軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

激昂の果て

「送還術式は存在しない。送還術式が存在していたならば、最初の勇者が魔王になった時点で、元の世界へと送り返していただろう。今回の召喚でも、隷属の腕輪を用意する必要も無かった。こちらの意に反するならば、送り返せば良いのだからな」

言葉の意味を理解するの拒絶しようと思っているのに、カミラの言葉が耳から流れ込んで来て、ドリルのように脳に食い込んで来ます。

「召喚術式は、条件に合う者を探し引き寄せるための術式だ。その者がどこの世界に暮らしていたのかは、召喚者には全く分からない。送り返す方法も無ければ、送り返す場所も分からないのだ……すまない」

テーブルを挟んだ向かい側で、カミラが深々と頭を下げました。

カミラの話の意味は理解してしまったし、それは先生との打ち合わせでも懸念されていた事です。

だけど、それが真実なのだと突き付けられて、僕は身じろぎすら出来なくなってしまいました。

「すまない、本当にすまないと思っている。私の身体をどうしようと構わない。だが民には手を出さないで欲しい。今、リーゼンブルグは西の耕作地の砂漠化が進行し、何としても魔の森を切り開いていく必要に迫られている。そのためには兵力が必要で……」

「ふざけるな!」

「がはっ……」

リーゼンブルグの実情を言い募るカミラを、握り拳で思い切り殴り飛ばしてしまいました。

こちらの世界に来て、木剣を使っての殴り合いはしましたが、拳で人を、ましてや女性を殴ったのは生まれて初めてです。

「そんな事知るか! お前らの事情なんか僕達には何の関係も無いだろう! そんなもの自分達で解決しろよ! 兵力が足りない? 何もしていない第二王子のところにいくらでもあんだろう!」

「だが、ベルンスト兄は、アルフォンス兄と敵対していて……」

「知らないよ! そんな事、僕らに何の関係があるんだよ! 馬鹿国王や馬鹿王子が役に立たないなら、ぶっ殺してお前が実権握って開拓進めればいいだけの話だろうが!」

「そ、そんな事は……」

「そんな事は何だ? 親殺し、兄殺しの汚名を着せられるのが嫌なのか? 結局お前は、格好付けたいだけじゃないか! 民のためならば私はどうなっても構わない? そうやって悲劇の主人公を演じて自分に酔ってるだけだろう!」

「そ、そんな事は無い、私は本気で……」

僕の叫び声を聞き付けて、廊下を走る足音が近付いて来ます。

「フレッド! 蹴散らして!」

『了解……』

「ま、待ってくれ部下には……」

「うるさい! 僕らをサル扱いして、船山の遺体だって埋葬もせずゴブリンの餌にしやがったよな! 部下には手を出すな? 笑わせんな!」

「うぐぅ……」

もう一度、カミラの左の頬を思いきり拳で殴り付けました。

カミラが床に転がると同時に、廊下でも呻き声と共に何かが倒れるような音がしました。

「何が謝罪するだ、謝罪すれば何でも許されるとでも思ってんのかよ」

「や、やめ……やめて……」

僕は、無意識のうちに影収納からナイフを取り出して握りしめていました。

そのままフラフラと、カミラに向かって歩を進めます。

「送還術式を聞き出す必要があったから、今まで生かしておいたけど、その必要もなくなった……」

「や……ま、待って……」

僕が一歩踏み出すと、腰が抜けたのか、カミラは座り込んだまま後ずさりして行きます。

「良い事を教えてあげるよ。僕は闇属性の死霊術が使えるんだ。僕の眷属のリザードマンやコボルトは、僕が殺して死霊術を使って眷属に作り変えたんだ。魔物は上手くいったけど、人間はどうなのかなぁ……」

「や……嫌っ……来ないで……」

「どうした……私の身体はどうなっても構わないんだろう? アンデッドとして僕の眷属に加えてあげるよ。僕の眷属になれば、恥かしい事も喜んで出来るようになるかもしれないぞ」

「い、嫌だ……た、助けて……」

「あぁ、そうだ、第二王子のベルンストが、お前を欲しがっていたからさ、取り引きの材料にしようか? 第三王子のクリストフも一緒に可愛がってくれるって言ってたぞ」

「嫌だ……あいつらの慰み物になるぐらいなら死んだ方が……」

「大丈夫だよ。死んで眷族になってから行くんだから、もうそれ以上死ぬ事もないし、それに……眷属になっても生前の記憶は引き継いでいるみたいだよ」

「いやぁぁぁ……嫌っ、アンデッドになるのは、嫌っ……」

壁際まで追い詰められたカミラは、身体をめり込ませんばかり壁に張り付き、ブルブルと震えています。

僕はナイフを逆手に握り直して、振り上げました。

「じゃあね……けしからん王女様……」

「ひぃ……」

僕が振り下ろしたナイフは、首筋スレスレのところで止められましたが、カミラは糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちました。

ナイフを止めたのは、僕の意思ではなくラインハルトが腕を掴んだからです。

「ラインハルト……どうして?」

『ケント様のお怒りは、ごもっともだと思いますぞ』

「じゃあ、なんで止めたのさ?」

『他人を殺める事も必要な時がございます。ですが、ケント様には感情に任せて他者の命を奪うような方にはならないでいただきたい』

ラインハルトが止めたのは、元リーゼンブルグの騎士だったからかと思いましたが、案じてくれていたのは僕の未来でした。

真っ直ぐなラインハルトの言葉が、僕に冷静さを取り戻させてくれました。

「ヴォルザードに帰ろう……」

『そう致しましょう』

ナイフを鞘に納めて、影収納へと放り込みました。

何だか体の中で張りつめていた糸が、プチンと切れたような感じです。

カミラは、気を失ったまま床に転がったままです。

冷静さは取り戻したものの、このまま帰るのはどうにも納得がいきません。

『いかが致しました、ケント様』

「うん、ちょっと……」

影収納から眠り薬を取り出してカミラの胃袋に放り込み、それから僕が殴った打撲の跡を治癒魔法で治療しました。

『ケント様、別に治療までする必要は……』

「いいの、いいの、このまま帰るのは癪だからね……」

カミラの机の上にあった白紙を一枚拝借し、ペンを走らせます。

『ぶははは、さすがはケント様』

『目を覚ました時が……楽しみ……』

「フレッド、廊下の兵士は?」

『当て落としただけ……死んでない……』

「じゃあ、帰ろうか……あぁ、先生達に報告するのが憂鬱だよ……」

走り書きした紙は、書類の中に紛れ込ませておき、カミラの監視はフレッドに頼みました。

『我が眷属よ、そのまま周囲の者に悟られぬよう、これまで通りの暮らしを続けよ。追って沙汰をする 魔王』

カミラには光属性の魔法も使える事は話していません。

頬の打撲が治ったのは、眷属として作り変えられたからだと思うんじゃないですかね。

走り書きに気付いた時のカミラの顔が楽しみです。

影の世界に潜って一気に守備隊の臨時宿舎の前まで移動しましたが、玄関を開けて入る決心がつきません。

みんな日本に帰りたがっていました。

僕みたいに残りたいと思う人も、中にはいるのかもしれませんが少数派でしょう。

ドアの前で、二度、三度と深呼吸を繰り返してから、思い切ってドアを開けました。

ドアを開けた先に、訪問者用のソファーが置かれていて、そこで待っていた先生達が一斉に振り返り、僕に視線を向けてきました。

圧力を感じる視線に、思わず半歩ほど後ずさりしてしまいした。

「戻ったか、国分」

「はい、ただいま戻りました」

「どうだった、何と返事をして来た」

「交渉には応じるのかしら?」

「そんな事よりも送還術だ、どうなった?」

「いつごろ日本に戻れそうだ?」

期待の込められた先生達の視線に耐え切れず、その場に膝をついてしまいました。

「そ、送還術式は……存在しません……」

やっとの思いで言葉を絞り出すと、宿舎の時間が一瞬止まったように感じられました。

自分の心臓の音が聞えそうなぐらいの静寂が辺りを包み、次の瞬間堰を切ったような言葉によって破られました。

「ふ、ふざけるな! 送還術式が無かったら、どうやって日本に帰るんだ!」

駆け寄って来た中川先生に、痛いほど肩を掴まれて揺すぶられました。

「お前、あの王女に丸め込まれて来たんじゃないだろうな? どうすんだ、どうやって日本に帰れって言うんだ!」

「中川君、国分だってショックを受けているんだ、落ち着きたまえ」

「加藤先生、こいつはこっちの世界に残るつもりなんでしょう? 日本に帰りたいと思ってる私らの気持ちなんか分からないんですよ」

「何を言ってるんだ! 我々の事をどうでも良いと思っているなら、これほどまでに努力して、我々を助けたりしていないだろうが! 君は、これまでの国分の頑張りを愚弄するつもりか!」

加藤先生から怒鳴りつけられて、中川先生も我に返ったのか肩を掴んでいた手を離してくれました。

「すまない国分、かっとなって我を忘れてしまった。申し訳無い……」

「いえ……」

中川先生の声には、深い落胆の思いが籠もっているようで、心臓が締め付けられるようです。

「国分……大丈夫か?」

「すみません、加藤先生……」

「馬鹿たれ、お前が謝ることじゃないだろう……さぁ立てるか、もう少し詳しい話を聞かせてくれ」

「はい……分かりました」

これまでの打ち合わせと同じ位置でソファーに座り、カミラから聞いた勇者と魔王の話や、召喚に関する事、そして送還術式が無いと言われた後の事などを話しました。

一通り話し終えたところで、小田先生に尋ねられました。

「それでは、カミラ王女は殺していないんだな?」

「はい、脅しは掛けましたが……」

「私がその場に居たならば、この手で殺してやったのに……」

一旦は、がっくりと力を落としていた中川先生ですが、話を聞いてるうちに顔を真っ赤にして拳を震わせています。

「ですが、中川先生、元の世界に戻れないとしたら、賠償金を増額して我々の生活が成り立つようにしなければなりません。そのためには金蔓として生かしておかないと駄目ですよ」

元々、こちらの世界に残っても構わないと言っていた古館先生は、すでに割り切って考えているようです。

「それじゃあ君は、この憤懣やる方無い思いをどうしろと言うんだ!」

「それこそ国分が言っていたように、折をみて身体で償わせれば良いではありませんか」

「古館先生、生徒の前ですよ」

「千崎先生、この話を持ち帰ったのは国分ですよ」

「ですが……」

これまでの打ち合わせでは、先生達の話にも耳を傾けて、一緒に考えて来たのですが、今は先生達の話を聞くのがしんどいです。

「国分、今日はもう帰って休め……」

「はい……」

何かを言われた気がしたので、とりあえず返事をしておきました。

「国分……国分!」

「えっ、は、はい……何か?」

「帰って休め!」

「えっ、でも……」

「頭、ちゃんと働いてるか?」

「はい……いいえ、働いてませんね」

「まだリーゼンブルグとの交渉が終わった訳じゃない、まだ国分に働いてもらわないと駄目なんだから、今日はもう帰って休め」

小田先生の言葉に頷いて、下宿に戻ることにしました。

何をするのも面倒で、その場から影に潜って、下宿の部屋まで戻ってしまいました。

「あっ、おかえり、ケント」

自分の部屋まで直接戻ると、メイサちゃんが箱を並べてベッドを広げていました。

何だか、一気に力が抜けますね。

「ただいま……メイサちゃん」

「むぅ、何かあったの?」

「えっ、どうして?」

「何か元気無い、分かった! マノンちゃんに振られたんだ!」

「振られてま・せ・ん!」

まったくメイサちゃんは、勘が良いんだか悪いんだか……

「えぇぇ……じゃあ、分かった、ベアトリーチェさんにエッチな事して怒られた!」

「してま……ん? 怒られてません!」

「エッチなことはしたんだ……」

「ぐぅ……あれはベアトリーチェが……」

「ケントのスケベ!」

「ふーん……いいよスケベでも、スケベな僕となんか一緒に寝られないでしょう。メイサちゃん、自分の部屋で……」

「待って待って! ケントはスケベじゃない。大丈夫……」

「はいはい、僕はお風呂に入って来るから、先に寝てていいよ」

「うー……分かった」

着替えやタオルを抱えて部屋を出ると、アマンダさんと鉢合わせになりました。

「あっ、ただいまです」

「おかえりケント、夕ご飯はちゃんと食べたかい?」

「あっ……バタバタしてて……」

「まったく、駄目じゃないか、何か作っておいてあげるから、お風呂から出たら食べるんだよ」

「はい、ありがとうございます」

アマンダさんは、僕の頭をくしゃっと撫でてから、店の厨房へと下りて行きました。

僕は、アマンダさんや、メイサちゃんや、マノンや、ベアトリーチェや、メリーヌさんや、ミューエルさんや、クラウスさんや、ドノバンさんや、マリアンヌさんや、ディーノさんや、マルセルさんや……いっぱい、いっぱいヴォルザードの人達と絆を結ぶ事が出来ました。

でも、同級生のみんなはヴォルザードには来たばかりで、日本に帰れないとしたら、新しく人間関係を築いていかなきゃなりません。

ポンコツだった僕にでも出来たのだから、殆どの同級生にだって出来るとは思うけど、中には上手くいかない人もいるかもしれない。

自分は大丈夫だから……なんて思っちゃ駄目だよね。

みんなも日本に帰れないとしたら、みんなで幸せになれるようにしないと、僕も幸せにはなれない気がします。

先生達が、どのタイミングで話をするのか、もしかしたら、もう噂が流れているかもしれないけど、大騒ぎにはなるんだろうな。

働く気が全く無かった木沢澄華のグループは、この先どうするのかな。

明日は朝食を済ませたら、守備隊の食堂に顔を出して様子を見てみましょう。

あぁ、クラウスさんやドノバンさんにも報告しないと駄目だよね。

お風呂から出ると、部屋に入った一番手前の箱に、サンドイッチの乗ったお皿とミルクを満たしたカップが置かれていました。

メイサちゃんは既に夢の中で、くーくーと可愛らしい寝息を立てています。

もし僕が、この下宿で暮らしていなかったら、今夜は立ち直れないぐらいに落ち込んでいたかもしれません。

良くは分からないけど、家族の絆って、こんな感じなんでしょうね。

『ラインハルト、ちょっと良いかな?』

『なんですかな、ケント様』

『うん、ザーエ達と一緒に、魔の森で材木用の木を伐採して、ラストックの駐屯地の訓練場に積んでおいてくれないかな?』

『よろしいのですか?』

『うん、それと、コボルト隊の何頭かを王城に派遣して、ロープとか金具とか使えそうなものを倉庫から持ち出して、それも訓練場に積んでおいて』

『ほう、そこまで手助けなさいますか』

ラインハルトは意外そうな口振りですが、もう腹を括る事にします。

日本に帰れないならば、古館先生が言っていたように、カミラからは可能な限りの賠償金を巻き上げるしかありません。

その為には、カミラがリーゼンブルグの実権を握り、王室の財産を自由に出来るようにした方が良いでしょう。

『王城に眠らせておいたって、何の役にも立たないでしょ? 使える物は必要な場所で活用しないとね。それと、材木や資材には、メッセージを添えておいて。我が眷属よ、心して使え……ってね』

『ぶははは、カミラに眷属にされたのだと思い込ませるのですな』

『そうすれば、次からの交渉も楽に進められそうだからね』

『分かりました、仰せの通りにしておきますので、ケント様はお休みくだされ』

『うん、お願いするね』

リーゼンブルグから賠償金を引き出すならば、極大発生で損害が出ない方が良いからね。

極大発生にラストックが襲われた時にも、ヴォルザードに被害が出ない事を前提に、可能な限りの援護をするつもりです。

「ご主人様、寝ないの?」

「うん? 寝るよ、今から寝るところ」

マルト、ミルト、ムルトをたっぷり撫でてあげてから、色んな事を考えるのをポーンと放棄して寝てしまいましょう。

メイサちゃんは、ムルトに頬摺りしながら眠ってます。

これなら今夜は、枕にされないで済みそうですね。

起こさないように気を付けながら、メイサちゃんの隣に潜り込みました。

「おやすみ、メイサちゃん……」

「んー……んぁ……ケント……スケベ……」

「はいはい、分かりましたよ……」

布団に入って目を閉じると、グリンと寝返りを打ったメイサちゃんが、腕に抱き付いて来ました。

はぁ……この調子では、また枕確定ですかねぇ……

「ケントは帰っちゃ駄目……一緒に居る……の……むふぅ……」

「はいはい、帰らない……てか、帰れないんだよねぇ……」

ニヘラって笑ったメイサちゃんの頭を撫でてから、僕も夢の世界へと落ちていきました。