作品タイトル不明
旅行の準備
自宅に戻って、バルシャニアへのアンジェお姉ちゃんの訪問、兼我が家の新婚旅行の件を切り出すと、すでに日程の調整が行われていました。
アンジェお姉ちゃんも、ブライヒベルグとヴォルザードを結ぶ闇の盾を使った輸送システムの管理を行っていますし、唯香とマノンは治癒院での仕事があります。
その辺りの調整をベアトリーチェが取りまとめ、バルシャニアとの連絡はセラフィマが行っているようです。
それと、旅行に出かける前に、治癒院の業務を軽減するために、僕も臨時で治療を担当するようです。
なんだか、僕抜きでドンドン計画が進んでいるような……まぁ良いんですけどね。
折角バルシャニアまで足を延ばすのだから、日帰りとか一泊二日ではなく、そこそこ長期の滞在になるようです。
お泊りにはバルシャニアの皇宮を使わせてもらえるそうですし、お金を使う場面は昼の観光と食事、お土産代ぐらいでしょうか。
一つ心配だったのは、妊娠中のマノンの体調ですが、こちらも安定しているようですし、つわりも無いそうです。
馬車で何日も揺られていくのは考えものですが、バルシャニアまでは僕の送還術で行くから振動の影響もありません。
マノンの妊娠の件は、バルシャニア側にも通達済みだそうで、飲食物についても配慮してもらえるそうです。
という訳で、少しの間ヴォルザードを留守にするので、一応クラウスさんに話を通しにギルドへ向かいました。
「あー……お前らの一家はノンビリしてくれば良いが、アンジェは用件が済んだら先に帰してくれて構わんからな」
「えっ、一緒に観光してきちゃ駄目なんですか?」
「だ、駄目じゃねぇけど、ケントも嫁と水入らずの方が良いだろう」
「いやぁ、セラフィマを連れていけば、絶対にコンスタンさん達が絡んで来ますから、水入らずとはいかないから、アンジェお姉ちゃんが一緒でも大丈夫ですよ」
「ふん……まぁ、勝手にしろ」
どうして、こちらの世界の父親というのは、こうも親バカなんでしょうかねぇ。
「クラウスさんは、アンジェお姉ちゃんがグレゴリエさんと結婚するのは反対なんですか?」
「んー……どうなんだろうなぁ……」
「いやいや、そんな他人事みたいに言わないで下さいよ」
「正直に言って、ランズヘルトの領主の息子よりもバルシャニアの皇子は格上だ。なにせ一国を統べる一族の長子だから、嫁げばアンジェが国母となるんだからな」
「遠すぎるというデメリットを埋めるだけのメリットが無いからですか?」
いくら魔の森の通行が容易になって貿易が活発になっているとはいっても、バルシャニアにまで行くにはリーゼンブルグという国を横切って行かなければなりません。
ヴォルザード、そして我が家との親戚関係を強化して、僕の助力を頼みやすくなるというメリットがバルシャニアにはありますが、逆にヴォルザードにはメリットが少ない気がします。
「いいや、メリットならば有るぞ。バルシャニアにヴォルザードの血を入れておけば、将来ランズヘルトとリーゼンブルグの関係が険悪になった場合、こちらに付いてくれる可能性が高まる」
「いやいや、僕の目が黒いうちはリーゼンブルグと戦争になんてなりませんよ」
「そんな事は分かっている。そうじゃなくて、俺やケントがこの世から消えた後の話をしてんだよ」
確かに、現在は僕と眷属の戦力を考慮して、リーゼンブルグが攻めて来るなんて愚行に出るとは思わない。
だが、クラウスさんや僕が死んだ後、眷属達も居なくなったら、侵略しようなんて考える王様が出てきてもおかしくない。
その時に、血縁がどれほどの効果をもたらすか分からないが、バルシャニアとの交流を密にしておけば、我々に味方してくれるかもしれない。
ぶっちゃけ僕の子供や孫には、自分達の力で何とかしろと思ってしまうが、まだ我が子が生まれていないからだろう。
マノンとの間に授かった子供が生まれて、ハイハイするようになり、歩くようになり、喋るようになれば、僕の考えも変わるかもしれない。
「なるほど、未来の……自分達の子孫のためという考えもあるんですね」
「いや、あんまり無いな」
「無いんかい!」
「俺が元気な間は、俺が何とかしてやるが、その先までは面倒みれねぇよ。俺に頼らず、自分らで何とかするのが当たり前だろう」
「まぁ、そりゃそうですけどね」
「ただ、コンスタンの息子なら大丈夫だろう……と思ってる」
そう言うと、クラウスさんは僕の結婚披露パーティーで、コンスタンさんと飲んだ時のエピソードを話し始めました。
「あの場にいた父親で、一番地位が高かったのはコンスタンだが、少しも偉ぶった所が無かったな。お前の親父のタケヒトやユイカの親父のタダオが平民と知っても、何一つ態度を変えなかった」
「グレゴリエさんや兄弟も、民衆から人気がありますよ」
「だろうな、あいつは相手を地位とか役職とかでなく、一人の人間として見て接している。息子達にも、そのように教育しているのだろう。マールブルグの馬鹿息子達とは大違いだろうな」
そう言えば、初めて顔を合わせた頃は、バルシャニアがリーゼンブルグへの侵攻を計画している時でしたが、得体の知れない僕とも交渉する機会を与えてくれました。
まぁ、半ば力ずくで勝ち取った感も否めませんが。
「クラウスさんは、バルシャニアの皇家とか、マールブルグの領主一家とか、そういう家柄云々ではなくて、信頼できる人物の家にアンジェお姉ちゃんを嫁がせたいのですね?」
「当然だろう、信用できない家に大切な娘を嫁がせられるか」
「バルシャニアの皇家は、家柄でも信用でも、合格なんじゃないですか?」
「まぁ、そういう面では文句をつけるなんて贅沢だし、内乱の芽はケントが摘んでくれるんだよな?」
「うっ……まぁ、手を貸せと言われれば、断れませんね」
「嫁の実家なんだから、下らない争いが起こらないようにしてやれ」
確かにクラウスさんの言う通り、バルシャニア皇家はセラフィマの家でもあります。
下らない理由で内乱が起こって、国が消耗したところを他国に攻められる……なんて事態は起こってほしくないですね。
「そうだケント、バルシャニアに旅行するなら、土産に美味い酒を買ってこい」
「バルシャニアの酒は、僕に頼むよりもコンスタンさんに頼んだ方が良いですよ」
「それもそうか、土産に持たせるようにコンスタンに言っておこう」
少しずつ、お酒の味も分かるようになってきましたが、それでも長年バルシャニアで良い酒を飲んでる人には敵わないでしょう。
「ところで、アンジェお姉ちゃんは今回の縁談には前向きなんですか?」
「私? うーん……そうね、良い話だと思ってるわ」
「それって、何か理由があるんですか?」
「ケントの結婚披露パーティーの時に、リサヴェータさんとはお話させてもらったの。凄く穏やかで、思慮深くて、うちの母とは少しタイプは違うけど、根っこの部分は良く似ているって思ったの」
「女性同士、意気投合したんですか?」
「うん、そんな感じ」
古今東西、嫁姑の関係は家庭不和の要因のひとつです。
お姑さんから気に入られているならば、安心ですもんね。
「じゃあ、バルシャニアに行くのは最終的な確認……みたいな感じですか?」
「そうだね。母親のリサヴェータさんとの相性は良いと思うけど、やっぱり本人に会ってから決断をしたいからね」
グレゴリエさんがリサヴェータさんの息子ならば、アンジェお姉ちゃんはマリアンヌさんの娘です。
二人とも一筋縄ではいかない人物ですが、最終的な結末はどうなるんでしょうかね。