軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ボロフスカ(後編)

バルシャニアの第一皇子グレゴリエの元婚約者であるサラヴェナは、ブクブクに太っていた母親よりも少し神経質そうに見えた父親に似ているようです。

部族の当主一家ともなれば、美男美女を婚姻相手として集めるからでしょうか、とても整った顔立ちをしていますが、目許がキツく見えます。

てか、何か指揮棒か釣り竿の穂先みたいな四十センチ程度の細い棒を持ってるんですけど、何に使うんでしょう。

「失礼いたします、サラヴェナ様」

部屋の端に控えていた侍女の一人が、飲みかけのお茶を下げて、新しいお茶を淹れ直しました。

流れるような美しい所作で、思わず見とれてしまいました。

ところが、お茶を淹れ終えた侍女が下がろうとした時、不意にサラヴェナが手を動かしました。

ピシーッと乾いた音が響き、下がろうとしていた侍女が顔をしかめました。

「音を立てない!」

「申し訳ございません」

正直、侍女が何時音を立てたのか、僕には聞き取れませんでした。

それよりもサラヴェナが棒で侍女を叩いた音の方が遥かにハッキリと聞こえました。

サラヴェナはカップを口許へと運んでお茶を一口含むと、不機嫌そうに顔を歪めてみせました。

「渋いわ、別の茶葉にして」

「畏まりました……」

よく見ると侍女の手の甲には、細い蚯蚓腫れが何本も走っています。

おそらく、取るに足らない失敗を見とがめては、ムチ打ちして楽しんでいるのでしょう。

そう考えると、めっちゃ性格悪そうです。

てか、領主一家で働いてるのって、当主のツィリルだけじゃないの。

サラヴェナも絵草子みたいな冊子をペラペラと捲って眺めているだけで、領地に関する仕事をしているようには見えません。

アンジェお姉ちゃんとは月とスッポン、比べることすらおこがましいですよ。

ここまでボロフスカの領主一家を眺めてきた感じでは、やはりツィリルの動向が鍵を握っているように感じます。

後は、色ボケ息子のイグナーツが、何を考えているのかでしょうかね。

フレッドを筆頭に、うちの眷属は調べ上げるのは得意ですが、書類を漁るにしても昼間の間は人がいるので手出しがしにくいです。

本格的に調査を行うのは、城の人間が寝静まってからでしょう。

それまで城下町でも見物していようかと思ったら、バステンが戻ってきました。

『ケント様、少しよろしいでしょうか?』

「何か見つかった?」

『はい、あちらをご覧いただけますか?』

バステンに連れられて影移動して、城の外壁から外を眺めると、川の対岸に土の広場がありました。

「草も生えてないけど、何かの施設なの?」

『どうも、軍の訓練場のようです。あちらの建物が兵舎になっています』

「もしかして、他の領地を侵略する訓練をしてるのかな?」

『いえ、そうではなくて、問題は訓練場の地下なのです』

「地下? 秘密の特訓場とか?」

『その施設には、入り口がありません』

「えっ? どういう事?」

『正確には一ヶ所だけ入り口があるのですが、それは、川のこちら側なんです』

「はっ? まさか、川底の地下にトンネルがあるって事?」

『その通りです』

バステンが言うには、川の対岸にある地下施設に行くには、城の地下深くから川の下を通る地下道を抜けていく必要があるそうです。

「それだけ厳重に守られた施設ってことなんだよね?」

『おっしゃる通りです』

「麻薬関連かな?」

『そうです。麻薬の実験施設のようです』

バステンに案内されて、城の地下、地下トンネル、そして対岸の地下施設へと辿り着きました。

『ケント様、影からは出ずに見て回って下さい』

「うん、ヤバそうだもんね」

施設の中では、ペストマスクのような防護マスクをした人達が、大きな窯で薬液を熱していたりします。

「バステン、ここの換気って、どうなってるの?」

『どうやら、水パイプの方式で、酷い臭いは川の水に溶け込ませてから排気しているようです』

ボロフスカで作られている麻薬の中には、お香のように焚いて使う種類の物もありますし、製造過程でも有害な物質が出ているのは間違いないでしょう。

製造している人間が酩酊していたら仕事になりませんし、日常的に麻薬を摂取すれば中毒症状を引き起こしてしまうでしょう。

『ケント様、ここは製造工場ですが、奥の方が更に問題です』

「行こうか……」

製造工場の奥、頑丈な鉄の扉の先にあったのは、麻薬の実験施設でした。

そして、実験の対象は生身の人間です。

いくつもの地下牢があり、中には見るからに正気とは思えない表情をした人が沢山詰め込まれていました。

全員が、腰に布を巻いただけのほぼ全裸状態で、胸には数字が書かれています。

『全員が胸の番号で管理されていて、強制的に麻薬を与えられているようです。因みに、あの番号は入れ墨です』

「えぇぇ……じゃあ、もしかして罪人なの?」

『そのようですが……本当に罪人なのかどうか……』

「まぁ、この様子では、濡れ衣を着せられて送り込まれた……なんて人が居ても不思議ではないね」

『ケント様、まだ奥があります』

「まだあるの?」

更に頑丈な扉を潜った先の地下牢に居たのは、もはや人間と呼んで良いのか分からなくなりそうな人々でした。

「これって、魔落ちしてるんじゃない?」

『そうです、強制的に魔落ちさせて、その後の様子を観察しているようです』

地下牢の手前の一角には、十字架の形をした寝台が置かれていて、その周囲には様々な器具が置かれていました。

「うわっ、注射器だよ……」

『はい、例の魔落ちさせる薬、ここで研究されているようです』

「じゃあ、一個人が作ったんじゃなくて、ボロフスカ全体で研究開発した薬だったのか」

『その可能性は高いですが、話を聞いてから開発を始めた可能性もあります』

「うーん……というかボロフスカの罪を一個人に擦り付けたというのが正解じゃない?」

『まぁ、そうなのでしょう』

「でも、機密だというのは分かるけど、なんでこんな形の施設にしたんだろう?」

『どうやら、何か大きな事故が発生した場合、連絡用の地下道に川の水を引き入れて往来を遮断するつもりのようです』

なるほど、仮に魔落ちした連中が暴れ回ったとしても、唯一の入り口を防いでしまえば、どこにも逃げ出す事ができないという訳です。

「でもさ、バステン。この施設って、殆どが川の下にあるんじゃない?」

『あぁ! 確かに、その通りです。では、いざという時には働いている者の口も封じてしまうつもりなのですね』

「死人に口無し、水を注入した地下道は井戸だとでも説明すれば、何も知らない者なら納得しちゃうんじゃない?」

『確かに……』

城側の地下道の入り口には、守衛が常駐していて出入りを制限していますが、おそらく川の水を引き入れたら、そこも沈んでしまうはずです。

川の水位と同じ辺りは、階段の踊り場のようですし、水を引き入れた状態だと、単なる水汲み場に見えそうです。

外からは勘付かれず、いざという時には証拠隠滅を図る。

当主以外はボンクラ揃いに見えたボロフスカですが、やはり麻薬については恐ろしいまでの執念を燃やしていそうです。

「バステン、ここの情報はラインハルトやフレッドとも共有して、引き続き城の中を調べてみて」

『了解です。この調子では、まだまだ隠している物がありそうですね。暴くのが楽しみですよ』

普通の人では入り込めない場所であっても、僕の眷属ならば楽々入り込めてしまいます。

悪いけどボロフスカの裏側は、全部暴かせてもらいます。