作品タイトル不明
若かりし頃 3
※今回も若きクラウス目線の話です。
魔物を討伐する目的で魔の森に入った俺達だが、二時間ほど進んだところで引き返すことになった。
最初は気付かれないように気配を殺し、距離を取ってからは身体強化の魔術まで使って全力でヴォルザードを目指す。
「クラウスさん、守り切れるんですか?」
「守りきれるかじゃねぇ、守るんだよ」
ドノバンが珍しく弱気な言葉を吐くのも無理はない。
ざっと数えただけで五十頭以上のロックオーガが居たのだ。
それに加えて通常のオーガが、その四、五倍は居るように見えた。
あれが全部向かって来たら、冗談でも何でもなく、ヴォルザード存亡の危機だ。
ヴォルザードの門に近付きながら、大声で呼び掛ける。
「注意報を出せ! ロックオーガが五十頭以上、オーガがその五倍は居る!」
「本当か!」
「まだこっちに来るとは限らないが、備えていない状態で来られたら街が全滅するぞ!」
「分かった!」
守備隊員が引っ込んだ直後、カーンカンカン、カーンカンカンという調子で鐘が打ち鳴らされた。
これは切迫してはいないが、大きな脅威が観測された時に鳴らされる注意喚起の鐘だ。
この鐘を聞いたら、一般市民はいつでも避難できるように準備を進め、Cランク以上で依頼を受けていない冒険者はギルドに集合し迎撃の準備をしなければならない。
準備を進めるためにも、俺達が情報を知らせる必要がある。
城壁の通用口を開けてもらい、街の中へ入る。
通用口の内側には、守備隊員のマリアンヌが待ち構えていた。
「クラウス、ロックオーガの群れだって?」
「歩いて二時間ぐらいの距離だ。おそらく、オークの群れを囲い込んで襲い、集団で食らっている最中だった」
「じゃあ、すぐには動かないのね?」
「ロックオーガだけで五十頭以上、普通のオーガを加えれば三百頭を超えるかもしれない。そんな連中がいつまでも満腹でいられると思うのか」
「無理ね。オークやゴブリンだって、危険だと思えば逃げるものね」
オークやゴブリン、コボルトなどは群れで生活するときには縄張りを築く。
他の種類の魔物には頓着しないが、同族に対しては威嚇をして、縄張りを維持しようとする。
ただし、それとても自分の身に危険が迫らなければの話だ。
オーガやロックオーガは、オークやゴブリンを襲って食べる。
オークやゴブリンは、自分達が餌にされる危険を感じれば、縄張りを捨ててでも逃亡を図る。
俺達が遭遇した痩せた個体は、縄張りを追われ、思うように餌を取れなかった連中だろう。
「マリアンヌ、風向きは?」
「今は南西だけど、雲行きからすると明日には北寄りに変わると思うわ」
「時期的にも東風が増える頃だな」
ヴォルザードの周辺では、時期によって風向きが変わる。
これまでは西寄りの風が多い時期だったが、そろそろ東風が増える時期に差し掛かっている。
この風向きは、魔の森に隣接するヴォルザードにとっては状況を大きく変える要因になっている。
今吹いている南西向きの風が続けば、魔の森にいるロックオーガたちの所へは、ヴォルザードの街の匂いは届かない。
だが、北東からの風に変われば、街の匂いが風によってロックオーガ達の所へと運ばれてしまう。
街の匂いは、ロックオーガ共にとっては餌の匂いだ。
風向きが変わり、ロックオーガが反応すれば、一日と経たずにヴォルザードへと向かって来るだろう。
「監視を増やして、探知魔術が使える者を配置してくれ。俺はギルドにいる兄貴に知らせてくる」
「分かったわ、可能な限り城壁上からの監視を増やしておくわ」
「頼んだぞ」
一般の冒険者がこんな要望を出しても、どれほど叶えられるかは未知数だが、領主の弟からの要望では無視するわけにもいかない。
城壁からの監視は守備隊に任せて、俺とドノバンはギルドへと急いだ。
「ドノバン、カウンターへの報告は任せる。俺は兄貴に知らせてくる」
「了解です!」
一階のカウンターに向かったドノバンと別れて、俺は階段を駆け上がって兄貴の執務室へ向かった。
ノックもせずにドアを開け、端的に状況を伝えた。
「兄貴、魔の森にロックオーガの群れだ、五十頭以上居る」
「距離は?」
「歩いて二時間、オークの群れを襲って食事中だった」
「ならば、少しは猶予があるってことだな?」
「慌てふためくべきじゃないが、のんびり構えていられるほど余裕は無い」
兄貴は、ヴォルザードにある大手商会の商会主達と何かの打ち合わせ中だったが、すぐさま打てば響くような質問を投げかけてきた。
一方の商会主たちは、ロックオーガの群れと聞いて顔を蒼褪めさせている。
普段ならば金の力で護衛の数を増やすのだろうが、警報が出た際には、上位ランクの冒険者は街の防衛に協力するように義務付けられている。
理由も無く防衛戦への参加を拒否すれば、最悪の場合冒険者ギルドの登録を解除させられる。
積み上げてきた実績が失われてしまっても、我が身の方が大事だという冒険者がいないとは言わないが、殆どの冒険者にとってランクは命と同等だ。
何より、自分の家族や友人、知人が暮らす街を守れないなら、冒険者をやっている意味が無いだろう。
「行くぞ、クラウス」
「駄目だ、兄貴は残ってくれ」
「馬鹿を言うな、領主が先頭に立たなきゃ士気が上がらんだろう」
「その役目は俺がやる。今回ばかりは相当な覚悟を決めないと街が無くなっちまうぞ」
領主である兄貴が陣頭指揮を執った方が士気は上がるだろうが、万が一命を落とすような事になったら、事後の復興がままならなくなる。
「それに、あの規模を考えたら城壁の内部に入られる可能性も考えておくべきだ」
「どう対処するつもりだ」
「基本は城壁での攻防になる。それで押さえきれれば良いが、入り込まれた場合には、高ランクの冒険者を遊撃に回して対処するしかないだろう」
「俺は、何をすれば良い?」
「兄貴は、ここで後方支援の指揮を執ってくれ。おそらく戦いは長丁場になるはずだから、前線からの情報に応じて食事などの手配をしてほしい。食わなきゃ戦えないからな」
兄貴は少しの間考え込んだ後で、大きく頷いてみせた。
「良いだろう。前線の指揮はクラウスに任せるが、一つだけ条件を付ける」
「条件?」
「あぁ、必ず生きて戻れ。俺より先に死ぬことは許さん」
「兄貴、そいつは親父のセリフだぜ。まぁ、死ぬつもりは無いから安心してくれ」
「ならば……頼んだぞ、クラウス」
「おぅ、後ろは任せたからな」
兄貴と握り拳を合わせて、執務室を出て階段を下りる。
ギルドの一階には続々と冒険者が集まり始めていた。
「兄貴の代わりに、俺が前線の指揮を務める。今回は総力戦になる覚悟をしてくれ!」
「クラウス、お前で大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってんだろう。それに、もし兄貴が死んで、俺が生き残ったらどうなるか考えてみろよ」
「やめろよ、考えたくもねぇよ」
「だったら、つべこべ言わずに、オーガどもが向かって来たらぶっ殺せ!」
Cランク以上の冒険者は、全員城壁の上で防衛戦を担当する。
Dランク以下の冒険者は、自分達が避難するのと同時に市民の避難を支援する。
「今のうちに、城壁の配置を決めておきたい。準備が済んだ者から南西の門まで移動してくれ。守備隊と配置の擦り合わせをするから、パーティーを組んでる奴はパーティーを揃えて来てくれ」
俺とドノバンは、討伐を行っていたから装備は今のままで大丈夫だ。
食料に関しては、兄貴が万端整えてくれるはずだ。
ならば、とっとと城壁の上に陣取って、ロックオーガどもを手荒く出迎えてやるとしよう。