作品タイトル不明
お留守番・前編(ルジェク)
※ 今回はルジェク目線の話です。
お屋敷の主であるケント様と五人の奥方様が旅行に出掛けられる事になった。
ケント様の世界では、結婚の記念に旅行をする習慣があるらしい。
出発三日前の晩に、ケント様に呼び出された。
「ルジェク、留守の間お願いね」
「は、はい! い、命に代えてもお屋敷をお守りいたします!」
「いやいや、そういう話じゃないから」
「えっ?」
「家は、ネロとレビン、トレノが居るから、余程の天変地異でも起こらない限り大丈夫」
ネロはストームキャット、レビンとトレノはサンダーキャットという大きな猫科の眷属で、冒険者や守備隊員が束になっても敵わないほど強力だ。
一頭でもその強さなのに、三頭もいたら盗賊なんて入り込む余地は無い。
「それでは、僕は何をすれば……」
「ルジェクに頼むのは、美緒ちゃんのお世話ね」
「ぼ、僕が、ミオ様のお世話ですか?」
「嫌かな?」
「とんでもありません!」
「じゃあ、お願いするね」
「かしこまりました」
ミオ様のお世話をするのは嫌ではないし、むしろ進んでお世話したい。
ただ、僕はてっきりミオ様は一緒にご旅行されると思っていた。
「あの、ケント様、ミオ様は一緒に行かれないんですか?」
「うん、本人に聞いたら、今回は遠慮するって言われちゃったんだ」
今回は、ケント様と奥方様達の結婚を記念するご旅行だからだろう。
やはり、ご夫婦水入らずで過ごしていただきたいとミオ様も思っていられるのだろう。
「うーん……でも、アンジェリーナさんも一緒だし、バルシャニアから来ている人達も一緒に里帰りするんだけどね」
ケント様の奥方様の侍女や護衛の騎士は、バルシャニアからセラフィマ様と一緒に来られた人達だ。
ヴォルザードからバルシャニアまでは、普通に移動すると大変な時間が掛かる。
なので、セラフィマ様と一緒に来られた人達は、二度とバルシャニアの土は踏めない覚悟を決めて来たらしい。
でも、ケント様の送還術を使えば、バルシャニアどころか違う世界のニホンという国まで瞬時に移動出来る。
そこで、この機会に里帰りしてもらおうと、ケント様がお考えになられたそうだ。
「でね、僕と奥さん達の他に屋敷のスタッフの多くが同行するから、残るのは美緒ちゃんとルジェク、マルツェラぐらいになっちゃうんだ」
僕らの他に、ヴォルザードで雇われた人達も残るそうだが、その数は多くない。
そして、使用人は使用人のための寮で寝泊まりしているので、普段ケント様が使われているエリアには、ミオ様しかいなくなってしまうらしい。
「いくら安全だと分かっていても、一人きりだと心細いからね。だから、ルジェクに美緒ちゃんと一緒にいてもらおうと考えたんだ」
こんなに大きなお屋敷に、一人きりなんて心細いに決まっている。
「分かりました、しっかりとお世話させていただきます」
「うん、マルツェラにも頼んでおいたから、よろしくね」
こうしてケント様が留守の間、僕は美緒様のお世話を仰せつかった。
旅行当日は平日だったので、ケント様達をお見送りした後、ミオ様と一緒に学校へ行った。
「ミオ様は、どうして一緒に行かれなかったんですか?」
「美緒様じゃない、美緒って呼んでって言ってるでしょ」
「あっ、申し訳……んんっ」
うっかりミオ様と呼んでしまい、またチューされてしまった。
「だって、ケントお兄ちゃんたちと一緒に行くと、国賓待遇なんだって。私は唯香お姉ちゃんの妹ってだけで、国賓待遇とかちょっと違う気がするんだよねぇ……」
ミオ様は平民の育ちなので、そうした式典とか厚遇される場所への出席は気が重いらしい。
単純に旅行だけならば、喜んで参加したそうだ。
「でも、バルシャニアは簡単に行ける所じゃありませんよ」
「うん、今はね。でも十年先、二十年先になったら誰でも簡単にいけるようになっているかもよ」
「誰でも……ですか?」
「まぁ、旅費は必要だと思うけど」
ミオ様の国には、馬車の何倍もの速さで、何十倍もの人や物を運べる乗り物があるそうだ。
タブレットという魔法の板で動く絵を見せてもらったけど、信じられない速さだった。
馬が引かない自動車という乗り物も、遠くまで早く行けるらしい。
「道路とか鉄道とか、私たちの世界には凄く進んだ物があるし、ケントお兄ちゃんがその気になれば、すぐにバルシャニアまで行けるようになると思う」
ミオ様の国のシンカンセンという乗り物が開通したら、バルシャニアの帝都グリャーエフまでも一日で行けるようになるらしい。
「まぁ、ケントお兄ちゃんの魔法には敵わないんだけどね」
「そうですね、以前エーデリッヒの港町ジョベートに買い物に行きましたが、あれも考えてみれば凄い事なんですよね」
ケント様に頼まれて、海産物を仕入れに行ったジョベートは、ランズヘルト共和国の東の端に位置している。
ヴォルザードは西の端なので、国一つを西から東まで横断したことになる。
それも、ケント様の眷属であるコボルトと一緒ならば、一瞬で移動が可能なのだ。
「ジョベートでのお買い物、楽しかったよねぇ。また行きたいな」
「そうですね、僕が生まれ育った村は海から遠く離れていたので、あの時初めて海を見て驚きました」
「そうなんだ、ルジェクが育った村にも行ってみたいな」
「それは……あまりお薦めできません」
正直、生まれ育った村には良い思い出がない。
僕が病弱だったせいで、姉さんに苦労をかけた思い出しかないのだ。
「そっか、じゃあ、いつか私の育った街を案内してあげる」
「行ってみたいです」
「それには、ルジェクも魔法の練習を頑張らないとね」
「そうでした、僕がお連れできるようにならないといけませんね」
僕もケント様と同じ闇属性の魔術が使えるはずなのだが、一人で影移動が出来たのは一度きりだ。
ミオ様の育った街に行くには、自由自在に影移動が出来るようにならないといけない。
学校では、いつも通りに元気に過ごされていたミオ様だったが、お屋敷に戻るとちょっと表情が変わった。
ケント様たちが出掛けてしまわれたお屋敷は、ガラーンとして空き家のようだった。
「なんか、すごく寂しい感じがする」
「そうですね……」
普段なら、門から玄関までの庭や、屋敷の内部にもコボルトが歩き回っている。
影から、ひょこっと飛び出して来るので、慣れないうちは驚いたが、今はもう日常の風景だと受け入れられている。
それだけに、コボルトが一頭も見当たらない屋敷が異質に感じてしまう。
「おかえりなさい、ミオさん、ルジェク」
「マルツェラさん、ただいま」
「ただいま、姉さん」
「今日の夕食は、上の炊事場で私が作るので、いつもほどは美味しくないかもしれません」
「あっ、私手伝います」
「いえいえ、ミオさんに手伝っていただくなんて……」
「私がお手伝いしたいんですけど、駄目ですか?」
「そうですか、それじゃあお願いします。でも、その前に宿題があったら済ませてくださいね」
「はーい! 行こう、ルジェク」
「はい、ミオ様」
ミオさまの部屋で宿題を片付けた後、ミオ様、僕、姉さんの三人で今夜の夕食の準備を進めた。