作品タイトル不明
若かりし頃 5
※今回も若きクラウス目線の話です。
できる限りの準備を整え、可能な限りの戦力を集めたつもりだが、それでもオーガの数と勢いを止めきれなかった。
まだ城壁の外で侵入を試みているオーガが居るのに、街での騒動は大きくなるばかりだ。
こんなはずではなかったと嘆きたいが、嘆いたところで状況が良くなる訳でもない。
嘆く暇があるなら頭を働かせ、体を動かし、抗い続けるしかないのだ。
「マリアンヌ、こっちは任せるぞ。俺は街の中に入った連中を叩きに行く」
「分かったわ。外に残っている数は減ったから、これ以上は入り込ませないわ」
「頼んだぜ! マナよ、滾れ!」
身体強化の魔術を使い、城壁の階段を飛ぶように駆け下りる。
怒号、悲鳴、そしてオーガの咆哮を頼りに街を駆け抜ける。
生まれ育ったヴォルザードの街並みは、裏の裏まで熟知しているつもりだ。
領主一家の次男に生まれ、出来の良い兄貴と違って捻くれて育った俺だが、それでも街を愛する気持ちは持ち続けている。
その街が破壊され、住民が餌食になっているのを見ると、腸が煮えくり返る思いだ。
悲鳴が聞こえた方向に、大通りから路地へと入って足を速める。
突然、民家の壁が突き破られ、オーガが姿を現した。
両手と口許が血塗れだが、オーガ自身の血ではなさそうだ。
「好き勝手しやがって、このデカブツがぁ!」
「ウボァァァ!」
俺の姿を見たオーガは、向かって来るどころか背中を向けて逃走に移った。
腹を満たしてしまえば、危険を冒す必要は無いと考えているのだろう。
こうした行動がオーガが厄介な理由で、単純に襲い掛かって来るだけでなく、状況に応じて引く、逃げるといった選択をするのだ。
これが魔の森の中ならば、逃げるに任せて深追いはしないところだが、城壁の中にまで入り込まれてしまった状態では、追い掛けて討伐する必要がある。
身体強化を足に集中させ、いっきにオーガとの距離を縮める。
俺の気配に気付いたオーガが振り返ったが、時すでに遅しだ。
「しっ!」
「ウバァァァ……」
踵の腱を切り払うと、オーガは悲鳴を上げながら転倒した。
さっさと止めを刺して次を倒しに行きたいところだが、足の自由を奪ってもオーガは十分危険な魔物だ。
「ウバァ! ウボァ!」
片膝をついた状態でも、丸太のように太い腕を振り回して威嚇してくる。
これが大通りならば良かったのだが、オーガが両腕を伸ばせば壁と壁に手が届いてしまいそうな路地では、迂闊に接近することも出来ない。
振り回されるオーガの腕を躱しながら、手首や腕を切り払う。
勢いよく叩き付けられる拳をまともに斬り付ければ、下手をすれば剣が折れてしまうので、肉を削ぎ、腱を切断するつもりで剣を振るう。
二度、三度、四度と斬り付ける回数が増えるほどに、オーガの腕には深い傷が刻まれ、流れ出る血の量が増えていく。
こちらは神経を擦り減らしながら、削って、削って、削り続けて隙を探しているが、一発でも食らえば簡単に形勢は逆転してしまう。
「まったく理不尽だよなぁ、おい!」
「うばぁぁぁぁ!」
「そうだ、怒れ、追って来い、そらどうした!」
ちょろちょろと逃げ回る俺に痺れを切らし、突っ込んで来ようとした所でオーガの体が大きく傾いた。
慌てて手をついて体を支えようとしたオーガの脇を擦り抜けつつ、首筋に必殺の一撃を送り込む。
剣を振り抜いた姿勢のまま走り続け、オーガが追って来ていないのを確認して振り返る。
左の首筋から夥しい量の血を噴き出しながら、オーガはゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。
剣から伝わる手応えと、出血の様子から見ても致命傷なのは明らかだ。
本来ならば、完全に止めを刺して、魔石の取り出し作業などをする所だが、今はそんな悠長なことをしている暇はない。
すぐさま、次の悲鳴、怒号に耳を澄ませ、オーガの咆哮を追って走り出す。
目抜き通りに戻ると、大勢の冒険者がオーガを囲んでいるのが目に入った。
十人以上で取り囲んでいるのは良いが、包囲する距離が遠い。
よく見ると、全員がまだ若手の冒険者のようで、オーガを仕留めるだけのスキルが無いようだ。
「そのまま囲んでおけ!」
「あっ、クラウスさん」
「馬鹿、目を離すな!」
俺の声を聞いた若手の一人リベリオが、オーガから目線を外してしまった。
「リベリオ、危ない!」
目線を外したリベリオを仲間が付き飛ばした所へ、オーガが岩のような右の拳を振り下ろした。
冒険者の体が地面とオーガの拳に挟まれ、少し離れている俺のところまでメギャっと、人の体から聞こえてはいけない音が響いてきた。
「くそオーガがぁ!」
駆け寄る俺に向かってオーガが振り回してきた左腕を搔い潜り、左の脇の下を切り払う。
ザックリと肉を切り裂く手応えと共に、鮮血が噴き出すのが見えた。
「不用意に近付くな! まだ距離を取って削れ!」
血気盛んな若手は、好機と見ると闇雲に突っ込みがちだが、オーガの中には死んだ振りをするものもいる。
「怪我人から引き離す、そっち、少し下がれ!」
剣で威嚇して怪我人からオーガを引き剥がしたが、どうやら致命傷を食らったらしい。
「エグモント、しっかりしろぉ!」
「ごふっ……リベリオ、大丈夫だったか……」
「なんで、どうして!」
「理由なんて……知らねぇよ……」
「今、救護所に運ぶからな、しっかりしろ、しっかりしろよ!」
オーガに殴られたエグモントは、時々血を吐き、既に顔色は土気色に変わっている。
救護所に担ぎ込んだとしても、助かる見込みは無いだろう。
「槍を持ってる奴、脇腹を後ろから狙え! 突いたら、すぐ引け!」
正面から威嚇を続け、俺にオーガの注意が向いている間に急所を狙わせる。
オーガが振り向いたら、すぐさま攻撃を加えて注意をこちらに引き戻す。
その作業を三度ほど行ったところで、左脇からの出血が利いてきたのか、オーガは片膝をついた。
「まだだぞ! まだ突っ込むな! チクチク削れ!」
俺一人なら、隙を突いて止めを刺す所だが、若手を制御しながらオーガが動かなくなるまでには、少し時間が必要だった。
オーガがもう動く心配は無いと判断した時には、オーガに殴られたエグモントも息を引き取っていた。
「エグモント……なんで、なんでだよ……」
助けられたリベリオは、地面に横たわったエグモントの脇に座り込んでボロ泣きしていた。
「クラウスさん……エグモントが……」
「お前が、こいつの分まで冒険者をやるっていうなら、死ぬまで恰好つけてみせろ」
「はい……」
「勘違いするなよ。恰好つけて死ねって言ってるんじゃねぇぞ。こいつの分まで、格好良く生きろ。簡単に死ぬな、格好良く生き続けろ!」
「はい!」
「誰か、リベリオに付き合って、こいつを安置所まで運んでやれ。残りの者は、さっきと同じようにオーガの足止めをしてくれ。ただし、ロックオーガには近づくな、いいな!」
若手に指示を出して、自分は次のオーガを探して走りだす。
「誰か! 第二街区にロックオーガが三頭も入り込んだ、応援を頼む!」
「今行く!」
どこからか聞こえてきた声に、届くかどうかも分からない返事をして走る。
途中で、オーガを切り捨てた大柄な冒険者の姿を見つけた。
「ドノバン、第二街区にロックオーガが三頭入り込んだらしい。こっちは他の奴らに任せて行くぞ!」
「了解だ、クラウスさん!」
あと何頭切り捨てれば片付くのか、終わりの見えない戦いに焦りばかりが募った。