作品タイトル不明
店主の依頼
※今回は新旧コンビの話です。
魔の森でオークやロックオーガを討伐した翌日、新旧コンビの二人が足を向けたのは倉庫街の片隅にある行きつけの食堂だった。
「おやっさん、来たよ」
「おぅ、カズキ、タツヤ、呼び出しちまって悪いな」
新旧コンビを出迎えたのは、熊が服を着ているような、モジャモジャな顎髭を蓄えた店の主だ。
この店は、以前はドカ盛りの量だけが売りの食堂だったが、新旧コンビが日本風の焼肉やレモンサワーなどのアイデアを提供したおかげで、連日外のテーブルまで満席の人気店になった。
「俺らに相談があるって、店の売上でも落ちてきたのか?」
新田の問い掛けに、熊髭店主は両手を広げて首を振った。
「とんでもねぇ! お前らが教えてくれたアイデアのおかげで売上は右肩上がりよ」
「そんじゃあ、何の相談だ? さては達也、ツケを溜め込んでやがるな」
「なんでだよ、いつも一緒に来て割り勘で払ってるだろう。俺にツケが溜まってんなら和樹だってツケが溜まってることになるんだぞ」
「いやいや、ツケはねぇから心配すんな。そんな事よりも、お前ら魔の森を抜ける街道を通ってラストックまで行ったんだよな?」
「あれ? そんな話、ここでしたっけか?」
「ここで何を話したかなんて、いちいち覚えてねぇよ」
新旧コンビがこの店を訪れる時は、ホルモンの焼き肉を肴に飲んで食って、いい気分になってフラフラ帰っているから話した内容なんて覚えているはずもない。
「話してたぜ、丁度護衛の依頼が終わった後で、ラストックがどうの、魔物使いがどうのって」
「あー……そういえば、あの時は国分が一緒だったんだよな」
「そうそう、魔の森を抜ける街道なんか、めっちゃ綺麗になってて、ゴブリン一匹出て来ないから暇だったな」
古田が暇だったのも当然で、ケントの眷属が影から守りを固めていたのだから魔物が出てくるはずもない。
「なんだよ、道間違えて、マールブルグに行ってたんじゃねぇのか?」
「そんな訳ねぇよ。峠も登らなかったから、むしろマールブルグに行くより楽だったぜ」
「あぁ、マジで達也の言う通り、今はリバレー峠の方が危ないだろうな」
「はぁぁ、そんな事になってんのか」
新旧コンビがラストックまでの街道の様子を話して聞かせると、熊髭店主は感心しきりといった様子だった。
「そんで、相談とラストックが何か関係してんの?」
「実はな、新しい店を出そうかと思ってんだよ」
「へぇ、あの一番の古株に支店を任せるとか?」
「いや、あいつにはこの店を任せて、俺が新しい店を開こうかと思ってな」
「おやっさんが?」
「新しい店?」
「おうよ、例の新しい野営地に開こうかと思ってな」
熊髭店主が新規開店を目論んでいる場所は、ケントが作っている新しい野営地だ。
既に一部は開放されていて、旅人たちが利用している。
「話によると、今度出来た所までは、馬車なら半日で行ける距離なんだろう?」
「そうだけど、護衛がいないと行かれねぇだろう」
達也の言葉に、店主はにんまりと笑みを浮かべてみせると、ポケットからCランクのギルドカードを取り出してみせた。
「はぁ? おやっさん冒険者だったの?」
「Cランクって、俺らと一緒じゃん」
「どうだ……といっても、若い頃にギリギリランクアップさせてもらったもんだけどな。それでもCランクであることには変わりねぇ。近々、魔の森を抜ける街道の護衛ランクは引下げられるんだろう?」
この時点では発表になっていないが、ヴォルザードの領主クラウスは、ランク引き下げのための方策を着々と進めていた。
「Cランクでも南西の門から出られるようになるなら、一頭立ての小さな馬車を買って、野営地で商売してやろうと思ってるのさ。だから、もう少し詳しく野営地の様子を教えてくれねぇか?」
「それは別に構わないけど……」
「おやっさん、野営地には店は建てられないぞ」
「おぅ、知ってる、知ってる。移動の出来ない建物は駄目なんだろう?」
「何だよ、知ってんじゃん」
「いやいや、俺は実際に行った事無いからよ。だから二人に聞いてるんだよ」
人気店とあって、この店には新旧コンビ以外の冒険者も通ってくるが、何よりも繁盛の切っ掛けをくれた二人に聞いた方が、良いアイデアが出ると熊髭店主は考えたのだ。
「達也、他は何だっけ?」
「あれだ、二日以上同じ場所で商売出来ない」
「マジか! それじゃあ毎日移動して商売しなきゃいけねぇのか?」
「あぁ、雨の日は除くっていってたな」
「そうそう、国分に聞いたら、一人が良い場所を独占するような状況は作りたくないんだとさ」
「なるほどな。治安とかはどうなんだ?」
「めちゃくちゃいいぜ」
「脛叩きが出るからな」
「なんだ、その脛叩きってのは?」
不思議そうな顔をした熊髭店主に、新旧コンビはニヤリと笑みを交わしてから話し始めた。
「あの野営地は、国分、魔物使いの眷属がパトロールしてんだよ」
「ほら、ちょっと前に国分がこの店に来た時に、どっかのオッサンが絡んだ事があったじゃん」
「あぁ、いきなり地の底から唸り声が聞こえたあれか?」
「そうそう、あんな感じで、影の中から悪事を働く奴がいないか監視してんだよ」
「そうそう、そんでもって不届き者がいたら、コボルトに影の中から……コーンと脛をしこたま叩かれるらしい」
「その程度なら、懲りずにやる奴がいるんじゃねぇか?」
「いや……姿も見せずに脛叩かれるんだぜ」
「しかも、折れない程度に強烈に叩かれるそうだぜ」
「そうか……そいつは嫌だな」
「てな訳で、治安に関しちゃ、ここよりも良いかもしれねぇぜ」
「そいつは安心だな」
熊髭店主は、髭を撫で付けながら確認するように頷いてみせた。
「野営地の様子は、何となくだが分かってきたが、そこで商売をする上で何か特色を出せねぇかと思ってんだ」
「特色って、新メニューとか?」
「それも含めて、何か売りになるものは無いか?」
「売りねぇ……」
新旧コンビは顔を見合わせた後で、古田がポンと手を叩いた。
「激辛!」
「いいね、激辛」
「なんだ、ゲキカラって?」
「限度を超えた辛い味付けのことだ」
「はぁ? そんなもん売れねぇだろ。誰が食うんだよ」
「分かってねぇなぁ……」
「おやっさん、駄目駄目だよ」
「何が駄目だってんだ」
「よかろう、この達也様が激辛についてレクチャーして差し上げよう」
「お、おぉ……頼む」
一瞬不満そうな表情を浮かべた熊髭店主だが、焼肉のアイデアを貰った時の事を思い出して頭を下げた。
「まず、激辛っていうのは、単純に辛いだけじゃ駄目なんだよ」
「そうそう、達也の言う通り、辛さの向こうに美味さが無くっちゃ駄目なのさ」
「辛さの向こうに美味さか……」
「それに限度を超えた辛さは、酒が売れるぜ」
「はぁ? 護衛の最中に酒を飲む馬鹿がいるのか?」
「あの野営地の中だったら、夜中に魔物に襲われる心配は無いからな」
「なるほど……」
「これから秋になって、冬が来れば、辛い料理は体を暖めてくれるぜ」
「翌日、尻の穴が死ぬけどな」
「はあ? 尻の穴が死ぬ?」
和樹から尻の穴が死ぬ理由を聞くと、熊髭店主は腹を抱えて笑い転げた。
「お前らは、本当に面白いな。どうれ、そのゲキカラってやつに取り組んでみるか」
この後、新旧コンビは辛さの段階制など、日本でもお馴染みのスタイルを熊髭店主にレクチャーし始めた。