作品タイトル不明
統治する側、される側
僕らが国立歌劇場に観劇に出掛けている間、アンジェお姉ちゃんはグレゴリエさんと一緒にグリャーエフの市街地へ、お忍びで出掛けて行きました。
次期皇帝とその婚約者候補ですから、普通だったら物々しい警戒態勢が敷かれるのでしょうが、あくまでお忍びなので警備は目立たない形で行われたようです。
まぁ、万が一の事態が起こらないように、影の中にはバステンを責任者として眷属を潜ませておきましたけどね。
まさか、昼間から不埒な真似はしないと思いますが、グレゴリエさんが暴走したら阻止するように指示は出しておきました。
「特に危ない場面は無かったんだよね?」
『はい、ありませんでした。ただ……』
「何かあったの?」
『あれは、お忍びと呼んでも良いのでしょうか?』
バステンの話によれば、グレゴリエさんも平民に見える服を着ていたそうですが、思いっきり身バレしていたそうです。
『商店や出店の主人から、グレゴリエ様と名指しで挨拶されてました』
「駄目じゃん、ぜんぜんお忍びじゃないじゃん」
『いえ、それが、今日は平服だからお忍びですね……などと言われてまして……』
「うん、お忍びの定義から教えてあげた方が良いんじゃない?」
『はい、私も、それお忍びじゃない!って、何度も言いたかったのですが、何しろ声が出ませんもんで……』
バステン達、スケルトンズとは念話で会話できてますが、僕以外の人とは筆談するしかないんですよねぇ。
今回は、それが良かったんだか、悪かったんだか……。
「でも、その様子だと日頃から市民と交流してるみたいだね」
『はい、どこぞの城塞都市の領主様のようでした』
「あぁ、なるほど……」
誰とは言いませんけど、年中フラフラと街を歩いては、店のおっちゃん、おばちゃんと馬鹿話をしている人がいますねぇ……誰とは言いませんが。
「でも、それって良い状況なのかなぁ……」
『警備をする側としては困った状況ですが、民衆にとっては良い状況ではありませんか?』
「いや、そういう事じゃなくて、お見合いとしてはどうなのかなぁ……てね」
『なるほど、見合いとしてですか……』
「うん、自分の父親みたいな人を良しとするか、それとも……」
僕とベアトリーチェが出会った頃に、よくクラウスさんが言ってました。
小さい頃は、大きくなったらパパと結婚するって言ってのに……って。
『それは、アンジェリーナ嬢がクラウス殿をどう見ているかでしょう』
「まぁ、そうだよね。僕から見ると、親子の仲は悪くない……というよりも良好だと思うけど、それを伴侶として考えた場合は、また違ってくるのかと……」
『でしょうね。ですが、そこはアンジェリーナ嬢の胸の内ですから、我々には計り知れないでしょう』
「そうだよねぇ、僕らが何を考えようと、アンジェお姉ちゃん次第だもんね」
はてさて、アンジェお姉ちゃんはどう思っているんでしょうかね。
バステンの話によれば、二人は街を歩いて商店主と会話し、街の食堂で昼食を済ませ、教会などを見て歩き、宮殿へと戻ったそうです。
アンジェお姉ちゃんは、野菜や果物、穀物などの食品や、陶器や金物、布地、宝飾品など、多岐に渡って物の質や値段をチェックしていたそうです。
ヴォルザードとブライヒベルグの間を結ぶ、闇の盾を使った輸送の管理をアウグストさんと担っているから、外の物価が気になるんでしょうね。
『これは、私個人の印象ですが、仕事のパートナーとしては良い関係を築けると感じました』
「まぁ、そうだろうね。グレゴリエさんも脳筋気味なところはあるけど、マールブルグの馬鹿双子よりは全然マシだからね」
実務者同士としては問題無し、あとは夫婦としてどうかですが、貴族の結婚観は僕らとは違ってますから予想が出来ません。
『それで、アンジェリーナ嬢とは直接関わりが無い話なんですが、キリア民国がほぼ消滅したようです』
「えっ、ギガースを退治できなかったの?」
『グレゴリエ殿と商人の話を聞いただけですが、ギガースの討伐には成功したようですが、国を維持する体力が残っていなかったようです』
「確か、キリアは民主主義の国だよね?」
『はい、国王や皇帝が治める国ではありません。国のトップが民衆から選ばれた者ゆえに、民からの支持を失うと脆いようです』
キリアは隣国ヨーゲセンに対して戦争を仕掛けましたが、こちらも一時的には領土拡大に成功したようですが、押し戻されたようです。
その後、ダンジョンからギガースが現れ、多くの街が壊滅し、家や財産を失った民衆から指導者に対する怨嗟の声が高まったようです。
『ギガースの討伐も、近隣の国から援助を受けて、どうにかやり遂げたようで、特に戦争状態だったヨーゲセンには、みすみす侵攻を許す形になったようです』
「それって、助けてやったんだから、土地を寄越せ……みたいな感じ?」
『そのようですね』
キリア民国は、国境を接する三つの国から侵攻を受けて、事実上の国土を失ってしまったようです。
「でも、それだと民衆からの反発が凄いんじゃないの?」
『それが、そうでも無いようです』
「キリアのそれまでの政府に対する反発の方が強かったのかな?」
『そのようですね』
爆剤の威力を過信して戦争を仕掛けたものの、兵力、統治能力、兵站を維持する財力などの総合力でヨーゲセンに押し返されたのは、見込みが甘かったからだ。
ダンジョンが溢れ、多くの街がギガースに潰されたのは、日頃の備えが足りなかったからだ。
そんな頼りない政府よりは、基盤のしっかりした国の一部になった方が良いと考える人が多かったようです。
『これも商人が話していたのですが、元々、キリア自体が新しい国で、キリアが出来る以前の形に戻ったような感じだそうです』
「それじゃあ、そんなに反発は無いのかな」
『どうでしょうね。新しい国ができるのは、そこに不満があったからでしょうから、内乱の火種が完全に無くなった訳ではないのでしょう』
「そっか……それはそれで面倒くさいね」
第二次世界大戦後の日本で生まれ育った僕には、領土争いというものはテレビのニュースで見るもので、今いちピンときません。
争うくらいなら一つにまとまってしまえば良いと思うのですが、習慣とか、宗教とか、過去の因縁とか、色々あるんでしょうね。
「ところでさ、バステン」
『なんでしょう?』
「そうした情報って、商人にとっては商売のネタだよね?」
『おっしゃる通りです。情報に乗り遅れれば、儲けを逃したり、大きな損害を被ったりしますから、良い商人ほど情報にお金を使うと言われてますね』
「じゃあ、グレゴリエさんはお金を払って商人から情報を買っていたの?」
『いいえ、対価は払っていませんでした』
「じゃあ、その情報って当てにならないんじゃない?」
『それは大丈夫だと思います』
「どうして?」
『街の商人たちは、自分達の情報を国を正しく導くために使ってもらいたいようでした』
バステンの話によれば、商人は自分達の商売が安全に行えるように、国の安定を求めているそうです。
キリアの情報に限らず、バルシャニア国内のボロフスカやムンギア、カジミナなどの反体制派の部族の動きなども、積極的に知らせているようです。
「なるほど、情報をあげるから、その代わりに守ってくれ……みたいな感じなのか」
『そのようですね。実際、ボロフスカに関する情報が多く寄せられていました』
「もしかして、その多くが僕らがやった工作に関するものなのかな?」
『その通りです。なかなか面白かったですよ』
僕らのやった工作は、誰がやったか証拠を残さないものばかりだったので、都市伝説や怪談のように伝わっているようです。
『それと、グレゴリエ殿もさりげなくボロフスカの工作員は全員捕らえたと、情報を流しておりました』
「凄いね、情報操作にも使っているのか」
『はい、少なくともグリャーエフの民衆との関係は良好なようです』
うん、今日の視察については、グレゴリエさんはかなりポイントを稼げたみたいですね。