軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヴォルザード・チルドレン

※今回は綿貫早智子目線の話です。

「ごゆっくりどうぞ」

確かカーテシーだっけか、スカートの裾を抓んで、片足を後ろに引いて軽く膝を曲げる挨拶は、いかにも貴族的な雰囲気がある。

フィーデリアの所作は、傍から見ているだけでも溜息が出そうになるほど美しい。

別に豪華なドレスを着ている訳ではなく、ヴォルザードの街に暮らしている少女たちと同じ飾り気の無いワンピース姿だが、滲み出る気品が別次元なのだ。

注文の料理が目の前に運ばれて来たのに、フィーデリアと同年代の少年は口を半開きにして、魂を抜かれたような表情で後ろ姿を見送っている。

うん、あれは惚れたな。

これでまた安息の曜日の売り上げが上がりそうだ。

お給料は要らないから、安息の曜日限定でお店を手伝わせてほしいとフィーデリアが頼んで来た時には、アマンダさんもちょっと迷っていた。

結果的には熱意に負けてOKしたのだが、フィーデリアにはちょっと特殊な事情がある。

先程のカーテシーのように、お姫様みたいな所作を自然とこなすのは、正真正銘のお姫様だからだ。

国分に聞いた話だと、フィーデリアは東の海を越えた大陸にあるシャルターン王国のお姫様だったそうだ。

そのシャルターン王国でクーデターが起こり、蜂起した民衆が城に雪崩込んで王族一家を連れ出し、民衆の前で公開処刑を行ったそうだ。

フィーデリアは、親兄弟を目の前で殺害され、自身の命も奪われる直前に国分の手で助け出されたらしい。

ヴォルザードに連れて来られた当時は、周囲に反応を示さず、そのまま衰弱死してしまうかと思うほどだったそうだ。

国分の眷属が自由に歩き回っている、現実離れした光景の中で、同じ年代の美緒と触れ合ううちに少しずつ正気を取り戻したらしい。

それでも最初は人が大勢いる場所に潜在的な恐怖を感じて、学校には通えない状態だったそうだ。

それでも、授業を一時間だけ見学するところから始めて、半日、週に一日、二日に一日といった感じで徐々に慣らしていき、今では毎日学校にも通えるようになったそうだ。

あたしもリーゼンブルグの兵士に酷い目に遭わされたけど、ショックの度合いとしてはフィーデリアの方が遥かに大きかっただろう。

それでも健気に一歩また一歩と前に進もうとする姿勢は、本当に大したものだと感心する。

「いらっしゃい! 毎度ありがとうござます!」

フィーデリアとは対照的に、声を聞くだけで元気が弾けるのは、アマンダさんの娘メイサだ。

物心つく頃から店の常連さんに遊んでもらったりしながら、アマンダさんの真似をして店を手伝うようになり、今では立派な看板娘だ。

「メイサもフィーちゃんみたいに、お淑やかにしてれば良い婿さんが来るかもしれないぞ」

「あー……無理! 前に真似してみたら常連さんたちに大笑いされたもん」

「そんな事は無いだろう。メイサだって可愛いんだから……ほら、ちょっとやってみな」

「えー……しょうがないなぁ。いらっしゃいませ、ごゆっくりどうぞ」

「ぶふっ……」

「ほら、やっぱ笑うんじゃん! もう、嫌い!」

「ごめん、ごめん、思った以上に柄じゃなかったな」

メイサと常連さんの掛け合いに、他のお客さんたちも笑っている。

周囲の人達を自然と笑顔にしてしまうのは、メイサの天性の才能だろう。

「メイサ、四番テーブルB定食上がったよ」

「はーい!」

ぷーっとフグみたいな膨れっ面が、一瞬でニカっとした笑顔に変わる。

クルクルと表情が変わるメイサは見ていて飽きない。

フィーデリアが店を手伝い始めた頃には、美緒も一緒に来ていたのだが、今は来ていない。

美緒は服飾関係の仕事に興味があるらしく、相良貴子が働いているフラヴィアさんの店に遊びに行っている。

日本に帰らないのか聞いてみたが、ヴォルザードの方が楽しいらしい。

まぁ、国分の家なら日本のテレビやインターネットも繋がるし、両親ともビデオチャットとかで連絡を取っているから寂しくないそうだ。

浅川家の両親は、姉の唯香を国分の嫁に出すぐらいだから、その辺りの考え方が柔軟なのだろう。

国分と唯香の近くで暮らしているなら、病気や怪我とは無縁だろうし、地球の進んだ技術の恩恵を受けつつ、地球では味わえない魔術を体験出来ると考えれば、ヴォルザードでの暮らしはある意味贅沢なのかもしれない。

もう一人の同い年、唯一の男子であるルジェクは、国分の屋敷で使用人としての基礎を学んでいるらしい。

掃除や洗濯などの屋敷の仕事に加えて、時々国分から魔術の手ほどきも受けているようだ。

ルジェクは国分と同じく闇属性の適性があるので、使い方を覚えれば影に潜って移動が出来るようになるらしい。

今でも国分の眷属の補助があれば移動が可能らしいが、まだ一人で遠方までの移動は出来ないそうだ。

まぁ教えているのが国分だから、ヒュっとか、グワっとか、奇妙な擬音混じりの説明を理解できないのだろう。

ルジェクは国分や鷹山みたいな感覚派ではなく、理性的なタイプだから苦労しているのかもしれない。

それでも以前、美緒が危ないと思った時には、一人で離れた場所から影に潜って移動してきた。

たぶん、ルジェクみたいなタイプは、誰かのために頑張る方が成果を出せそうだ。

美緒が上手く人参をぶら下げてやれば、急激に上達しそうな気もするが、既にちゅーちゅーしてるから、それ以上のご褒美はちょっと早いな。

メイサたち四人は日本だったらまだ小学生だが、それぞれが将来を見据えて動いている。

あたしがメイサと同じぐらい頃には、お菓子作りに興味は持っていたけど、こんなに具体的に行動はしていなかった。

ただ、メイサたちが特別ではないようで、ヴォルザードに暮らす子供はこのぐらいの年齢から仕事場に出入りしているそうだ。

十五歳で大半の者が社会に出るから、日本に比べると五年以上は早い。

どっちが良いとか言うつもりはないけど、ヴォルザードの子供の方が充実してそうに見える。

あたしも、ヴォルザードで暮らしていこうと思っているし、娘の未来は当然こっちで育てるつもりだ。

さて、どんな娘に育ってくれるのか……なんて考えるのは少し気が早すぎるかな。