軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ケントの事業

最近、ヴォルザードの街中で自転車を見かける機会が増えています。

勿論、ヴォルザードで生産された物ではなく、日本から持ち込んだものです。

そして、八木が始めたレンタサイクルの自転車です。

以前は、謎の高笑いをしながら八木が乗っている姿しか見ませんでしたが、美緒ちゃんが乗り始め、メイサちゃんやフィーデリアに教え、綿貫さんが使い始め、徐々に利用者が増えてきたようです。

そもそも自転車は、乗り慣れてしまえば歩くよりも楽に、速く、遠くまで、荷物も積んでいける便利な乗り物です。

ただし、それまで一度も乗った経験の無い人にとっては、慣れるまでに少々コツが必要なので、普及するまでに時間が掛かってきたのでしょう。

まぁ、八木の宣伝のやり方も悪かったのですが、それは言わずもがなでしょう。

八木のレンタサイクル事業は、ようやく軌道に乗って、自転車の整備のために人を雇うようにまでなっているそうです。

自転車を増やす手伝いも頼まれましたが、日本からの輸送については手を貸しますが、仕入れについては自分でやれと突き放しました。

八木に自転車を仕入れる資金なんてあるのかと疑問に思うかもしれませんが、例の小惑星について僕をインタビューした記事のおかげで、小説投稿サイトからの広告収入があったそうです。

それを使って、練馬区や板橋区と交渉し、引き取り手の無い放置自転車を格安で手に入れる話をつけたようです。

整備は、ヴォルザードで雇った人に、日本の書籍を基にして作った整備マニュアルを渡し、日本から大量に安く買い付けた部品を使ってやらせているみたいです。

何だか、一端の起業家みたいになっていますけど、もうそろそろ子供も生まれるみたいだし、調子に乗り過ぎない限りは生暖かい目で見守ってやりましょう。

八木のレンタサイクル事業が軌道に乗ったので、僕もやりたかった事業を始めています。

クラウスさんと飲んだ翌日、僕が向かった先はノットさんの魔道具屋です。

実は、ノットさんの父親で、魔道具職人のガインさんにある魔道具が作れないか相談しています。

「おはようございます、ノットさん」

「やぁ、ケントさん、おはようございます」

「例の魔道具、どんな感じですかね?」

「能力的には、ケントさんの望むレベルまで来てますから、後は耐久性と量産性ですね」

「魔力の消費具合はどうでしょう?」

「リバレー峠みたいな坂が続かなければ、大丈夫じゃないですかね」

ノットさんに案内されて裏の工房へ向かうと、ヒューン、ヒューンという回転音が聞こえてきました。

以前に聞いた音と比べると、かなり軽くなっている気がします。

「こんにちは、ガインさん」

「ふん、まだだぞ」

「でも、かなり軽快な音がしていますよね」

「空回しだから当然だ」

「後は、実際に試してみて……ですか?」

「そうだ」

工房の中心に置かれた作業台に据え付けられている物は、三輪のキックボードです。

ただし、電動ではなく乗り手の魔力によって駆動される魔動キックボードで、原材料は輸入品もありますが、全ての部品がヴォルザードで加工されて作られています。

フレームは、スチール製で折り畳みの機構は付けていません。

タイヤは、ヴェームという植物の樹液を加工した、天然ゴムに近い素材を使ったノーパンクタイプ。

ヴェームの樹液は、タイヤとは別の加工方法でフレームの塗装にも使っています。

ブレーキは、ステップに付けたペダルを踏んで操作する魔導回生ブレーキです。

現時点では、目の前にある物を含めて三台の試作車を作りましたが、二百万ヘルト近い費用が掛かっています。

つまり、一台あたり六十五万ヘルト、日本円の感覚だと六百五十万円ぐらいです。

まぁ、いくら魔物使いが販売する物だとしても、この値段では売れませんよね。

最高時速三十キロ程度で、普通の魔力量の人でも半日程度はぶっ通しで使える燃費性能が目標です。

実際に、どこまで価格を下げられるか分かりませんが、フレーム、タイヤ、塗料、魔道具など、各部品を生産する工房を作り、大量生産を目論んでいます。

最終的な価格目標は、現在の五十分の一以下です。

八木のレンタサイクル事業を潰すつもりじゃありませんよ。

たぶん、最終的な価格目標に辿り着くまでには何年か掛かるでしょうし、このキックボードでは荷物が積めません。

既に、八木のところで自転車を借りている人の中には、荷台に大きな板を付け、その上に大量の荷物を載せて運んでいる人もいます。

キックボードには荷台を設定しない予定なので、背負える程度しか荷物は運べません。

まぁ、いずれキックボードが一般化すれば、駆動部である魔道具を改造して、荷物が運べる車とかを作る人も出て来るでしょう。

その時は、八木に頑張って事業継続の道を探してもらいましょう。

「乗ってみるか?」

「良いんですか?」

「ただし、お前さんは魔力が高いから、流し過ぎないように気をつけろ」

「分かりました」

分りましたよ、それってお約束ですよね。

フラグ立っちゃいましたよね。

作業台から降ろしたキックボードは、見た目よりも軽く感じられます。

理由は、日本で使われている電動キックボードと違って、バッテリーが搭載されていないからでしょう。

この魔動キックボードの動力は乗り手の魔力なので、乗り手自身がバッテリーの役割を果たすのです。

操作は至って簡単です。

右手のグリップに付けられた魔導プレートに魔力を流し込むと、その量に応じて速度が上がります。

減速する時は、魔力を流し込むのを止めながら、ステップに付けられたペダルを踏み込みます。

すると、それまで動力だった魔道具が抵抗の役割を果たして速度が低下します。

これはハイブリッド車や電気自動車の回生ブレーキと同じ考えです。

ちなみに、回収した魔力を一時的に貯めておく、スーパーキャパシタのような物も開発中です。

そちらが実用化されれば、より出力の高い魔道具を楽に使えるようになるはずです。

つまり、荷物を積んだ重たい車を走らせられるようになり……八木の事業が危うくなる訳です。

まぁ、それでも自転車の手軽さは大きな利点でしょうし、レンタル事業から販売事業に転換するなどの方法も考えた方が良いとは伝えてあります。

八木自身は、もう少し事業が大きくなったところで、丸ごと事業を売却することも考えているそうです。

苦労して立ち上げた事業なのに、手放しちゃって良いのか聞いてみたら、なんかそういうの格好良いだろう……って、いかにも八木らしい答えが返ってきました。

レンタサイクルが軌道に乗っているのに、八木は未だにジャーナリストの夢を諦めていないようです。

その諦めの悪さは認めるけれど、そろそろ地に足を付けた方が良いんじゃないかなぁ……。

話は横道に逸れてしまいましたが、今はキックボードの試乗ですよ。

工房の裏の道でキックボードに足を乗せ、そーっと魔力を流していくと、すーっと滑るように動き出しました。

「おぉぉぉ……思った以上に滑らかだ」

少しずつ速度を上げ、今度はブレーキを試してみます。

ステップに設置されたペダルを踏むと、ボードが後ろから引っ張られたように減速しました。

回生ブレーキは、三輪の内の後ろ二輪にのみ動作し、前輪には作用しません。

それでも制動力は十分な気がします。

前輪にブレーキを設置しなかったのは、前のめりに倒れるのを防止するためで、今後、後輪と連動するブレーキの制御が出来るようになった、前輪ブレーキの設置も考えるそうです。

三輪魔動キックボード、なかなかの乗り心地なので、実用化、量産化を進めていきましょう。