作品タイトル不明
若かりし頃 6
※今回も若きクラウス目線の話です。
「どこ見てやがる、こっちだデカブツ!」
「ウボァァァァ!」
背後から斬り付けられ、罵られ、ロックオーガはドノバンの方へと向き直った。
無防備な背中が目に飛び込んで来るが、そこへ剣を振るったところで何のダメージも与えられない。
ロックオーガの表皮は硬く、普通に剣を叩き付けただけでは弾かれてしまう。
ただ硬いだけでなく、弾力を伴う硬さなのだ。
だから剣は叩き付けるのではなく、撫でるように滑らせる。
狙うのは踵、しかも皺の部分だ。
皺になっている部分は、曲げ伸ばしする時に伸び縮みする箇所で、他の表皮よりも薄い。
「ずりゃぁぁぁ!」
気合いと共に切り込むと、ぐっという反発の後にズルっと刃が食い込む手応えが伝わってきた。
「ウバァァァァ!」
悲鳴を上げたロックオーガが、俺に切られた足を押さえて蹲る。
ドノバンと二人掛かりで十分以上格闘して、ようやく足止め出来た。
「よし、油を浴びせて火を点けろ!」
遠くで戦況を見守っていたランクの低い冒険者に油を持ってこさせ、火属性の術士に命じて火を点けさせる。
「ウバァァァァ……」
火に包まれたロックオーガは、転げ回って消火を試みるが、追加の油を浴びせる。
ロックオーガに火を点ける利点は三つ。
一つは目を焼き視界を奪う。
二つ目は喉を焼き体力を奪う。
三つ目は肌を焼き攻撃を通りやすくする。
焼け爛れることで、ロックオーガ独特の表皮の硬さが失われるのだ。
それでも、通常のオーガよりも大きく、力も強いロックオーガの危険度が完全に失われる訳ではない。
「ドノバン、仕上げだ。ぬかるなよ!」
「分かってます!」
だらりと剣を下げたドノバンは、慎重な足取りでロックオーガへと歩を進める。
頭髪も上半身も焼け爛れたロックオーガは、うつ伏せになって動きを止めていたが、ドノバンが近づくと突然起き上がり、覆い被さるように飛び掛かってきた。
「ウボァァァァァ!」
ゆらりと幻のように揺らめいたドノバンは、次の瞬間には剣を振り抜いた姿勢でロックオーガの斜め後方に移動を終えていた。
一瞬の間を置いて、ロックオーガの左脇から鮮血が迸る。
「ウバァ……」
ロックオーガがドノバンの姿を探して振り返った時には、既に二の太刀が首筋を捉えていた。
吹き出す鮮血を避けて飛び退ったドノバンは、にこりともせずに戻ってきた。
「クラウスさん、行きましょう」
「よし、こいつが完全に動かなくなるまで見張ってくれ。動かなくなっても不用意に近づくなよ、死んだふりする奴もいるからな!」
残っている冒険者たちに指示を出して、次のオーガを探して走りだす。
第二街区は、侵入したロックオーガが暴れたせいで建物が壊され、あちこちで瓦礫が道を塞いでいた。
そうした場所には、事切れた遺体や肉片、血飛沫などが残されていたりする。
オーガが吠える声を追って、道を塞いだ瓦礫を乗り越えた時だった。
「クラウスさん、あれは!」
「嘘だろう……兄貴!」
瀕死の状態で瓦礫に寄り掛かり、空を見上げていたのは後方支援に徹すると約束したはずの兄貴だった。
「兄貴、しっかりしろ! 今すぐ救護所に運ぶ!」
「よせ、クラウス……もう、無理だ……」
引き千切られた腕と足から流れ出た血が、大きな血溜まりを作り、兄貴の顔は血の気を失っている。
こうして意識を保っている事すら奇跡と言って良いだろう。
「どうして前線に出たりしたんだよ!」
「街を……踏み躙られて……黙ってられるかよ……」
「俺が生き残ったって、兄貴が死んだら意味無いだろう!」
「すまん……ヴォルザードを頼む……」
ニカっと笑った直後、ガクンと兄貴の体から力が失われた。
「逝くな、兄貴! 兄貴ぃぃぃぃ……」
何でも卒なくこなす出来の良い兄貴は、俺にとっては少々煙たい存在でもあったが、いざ失ってしまうと体を引き裂かれるような思いだった。
一緒に討伐に出掛けた冒険者仲間が魔物に殺された時でも、取り乱したりせず冷静に対処してきたが、この時ばかりは冷静ではいられなかった。
「殺してやる……一匹残らず殺してやる!」
「駄目だ、クラウスさん!」
「離せ! 止めんな!」
「駄目だ! 領主様を館に運ばないと、ここに置いていく訳にはいきませんよ!」
「もう、兄貴は戻って来ない」
「それでも! それでも、オーガ共に食い荒らされる訳にはいかないでしょう!」
ドノバンの言う通り、オーガ共が戻ってきたら、兄貴の遺体が食い荒らされるかもしれない。
いくら兄貴が生き返らないとしても、遺体を食わせる訳にはいかない。
「ドノバン、周りを見張ってくれ。兄貴は俺が運ぶ」
「分かりました」
兄貴の遺体を屋敷に運んだ後、俺は前線に戻ろうとしたが、家の者に総出で引き留められてしまった。
俺の代わりに自分が戦うというドノバンに押し切られ、そのまま屋敷から指揮を執ることになったのだが、結局オーガの脅威がさったのは翌朝になってからだった。
この時の襲撃によって、守備隊員、冒険者を合わせて百人を超える犠牲者を出す事となった。
更には、二百人近い住民が死亡又は行方不明となってしまった。
領主としての仕事は兄貴任せだったので、戦いが終わった後に、何から手を付ければ良いのか全く分からなかった。
殉職した守備隊員や冒険者の遺族への弔慰金、建物を壊された住民への見舞金、支援金。
壊された城壁の補修、壊された建物の撤去。
仕留めたオーガの遺体の処理。
兄貴を含めて犠牲者の葬儀を行えたのは、襲撃から二週間以上経ってからだった。
その後も兄貴の後を継いで領主になったものの、やらなきゃいけない課題が山積みで、無我夢中で走り続けることになった。