軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三人目の息子

※今回はヴォルザードの領主クラウス目線の話になります。

俺は、書類仕事が嫌いだ。

領主ともなると、日々様々な書類に目を通し、決裁の許可を出さなければならない。

ヴォルザードといえば城壁建設の費用、守備隊の予算、ダンジョン関連の予算、その他にも住民の暮らしに関わる金の支出には俺の決裁が必要となる。

勿論、補助する役人はいるが、全ての決裁には領主が目を通す必要があるとランズヘルト共和国の法律に定められているのだ。

こんな法律は、領主個人が権力を掌握するための古い手法に過ぎない。

これでは、領主が突然死した場合など、大混乱は避けられなくなる。

俺は死んだ兄貴の後を継いで領主となった直後から、他の領主に法律を変えろと主張してきたが、未だに改正には至っていない。

あくまでも領主個人に仕事が集中することで、暗殺や事故死などにより領地が混乱するのを防ぐのが目的であって、俺が楽をしたいからではない。

いや、正直に言えば書類なんぞ放り出して、城壁工事の現場で体を動かしている方が俺には合っている。

まぁ、年明けには長男アウグストを呼び戻して、俺の仕事を覚えさせていくつもりだから、書類との格闘もあと少しの間だろう。

それにしても、一日中机に縛りつけられているのは拷問としか思えない。

特に最近は、アンジェリーナとベアトリーチェが一緒に仕事をしているせいで、なかなか息を抜くチャンスが無い。

昼酒も一杯でストップがかかるし、娘が目の届くところに居るのも良し悪しだ。

娘婿となったケントの野郎が報告に現れれば、そいつをダシにして息抜きができるのだが、ここ数日はイロスーン大森林の盗賊退治に出掛けているらしく顔を出さない。

「まったく、こういう所は気が利かないからなぁ……」

「お父様、何かおっしゃいましたか?」

「何でもねぇよ」

一番末っ子のベアトリーチェが、一番先に結婚するなんて思ってもみなかったが、ケントの嫁になってから急激にマリアンヌに似てきた気がする。

顔立ちは俺の方に似ていると思うのだが、性格については完全に母親似だ。

ケントの奴も、あの歳から尻に敷かれているのだから、大変だろうなと少しだけ同情する。

だが、俺様の娘を嫁にしただけでなく、他に四人も嫁を貰いやがったのだから、この程度の苦労は当然というものだ。

「ちっ、まだ夕方の鐘は鳴らねぇのか? もう日が暮れそうだぞ」

「日が短くなってるから、まだですよ」

「大体、人間てのは日が昇ったら仕事して、日が暮れたら休むものだろう」

「だったら、明日は日の出と共に仕事しますか? 夏は仕事がはかどりそうですね」

「そんな朝っぱらから書類と睨めっこなんかやってられるか!」

悪態をついたところで、夕刻を知らせる鐘の音が響いてきた。

手早く書類をまとめて手金庫に入れる、後はこいつをギルドの金庫に納めれば今日の仕事は終わりだ。

「ケントです、入ります」

手金庫を持って席を立とうとしたら、ひょっこりケントが現れた。

ペットは飼い主に似ると言うが、各地の領主との連絡を担っているケントの眷属のコボルトそっくりだ。

「何だ? イロスーンの報告なら明日にしろ。もう今日の仕事は終わりだ」

「えっと……ちょっとクラウスさんに相談がありまして……」

「相談だぁ?」

「はい、ちょっと内密な話なもので、できれば御屋敷か僕の家で……」

「面倒くせぇなぁ……」

「まぁ、そう言わず。良い酒とツマミを用意しますから」

「しゃーねぇな、たまにはそっちの家まで行くか」

「すみません……」

愛想笑いを浮かべながら、ペコペコと頭を下げている姿を見ていると、とても最年少Sランク冒険者には思えない。

だが、もしケントがいなかったら、ヴォルザードの街は無くなっていたかもしれない。

それを思えば、あまり邪険にする訳にもいかない。

家まで行くと伝えると、ケントはアンジェリーナも誘い、マリアンヌにも使いを出して共に夕食を囲んだ。

ケントの家の夕食は実に賑やかだ。

四人の嫁の他に、ユイカの妹、海の向こうのシャルターン王国の王女、使用人たちまで共に食卓を囲む。

貴族の家は言うにおよばず、金持ちの家でも異質な光景だろうが、見ていると全員が家族のようで気分が良い。

ニホンに居た頃には、家族とも疎遠な暮らしをしていたケントの少し歪んだ思いの表れでもあるが、それを指摘するのは野暮というものだろう。

相談があると言って呼び出した割には、ケントは夕食の席ではイロスーンの話すらしなかった。

こうして夕食を囲んでいるのだから、盗賊の討伐は終わっているはずだ。

夕食が終わり、女性陣が食後のデザートで盛り上がった頃、ケントが声を掛けてきた。

「じゃあ、クラウスさん、こっちで……」

ケントが俺を案内したのは、ワシツという小部屋だ。

植物の茎を編んだタタミが敷かれ、靴を脱いで直に座る。

このタタミの香りに包まれると、冒険者時代に草原で野営をしたことを思い出す。

「ここは落ち着くなぁ……」

「向こうは賑やかすぎるので、こっちで……」

「おぅ、サケか」

「えぇ、大吟醸ですよ。ツマミはカラスミとチーズです」

「カラスミ? なんだこりゃ?」

「魚の卵を塩漬けにしたものです。けっこういい値段するんですよ」

「ほぅ……ん? このサケは果実酒なのか?」

「いえ、材料は米と麹と水だけですよ」

「うん、美味いな……良い酒だ。このカラスミとの相性もいいな」

カラスミの濃厚な旨みを味わった後、サケを口にするとサラリと後味が良い。

たぶん、ニホンで長い時間をかけて培われた食文化なのだろう。

まったく、ガキのくせして良い趣味してやがる。

「それで、相談ってのは何だ?」

「はい、例のイロスーン大森林の盗賊退治が終わりまして……」

「報告なら明日だと言っただろう」

「はい、ただ盗賊の黒幕を調べていましたら、ヴォルザードに関りが出てきたもので……」

「なんだ、バッケンハイムとマールブルグ以外でも暗躍してやがったのか?」

「いえ、そうではないんですけど……」

いつになくケントは言葉を濁して、なかなか核心に触れようとしない。

「なんだ、なんだ、ハッキリ言え」

「その黒幕の男は、バッケンハイムにいる貴族や金持ちの醜聞をネタにして、強請り集りをやっていまして……」

ケントの言葉を聞いた途端、すっと酔いが醒めた気がした。

「バルディーニか?」

「はい……」

ケントが言いづらそうに打ち明けた話によれば、俺の次男バルディーニが盗賊の黒幕に強請られていたらしい。

「醜聞って、なにをやらかしてたんだ?」

「えっと……美人局みたいです」

「はぁ……一人じゃ稼げもしないうちに色気付きやがって!」

どうやら目付け役のヨハネスの目を盗んで寮を抜け出し、酒場で声を掛けて来た女の色香に篭絡され、一夜限りの関係を持ったらしい。

本当に恋人や夫が居たのかは分からないが、領主の息子とあろう者が他人の女に手を出したなんて、世間に知られたら困るだろう……と、古典的な手口に引っ掛かったようだ。

「いくら脅し取られていたんだ?」

「一回の金額は一万ヘルトとか、二万ヘルトとか、何とか払える金額だったようです」

バルディーニを強請っていたカーロスという男は、自分は表に出ず裏から糸を引いていたようだ。

そして、被害者がギリギリ払える金額を見極めて、チマチマと回数を分けて脅し取っていたらしい。

「黒幕の男はどうした?」

「南の大陸にご招待しました」

「そうか……稼ぎを減らして悪かったな」

「いえ、表沙汰になると困る人は他にも沢山いましたし、身内の話ですから。告げ口するみたいで、話すか止めるか迷ったんですが……」

「分かった、後は俺がやる」

「お願いします」

ケントは、ふーっと一つ息を吐くと、カップの酒をぐいっと呷った。

「うん、美味い」

「それで、盗賊どもの討伐は大変だったのか?」

「僕はたいして働いてませんよ。うちは眷属が優秀ですから……」

自分の家族を自慢するようにケントが語った盗賊退治は、並みの冒険者では返り討ちに遭いそうな厄介な案件だった。

質の悪い黒幕まで根こそぎ始末してしまうのだから、ケントはSランクの枠にも収まりきらない能力の持ち主なのは間違いない。

それだけの能力を持ちながら、偉ぶることもなく気遣いまでしてくれるのだから、俺は本当に幸運なのだろう。

後は、捻くれて育った次男坊をどう叩き直すか、今回の件を上手く薬に使えれば良いのだが……。

「さぁ、もう一杯どうぞ……」

「俺を酔わせても何も出ないぞ」

「大丈夫ですよ、マリアンヌさんからのお小言は僕も一緒に貰ってさしあげますから」

「ほぅ、それなら潰れるまで飲んでも大丈夫だな」

「構いませんよ、僕の場合は叱られる相手が五人から六人に増えるだけですから」

「まったく、良くできた息子だよ、お前は」

照れ臭そうに笑みを浮かべる、違う世界から来た三人目の息子にサケを注いでやる。

今夜は、気分良く酔っぱらえそうだ。