軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仕上げ

「ご当主様が乗られる馬車の馬を明日までに用意しろ」

命じられた担当者は頭を抱えてしまったそうです。

軍の馬が居なくなったら、民間から徴収すれば良いだろう……なんて考えてしまいますが、そもそも街には馬がいません。

ボロフスカの民衆が荷物を運ぶのに使っているのは、馬車ではなく牛車だそうです。

馬も全くいない訳ではありませんが、当主の馬車を引くような立派な馬はいません。

しかも当主の馬車は四頭立てで、見栄えのする馬を四頭も用意する必要があります。

城下だけでは、とても用意できないと考えた担当者は、川の上流にある駐屯地から馬を連れて来ることにしました。

ただし、翌日までに連れて来るには、時間的な問題が生じてしまいます。

担当者は、民間から徴発した農耕馬を走らせて、上流の駐屯地へ辿り着いた時には、午後も遅い時間でした。

「馬が厩舎ごと消えただと? お前、昼間から寝ぼけてやがるのか?」

城下町から来た担当者が事情を話すと、駐屯地の担当者は冗談を言っているのだと思ったようです。

それでも、城下町の担当者があまりにも必死なのを見て、ようやく冗談ではなく馬を用意する必要があると駐屯地の担当者も悟ったようです。

「だが、これから城下町までは走らせたら、明日はまともに走れなくなってしまうぞ」

馬を用意しろと言われましたが、単に馬を用意しただけでは駄目でしょう。

当主ツィリルは地方の視察のために馬車を使おうとしています。

その馬車を引く馬が、ヘロヘロでは話になりません。

「何か方法は無いのか?」

「方法と言われても……船で川を下るぐらいしか思い浮かばないな」

「馬を積んで下れるのか?」

「さぁ、やった事は無いから分からん。だが他に方法なんか無いぞ」

現代日本と違って、馬を運ぶ列車やトラックなんて存在していませんから、馬を走らせずに移動させるには船を使うしかありません。

幸い、荷物を運搬するために軍が使っている船があったのですが、平底の小さな船で一艘に一頭を積むのがやっとのようです。

「馬は全部で四頭必要なんだよな?」

「そうだが、最低でも二頭は必要だ」

「船は六艘出そう。馬が揃っていなければ、下手をすればお前の首が飛ぶぞ」

「分かっている。何としても時刻までに城下町に戻る」

馬六頭、船六艘、馬をなだめる者と船頭で、人間は十二人が関わる大騒ぎとなりました。

出発の準備が整った時には、すでに日は西の稜線に沈もうとする時間でした。

「川の流れは緩やかだが、今夜は月が暗い。くれぐれも油断せずに進め」

船の舳先にランタンを灯し、森の中を蛇のようにくねりながら流れていく川を下って行く船の列は、ちょっと幻想的な雰囲気がします。

まぁ、当人たちは景色を楽しむ余裕なんか無さそうですけどね。

僕らは夜目が利くけれど、普通の人にとっては夜の川面は真っ暗です。

そこを星灯りとランタンの光だけで進むのは、相当神経を磨り減らす行為でしょう。

その上、小舟は馬が身じろぎするだけでも揺れているようで、馬を抑えている人は緊張しっぱなしのようです。

果たして無事に到着できるんでしょうかね。

『ケント様、あとは我々が監視しておきますので、お休み下され』

「うん、馬を運んでいる人達は下手すれば徹夜だけど、僕はちょっと休ませてもらうね」

監視はラインハルト達に任せつつ急な事態にも対応できるように、今夜は影の空間でネロにもたれて眠ります。

ふっかふかなネロのお腹は、超寝心地良いんですよねぇ。

「当然にゃ、毎日最高の状態に仕上げているにゃ」

と、うちの自宅警備員が申しております。

でも、その恩恵にあずかれているのだから、文句を言うつもりはありませんよ。

もう、秒で夢の世界ですよ。

でもって、眠ったと思ったら、すぐに朝なんだよねぇ。

『ケント様、そろそろ時間ですぞ』

「んぁ……もう朝か。馬は無事に到着したの?」

『いいえ、一艘転覆いたしましたぞ』

「えぇぇぇ! 馬は?」

『馬は、無事に岸まで泳ぎつきましたが、馬丁が行方知れずです』

「それって、溺れてしまったってこと?」

『その可能性が高いですが、あるいは混乱に乗じて逃げた可能性もありますな』

馬の準備が上手くいかなかった場合、下手をすれば首が飛ぶかもしれないので、それを見越して先に逃亡した可能性もあるようです。

無事に到着した五頭の馬から四頭が選ばれて、当主が乗る馬車へ繋がれていますが、何だか元気が無いように感じます。

『かなりの長時間、揺れる小舟の上に立ちっぱなしですからな、馬とて疲労いたします』

「そりゃそうだよね。これで馬車を引いて視察に行くのは可哀そうだね」

『それでは、馬車ごといただいてしまいますか?』

「それでもいいんだけど、ツィリルが出掛けるタイミングで仕上げを行おうかな」

『ほほう、それもまた面白そうですな』

馬車を用意しているという事は、そろそろツィリルが出発するのでしょうから、僕らも動き出すとしましょう。

向かった先は、地下の秘密施設の最奥にある人体実験場です。

「バステン、彼は?」

『強制的に魔落ちされた者です。他を調べに行っている間に実験が行われてしまったようです。申し訳ありません』

石造りの寝台の上に、金具を使って大の字に拘束されている人物の肌は深緑色に変色し、まるでゴブリンのようです。

この場所にコボルト隊を配して監視していれば防げたかもしれませんが、こうなってしまったら助ける術がありません。

「ごめんね。君を助けることは出来ないけど、恨みを晴らす手伝いはさせてもらうよ。送還!」

魔落ちさせられた人物の枷を解き、転送した先は麻薬の製造所です。

「ゴアァァァァァ!」

「うわっ、なんだ、こいつ! 何処から……うぎゃぁぁぁ!」

魔落ちさせられた人に、どれだけ理性が残っているのか分かりませんが、麻薬の製造所で働く人達を襲いながら大暴れを始めました。

「よし、次に行くよ」

続いて向かった先は、人体実験の材料として囚われている人たちの地下牢です。

「送還! フレッド、地下牢の鉄格子を切断して」

「りょ!」

ズシーンという地響きと共に現れたのは、地上へと向かうスロープです。

地下牢の通路を基点として、地上までの土を送還術で切り取って瞬間移動させたのです。

地響きがしたのは、切り取った土を訓練場に落としたからです。

「見ろ! 光だ!」

「逃げるぞ!」

頭上から差し込む光や理由は分からないが切断された鉄格子を見て、地下牢に囚われていた人たちは我先に地上を目指して駆け出して行きました。

「ラインハルト、こっちはどう?」

『ぶははは! ツィリルが固まっておりますぞ』

丁度、馬車に乗り込もうとしていたのか、ツィリルは土煙を上げている訓練場の方向を見て、呆然と立ち尽くしています。

「何だ! 何が起こっている! 調べろ!」

「はっ!」

ツィリルに命じられた兵士が訓練場へと走って行きましたが、今や訓練場は脱走してきた者と兵士が入り乱れて大混乱が起こっています。

行ったところで、事情が分かるには時間が掛かるんじゃないですかね。

「ではでは、仕上げといきますか」

『証拠を押さえなくても宜しいのですか?』

「ボロフスカの力を削ぐのが目的だからね。再建したら、また壊すだけだよ、送還!」

今度送還したのは、地下通路の天井から川底までの土です。

地下通路は意図的に沈められるように作られていましたが、その仕組みを利用した場合、水路を塞いで水を掻き出せば、再度通路や地下施設を使えるようになります。

ですが、地下通路そのものを破壊してしまえば、再建は難しいでしょう。

送還術によって作った穴は直径三十センチ程度でしたが、水圧によって地下通路の天井は崩落して、一気に水が流れ込んできました。

麻薬の製造施設は、そこで働いていた人々や魔落ちさせられた人と共に水の底に沈みました。

これだけやれば、内乱なんて起こす余裕は無くなるでしょう。

それでも内乱を起こすなら、もっと直接的な攻撃をさせてもらいますよ。