軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ホープと駆け出し(後編)

駆け出しのFランク冒険者ディーニが新旧コンビの二人を案内したのは、バッケンハイムの裏町にある洒落た喫茶店だった。

店の外は清掃が行き届いているものの特段変わった造りにはなっていないが、店の内部は庶民向けの食堂とは一線を画す内装となっている。

一番の違いは、各テーブルが高い間仕切りで区切られていて、他の席から見えなくなっているところだろう。

利用する客層は富裕層や学院の教員などで、込み入った内容の話や商談をするために使われることが多い。

バッケンハイムは学術都市と呼ばれていて多くの学生が暮らしているが、学生が利用するのはもっと庶民的な質より量みたいな店が中心だ。

それに、この時間は授業の最中なので学生の姿は無い。

店に入り、慣れた様子でウェイトレスに案内されているディーニを見て、新旧コンビはアイコンタクトを交わして頷き合った。

二人は、ギルドの受付前から訓練場での一連の経緯を観察し、言葉使いや態度からディーニが貴族か金持ちの息子だと推測している。

「御用の際は、そちらの紐をお引きください。ごゆっくりどうぞ」

ウエイトレスに案内されたのは四人掛けのテーブル席で、通路からは一歩踏み込まないと内部の様子は見れない作りになっていた。

ディーニは軽食とお茶を注文した後で、テーブルを挟んで新旧コンビと向かい合うと、改めて頭を下げてみせた。

「とある事情から冒険者を始めたばかりのディーニという。時間を割いてもらったことに感謝する」

「Cランク冒険者の達也だ。今日はオフだから気にしないでいいぜ」

「同じくCランクの和樹だ。ちょうど暇を持て余してたところだ」

店に来る道中は、ディーニの後で含みのある笑みを浮かべていた新旧コンビだったが、今は引き締まった表情をしている。

「早速で申し訳ないが、ある事情から早急に金を用意する必要がある。Fランクでも稼げる方法はあるだろうか?」

「その事情ってのは、聞かせてもらう訳にはいかないのか?」

和樹の問いに、ディーニは少し考えた後で口を開いた。

「詳しい内容は話せないが、私の存在価値を証明するためだ」

「あんた以外の誰かが死ぬとか、不幸になるって話ではないんだな?」

「そうだ、これは私の問題だ」

ディーニは和樹の問いには迷ったが、達也の問いにはキッパリと答えた。

「それならば、もっと肩の力を抜いた方がいいぜ」

「そうそう、達也の言う通りだ」

「どういう意味だ。期限までに金を作れなかったら、私の存在価値が否定されてしまうのだぞ」

声を荒げかけたディーニに対して、新旧コンビは二人揃って、まあまあ落ち着けと手振りをしてみせた。

「誤解しないでくれよ。その期限ってのが、あんたにとって凄く重要なのは理解してるつもりだ。その上で言いたいのは、期限に囚われて、焦って行動して失敗するのが最悪のパターンだ」

「そうそう、和樹の言う通り。その期限に間に合わなかったら、命を落としたり、奴隷落ちするって訳じゃないんだろう?」

「そうだが……私にとっては、生きている価値が無くなるようなものなのだ……」

ディーニが悄然と肩を落として俯くと、新旧コンビは顔を見合わせた後で達也が尋ねた。

「それで、いくら必要なんだ?」

「三十万ヘルトだ」

「期限は?」

「一年後だが、なるべく早く用意したい」

ディーニの答えを聞いて、新旧コンビは顔を顰めてみせた。

三十万ヘルトというと、日本円にすると三百万ぐらいの価値だ。

駆け出しの冒険者が一年で貯めるのは、かなり難しい作業だというのが新旧コンビの認識だ。

二人はヴォルザードで暮らすようになってから、強制労働で城壁工事をやらされたり、生活費を稼ぐために倉庫の荷運びなどもやった。

ケントの支援もあり冒険者として稼げるようになったし、日本の技術を伝えることでオーランド商店から多額のアイデア料も貰い、今でこそ貯金も出来ている。

だが、そうした支援や副収入が無かったら、三十万ヘルトは新旧コンビの二人にとっても大金だ。

「一年で三十万ヘルトかぁ……」

「結構キツい……てか、無理ゲーじゃね?」

金額を聞いて表情を曇らせた新旧コンビを見て、ディーニは軽く失望を覚えると同時に安堵していた。

ディーニの周囲にいた同世代の者達は、冒険者を自分たちよりも下賤な職業と蔑みつつも、有能な自分たちが冒険者をやれば簡単に稼げると思っていた。

だが、ディーニ自身は幼少の頃から両親に、冒険者は腕っぷしと才覚の両方が無いと稼げない仕事だと教え込まれてきた。

今は別の職業に就いているが、ディーニの父親も若い頃は冒険者をしていたらしい。

実際、今の仕事に就いてからも、一般的なイメージとは掛け離れた仕事ぶりだと聞いている。

その父親から冒険者として稼げと言われたのは、自分の腕っぷしと才覚が問われているのだとディーニは考えている。

「やはり無理をしてでもオークを討伐して……」

「死ぬだけだぞ」

「そうだ、オーク舐めんなよ」

ディーニの呟きは、新旧コンビの二人に即座に否定され、その後に語られたオークの恐ろしさの実例によって、力は無くても作戦を考えれば倒せるという甘い考えも打ち砕かれた。

経験を踏まえて達也が提案するが、ディーニはお気に召さないようだ。

「どうしてもオークを倒したいなら、三ヶ月ぐらい死に物狂いで鍛錬してゴブリンを倒せるようになって、三ヶ月ぐらい死に物狂いでゴブリンを狩りまくって、それで見えて来た課題を三ヶ月ぐらい鍛えまくってからだな」

「そんな悠長なことをしていたら、期限に間に合わなくなってしまう!」

「そのぐらい慎重じゃなきゃ、冒険者は死ぬんだよ」

死という現実を突き付けられると、ディーニは黙るしかない。

同年代でも、CランクとFランクでは経験が違い過ぎるのだ。

黙り込んだディーニに、今度は達也が助言する。

「それと、死なずに金を貯めたければ、信頼できる仲間を見つけるんだな」

「えっ、仲間……?」

「あんた、自分の都合に他人は巻き込めない……とか思ってないか?」

「当然だろう、これは私の問題だ」

「でも、一人じゃ無理だぜ」

「俺も達也の意見に賛成だ」

「だが、私の問題に……」

「それだよ、冒険者なんて金儲けのためにやってる連中ばっかりだぞ。街のため、他人のために……なんて思う連中は守備隊員になるもんじゃねぇか?」

「そうそう、理由はどうあれ、金を稼ぐために動いてるなら、手を組んだっておかしくねぇだろう」

新旧コンビの言葉を聞いて、ディーニは頭を殴られたような衝撃を受けた。

これまでは、与えられた課題を一人でクリアーしなければならないと勝手に思い込んでいたが、一人でやれとは一言も言われていない。

「オークを一人で倒すのは簡単じゃないが、二人、三人と仲間がいれば話は違ってくる」

「そうそう、俺や和樹も他の仲間とパーティーで行動してるのは、一人じゃ出来ない依頼もこなせるし、何より死ぬ確率が減るからだ」

「仲間か……」

ディーニは、冒険者として三十万ヘルトを稼ぐという課題を考えてみると、仲間という人脈を作ることも含まれているように感じた。

ディーニの父親の仕事は、それこそ信頼できる人間を見出して、適切なポジションに配置しなければ成り立たない。

父の後は兄が継ぐものだとディーニは思っているが、事故や病気で兄が死なないとは限らない。

実際、ディーニの父も後を継ぐはずだった兄を亡くし、仕事を継ぐことになったと聞いている。

だとすれば、人脈作りはディーニが認められるための重要な要素といえるだろう。

「結局、都合の良い近道など無いのだな」

「そういう事だ、地道にやるしかねぇぜ」

「そうそう、手っ取り早く儲けようとすると、死ぬか罪人として捕まるかのどっちかだ」

この後ディーニは、新旧コンビと軽食を共にしながら、地道なランクアップの方法を尋ねた。

店を後にする時、ディーニの表情からは切羽詰まった焦りの色は消えていた。