体といった感じで、実にスムーズに馬を歩かせています。

てか、しっかりしろと言われても、馬の背中に跨ると、一気に視線が高くなって、これが結構怖いんです。

「あんまりノンビリしてっと日が暮れちまう。徐々に速度を上げるぞ」

「はい……いや、ちょっ……」

クラウスさんが少し手綱をゆるめ、馬の腹を軽く蹴って速度を上げ始めました。

僕もスナッチに合図して、クラウスさんの馬を追って速度を上げます。

「あっ……でっ……尻が……」

速度が上がると、スナッチの足の運びにタイミングを合わせられず、僕のお尻と鞍が激突を繰り返します。

正直、速度を緩めてほしいけど、もっとゆっくりしてほしいと伝える余裕すらありません。

気分が乗ってきたのか、クラウスさんは更に速度を上げ、僕は手綱を握って、鐙の上で踏ん張ることしかできません。

お尻が……僕のお尻が……既に四つに割れてしまったかもしれません。

クラウスさんが手綱を引いて、速度を落とした頃には、僕のお尻は治癒魔術が必要な状態でした。

もうね、すぐさま治癒魔術を全力でお尻に掛けました。

因みに、この日の晩、トイレでパンツを下ろすと、滲んだ血で汚れていました。

僕のお尻は治癒魔術で治せても、パンツに染みた血液の清掃まではできませんでした。

「痛たたた……尻が……」

「情けない、馬ぐらいちゃんと乗れるようになっておけ」

「そう言われましても、移動は魔術を使った方が速いんですよね」

「だが、前に行ったことの無い場所には移動出来ないんだろう?」

「そうですけど、そういう時には星属性の魔法で意識だけ飛ばして、場所を確認しちゃえば移動できるようになりますから」

「はぁ……つくづく常識外れな奴だな。だが、そいつは便利だろうが味気無いだろう。旅ってのは、風や匂いを体で感じて楽しむもんだ」

いやいや、今回は視察であって慰安旅行じゃないですからね。

でも、馬はちゃんと乗れるようになった方がいいかなぁ。

「スナッチも、ボクが下手なせいで負担掛けちゃったね。ちょっと回復してあげるよ」

「ブルゥゥゥゥ……」

途中の小川で馬たちに水を飲ませたついでに、スナッチにも治癒魔術を掛けておきました。

さて、野営地に到着するまで、僕のお尻は持ちこたえてくれるでしょうか。