作品タイトル不明
観劇(前編)
捕らえられた工作員に対しては昨夜のうちに取り調べが行われて、一部の者を除いてボロフスカの工作員である事を認めたそうです。
まぁ、お前も魔落ちさせるぞ……って脅されれば、普通は喋っちゃいますよね。
でも、工作員ともなれば、捕まったら自決する……みたいな覚悟を強いられたりしないんですかね。
『奴らにとっても、魔落ちするのは堪えられないようですぞ』
「そうなの?」
取り調べの様子を見守っていたラインハルトによると、工作員たちにとってもボロフスカの薬剤によって人間が魔落ちする様子は、見るに堪えない状況だそうです。
ボロフスカに潜入した時に、川の下にあった実験施設で魔落ちさせられた人を目撃しました。
もはや人と呼べないほどに変容した姿には、寒気を覚えたものです。
『ボロフスカの薬剤を使うと、見ている間にあの姿に変わるそうですぞ』
「うわぁ、それは実行する側にとってもキツい……てか、そんな事したら駄目だよね」
因果応報、自業自得とばかりに、ボロフスカの工作員たちも魔落ちさせてやりたい所ですが、それではやってる事は変わりません。
工作員の処分についてはコンスタンさんが決めるのでしょうが、どんな裁定を下すんでしょうかね。
バルシャニアの帝都グリャーエフに到着早々に、血なまぐさい騒ぎが起こってしまいましたが、僕らの新婚旅行は続行です。
本日は、バルシャニアの国立歌劇場で大人気の歌劇を見る予定になっています。
バルシャニアの歌劇は、史実や創作された物語と伝統舞踊を織り交ぜたものだそうで、その中でも今日の出し物は特に人気だそうです。
観劇用のチケットは、数ヶ月先まで予約で一杯だそうですが、僕等は皇族用の特別席で観覧できるそうです。
国立歌劇場で上演される演目は、殆どが長時間に渡る大作だそうで、昼食後に開演し、途中に二度の休息を挟みながら夕方まで続けられるそうです。
そして、観劇の後にはレストランなどで食事をしながら、劇の感想を語らうというのがバルシャニアの上流階級の楽しみ方だそうです。
「ケント様、今日はよろしくお願いします」
「うん、頑張るよ」
今日、僕とセラフィマが国立歌劇場を訪れることは、市民にも告知されているらしいです。
劇場に入る際には、僕とセラフィマ、そしてカミラが並んで入場することになっています。
これは、魔王ケント・コクブによって、バルシャニアとリーゼンブルグの友好関係が結ばれたことをアピールするデモンストレーションだそうです。
聞いた話によれば、魔王ケント・コクブの名前はセラフィマが輿入れしたことで、バルシャニアでも知れ渡っているそうです。
ただし、名前は知れ渡っていますが、姿についてはお披露目の宴席に出た人以外は知らないんだよねぇ。
姿を見せることで、なんて貧相な男だと失望されないか、ちょっと心配です。
という事で、今朝は朝食を済ませて一休みしたら、観劇に備えて身支度を整えてもらいます。
入浴、整髪、着付けまで、係の人がやってくれるそうなんですが……以前のお披露目の時には酷い目に遭いました。
ガチムチマッチョなスキンヘッド二人組に、熱湯風呂アンド因幡の白兎状態になる垢すりのセットを食らい、自己治癒魔術まで使う羽目になりましたからね。
また、あれを味わわないといけないのかと思うと、気が滅入ってきます。
「本日は入浴のお世話をさせていただきます」
「えっ? あっ、よ、よろしくお願いします」
憂鬱な気分を抱えて脱衣所へ入ると、待っていたのは三人の女性でした。
年齢は、三十代前半ぐらいでしょうか。
皆さん豊満な体形で、お姉様というよりもママみを感じてしまいます。
てか、ガチムチスキンヘッドに比べたら、数万倍良いんだけど、これはこれで恥ずかしいんですけど……。
お世話してくれる皆さんは、薄い湯あみ着姿で、色々見えちゃっています。
「お召し物は、こちらにお脱ぎ下さい」
「は、はひぃ……」
着ていた服を全部脱ぎ、下着も脱いで手拭い一枚の姿で浴室へと向かいます。
浴室は、大浴場と呼ぶほどの広さではなく、それでも家庭用のユニットバスの数倍の広さがあります。
湯船には、花弁が浮かべられていて、浴室全体が良い香りに包まれていました。
掛け湯をしてから、湯船に入って体を伸ばすと、実に良い気持ちです。
「では、失礼いたします」
「えっ……?」
浴槽の縁に寄りかかった僕の両側に、一人ずつお世話役の女性が一緒に湯船に浸かった状態で僕の体を洗い、もう一人が湯船の外から頭を洗ってくれます。
てか、湯あみ着が濡れると殆ど意味無いんですけどぉ。
こうしたサービスは初めてなので、ガッチガチに緊張してしまいます……色々と。
「血の巡りを良くするマッサージです。どうぞ、身を任せて下さい」
「は、はひぃぃぃ……」
全身くまなくマッサージされて、すっかりスッキリ……じゃなくて、サッパリしました。
顔剃りや眉も整えてもらい、髪もオールバックに固めてもらうと、ちょっとは僕も見られるようになりました。
そして、バルシャニアの皇族カラーの衣装を着付けてもらい、よそ行きケントの出来上がりです。
てか、お風呂場での出来事とか、報告されちゃうんだろうなぁ……。
ちょっと憂鬱な気分を抱えながら案内された部屋には、支度を終えたセラフィマとカミラが待っていました。
セラフィマはエメラルドグリーンと白を基調としたドレス、カミラは深いワインレッドとゴールドを基調としたドレスに身を包んでいます。
セラフィマがバルシャニアの皇族カラー、カミラがリーゼンブルグの王族カラーだそうです。
もちろん、唯香、マノン、ベアトリーチェの三人も着飾っていますよ。
軽食で腹ごしらえをした後で、馬車に乗って国立歌劇場へと向かいます。
「ケント様、あちらが国立歌劇場です」
「おぉ、すごい建物だね」
バルシャニアの国立歌劇場は、イスラムのモスクを連想させる大きなドーム状の屋根を持つ建物で、エメラルドグリーンのタイルを使って装飾されています。
アーチ状の入口の両脇には、階段塔を兼ねた巨大な柱があり、その壁面は火の鳥とドラゴンのモザイク画で彩られています。
歌劇場の前の道には、入場を待つ馬車の列ができていましたが、僕らが乗った馬車は中央に空けられた車線を通って止まらずに劇場入口まで進んで行きました。
この道は皇族専用だそうで、こうした待遇を受けると、改めてセラフィマが皇女様だったのだと思い知らされます。
歌劇場の外には、開場を待っているのでしょうか、黒山の人だかりが出来ていました。
「セラ、あれって全部観劇する人なの?」
「いいえ、ケント様を一目見ようと集まっている人たちです」
「うぇぇ! 僕目当て?」
「はい、魔王ケント・コクブのお姿を拝見するために集まっています」
セラフィマは僕目当てだと言うけれど、半分以上はセラフィマ目当てだと思います。
残りの半分は……カミラ目当てじゃないかな。
馬車は劇場正面の入り口前に止まり、最初に僕が降りて、カミラが降りるのに手を貸し、続いてセラフィマが降りるのに手を貸し、両手に花状態で階段を上ります。
馬車から降りた時には静かだったのですが、それは馬車の影に隠れて僕等の姿が見えなかったからで、階段を上り始めると地鳴りのような拍手と歓声が広がっていきました。
階段の踊り場で振り返ると、集まった人々が手を振り、手を叩き、笑顔で歓声を上げています。
歓声に応えてセラフィマとカミラが手を振ると、更に歓声が大きくなりました。
「バルシャニアに栄光あれ! バルシャニアに栄光あれ!」
セラフィマに促され、キスを交わし、続いてカミラともキスをすると、更に歓声のボルテージが上がりました。
集まった群衆が踏み鳴らす足音で、地面も大気も震えているようです。
地球の歴史では、古代エジプトやローマなどの王族は莫大な権力を持っていたと聞きます。
今でも、世界の独裁国家の元首や宗教指導者は熱狂的な歓迎を受けるそうです。
日本で、ただの中学生をやっていたら、こうした体験は一生味わうことは無かったでしょうね。