軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

選択(ギリク)

※今回はギリク目線の話です。

「くそっ、なんで俺ばっかり、こんな目に……」

吐き捨てそうになった愚痴を途中で飲み込む。

そうじゃない、こんな目に遭っているのは全部俺のせいだ。

今日の昼前、仕事から帰ってきたヴェリンダは、見るからに具合が悪そうだった。

寝ていれば治ると言い張っていたが、体に浮いた紫色の斑点を見てただ事ではないと思い、診療所に引っ張っていこうとしたら血を吐いた。

自分の足で歩くことすら出来ず、それなら俺が運ぶと思ったのだが……片腕では抱き上げることすら出来ない。

背負うのは、腹に負担が掛かるから無理だし、苦肉の策としてシーツを縛って輪を作って首に掛け、それでヴェリンダを持ち上げ、左手で支えて何とか運んだ。

守備隊の敷地内にある診療所は、まだヴェリンダが駆け出しパーティーの一員として、オーガに殺されかけた時にも世話になった。

治療を行うのがケントの野郎の嫁というのは引っ掛かるが、腕は確かなのは間違いない。

そのユイカという治癒士は、ヴェリンダの診察を始めたとたん表情を曇らせた。

ヴェリンダの腹に聴診器を当てていたが、治療を見守っていたもう一人のケントの嫁、マノンを手招きすると何やら耳打ちをすると治療の手を止めてしまった。

「どうしたんだよ、何で治療をしてくれないんだ」

「それを今から説明します。あっ、ケント……」

マノンと一緒に戻って来たのは、ケントの野郎だった。

「なんで手前が……いや、そんな事はどうでもいい、早くヴェリンダを治療してくれ!」

ケントの野郎は気に入らないが、領主の娘の腐敗病まで治すような治癒魔術が使えると聞いている。

そのケントを呼び出したのだから、すぐに始めるものだと思ったのに、なかなか治療に取り掛からなかった。

それどころか、診察室の外に出て何やら相談を始めた。

そして、戻ってきたのはユイカ一人で、ようやく治療を始め、ヴェリンダは目に見えて分かるほど回復した。

真っ青だった顔色にも血色が戻り、苦しげだった呼吸も安定した。

これなら大丈夫だと思ったのだが、ユイカから予想外の話をされた。

ヴェリンダの腹にいた子供が死んでいたと言うのだ。

納得がいかず、思わず唯香に掴み掛かろうとしたら、ケントが立ちふさがった。

お腹の子供はとっくに死んでいて、そのせいでヴェリンダが体調を崩したとぬかしやがった。

ケントの野郎は嘘を言っていないのだろうが、頭では分かっていても感情が収まらない。

「なんで、なんで子供も助けてくれなかったんだ!」

感情のままケントに掴み掛かろうとしたら、冷や水のような一言を浴びせられた。

「治癒魔術は万能じゃないです。それに、僕らに食ってかかる資格がギリクさんにあるんですか?」

「何だとぉ!」

相変わらずチビのケントを見下すように睨み付けたが、ビビる素振りも見せずに睨み返してきやがった。

嫁を背中に庇い、一歩たりとも引く様子を見せない。

ヴォルザードに来た当初から、チビのくせして俺に歯向かって来た。

普通の奴なら、一度力の違いを思い知らせてやれば二度目は目を逸らしたのに、こいつは正面から見返してきやがった。

決して引かない視線は、自分の行動に対する自信に裏打ちされている。

一度も間違いを犯したことが無い訳ではないのだろうが、それでも真っ直ぐに歩き続けてきた人間が持つ強い目だ。

それに比べて今の俺はどうだ……胸を張って睨み返せるだけの自信なんて有りやしない。

冒険者殺しの犯人だと疑われて被害者仲間に因縁をつけられ、タツヤとカズキに助けてもらい、捕まった犯人の身の上話を聞いて、いい加減に今のままでは駄目だと考え直した。

鈍りきった体を鍛え直し始めたが、その間もヴェリンダが働きに出るのを止めなかった。

ヴェリンダが何処で働き、何をして金を貰っているのか薄々知りながら、それを止めることもせず、労うことすらしてこなかった。

お腹の子供の父親は間違いなく俺だ。

にも関わらず、抱き上げることも、声を掛けることも、目を合わせることも無く死に至らしめたのだ。

「ヴェリンダを連れて帰る……」

俺の方から先に目を逸らし、来た時と同じようにシーツで包んだヴェリンダを首から下げて家へと向かう。

息が掛かるほどの距離で眺めたヴェリンダの顔は、ビックリするほどやつれていた。

思えば、自分の行動が後ろめたくて、まともに顔も合わせられずにいたから、ヴェリンダの変化に気付かなかった。

いいや、気付こうともしなかったのだ。

俺はクズだ。

現実から目を背け、自分の責任から逃げ続けてきた結果が今の状況だ。

俺は今、切り立った山の稜線にいるのだと思う。

ここで安易な道を選ぶなら、己の責任を放棄するのなら、クズという谷底に落ちて二度と戻って来られないだろう。

だが、険しい道を選んで進んだとしても、その先に華やかな栄光など存在しないだろう。

他人が羨むような栄誉や財産を手に入れるには、俺は道を間違えすぎた。

それでも俺は、もうこれ以上、道を間違えたくない。

険しい道の先に待っているのが、ただの普通の生活であったとしても、それは俺にとって何物にも代えがたい栄冠だろう。

「うっ……あっ……」

日当たりの悪い薄暗い寝室で、ベッドの側に椅子を置いて付き添っていると、ヴェリンダが意識を取り戻した。

まだ頭が朦朧としているようで、状況が把握できていないようだ。

「ギリクさん……あっ、仕事に行かないと……」

「いいから休め」

「でも……」

「いいから……俺が良いと言うまで休め」

起きようとするヴェリンダを左手で押し留めて寝かせる。

もうちょっと、気の利いたやり方ができないものかと我ながら嫌になる。

「悪かった……」

「えっ……そんな……」

「今まで、お前に甘えすぎていた。すまない……」

「そんな、私はそんなつもりじゃ……私はギリクさんに命を救ってもらったから」

「だとしても、それからの俺は、お前に甘えすぎていた。これまで感謝もせずに、すまなかった」

「止めて下さい。謝らないで下さい。私は、私のためにやってきたんです。それに……お金を稼ぐためとはいえ、他の男の人に肌を許してきました……」

「関係無い、全部俺のため……」

「関係無くないです!」

「ヴェリンダ……」

「関係無くないです……だって……だって、してくれないじゃないですか」

俺は馬鹿だ。

謝罪すれば許されるなんて、どこかで思っていた心境を見透かしたかのように、ヴェリンダの言葉が突き刺さる。

そうだ、ヴェリンダが夜の仕事を始めてから、一度も関係を持っていない。

一時は、毎晩何度も求めていたのに、右腕を失ってからは回数も減り、ヴェリンダが働きだしてからは全く無くなっていた。

ヴェリンダが、そっと両手を下腹部に添え、涙を溢れさせた。

診療所に向かう前と今とでは、腹の膨らみ方がまるで違う。

意識を失っていたとしても、何が起こったのか説明するまでも無いだろう。

「私は……身を引きます……」

「何言ってんだ、ヴェリンダ!」

「私は間違ってばっかり……」

「それを言うなら俺の方だ! 全部、全部俺が悪かったんだ!」

「ギリクさん……」

「どこにも行くな、側に居ろ、俺の側に居てくれ」

「はい……」

手を放せば消えてしまいそうなヴェリンダを抱きしめて口づけを交わす。

ただ生きることの何と難しいことだろうか……。