作品タイトル不明
憧れと不安
※今回はメイサちゃん目線の話になります。
「お母さん、いってきます!」
「ちょっとお待ち!」
うちの食堂が夏休みに入ったので、いよいよ今日からケントの家に遊びに行ける。
朝ごはんを済ませて、急いで洗濯と掃除を終え、最後にお風呂掃除をするついでに水浴びをして着替えた。
着替えを入れた鞄を背負って家を飛び出そうとしたら、お母さんに呼び止められてしまった。
「ほら襟が立ってる。シャンとしないと、ケントに笑われるよ」
「分かってるよ……」
「ケントにしてみりゃ、メイサは初めて会った時の印象が強いんだから、成長してるところを見せなきゃ、いつまで経っても子供扱いされちまうよ」
「そっか……」
「周りも見ずに駆け出さない、抱き付かない、ちゃんと挨拶するんだよ」
「うん、分かった」
「よし、いっておいで!」
「はい、いってきます!」
家の裏口を出て、ケントの家を目指して駆け出そうとして思い留まった。
駄目駄目、いつまでも子供じゃないんだから、走り回るなんてはしたない。
ふーっと一つ大きく息を吐いてから歩き出す。
見上げた空には白い雲がポカリ、ポカリと浮かんでいて、合い間からは夏の日差しが降り注いでいる。
今日も暑くなりそうだ。
ケントにプールで泳ぎを教えてもらおうかな。
久しぶりにケントとゆっくり会えると思っただけで、顔がニマニマしてしまう。
お母さんは、ケントは私の事を初めて会った時と同じだと思っている……なんて言っていたけど、私のケントに対する思いは大きく変わった。
守備隊のカルツさんに連れられて初めて店に来た時のケントは、本当に貧弱な子供にしか見えなかった。
治癒士の見習いとして商隊に加わって旅をしていたが、魔の森で馬車が襲われて一人だけ生き残ったという話だった。
知り合いをみんな魔物に殺されてしまって、頼る人もいないヴォルザードで新しい生活を始めるのは大変だろうと思ったけど、まさかSランクの冒険者になるなんて思いもしなかった。
うちは食堂をやるかたわら、ギルドの斡旋で若い冒険者を下宿人として受け入れてきた。
みんな最初の頃は朝晩の食事をうちで食べているが、次第に外で食べる事が増えて、眠るためだけに戻ってくるようになる。
そして、ダンジョンに足を踏み入れたり、無謀な討伐を試みて帰って来なくなることが続いていた。
ケントもダンジョンに興味がありそうだったから、コロっと死んじゃうような気がしていたけど、ケントが選ぶ仕事は果樹園の摘み取り作業とか、倉庫の荷運びとか、庭師の見習いみたいな仕事ばかりだった。
明かりも点けず、真っ暗な部屋にいたりする変な所はあったけど、うちにいる時のケントは本当に普通の男の子にしか見えなかった。
今日はどんな仕事をしたとか、どんな人に会ったとか、楽しそうに話しながら朝も晩もお母さんの作った料理を凄く美味しそうに食べていた。
だから、ギルドの顔役であるドノバンさんが訪ねてきて、お母さんにケントの正体を話し始めた時は本当に驚いた。
ドノバンさんの話を聞いた後も、ケントが凄い冒険者なんて信じられずにいた。
凄い冒険者じゃなくても、食事の時間を楽しくしてくれて、算術の宿題を教えてくれて、いつもニコニコしていてくれれば十分だった。
お母さんは時々口うるさいけど、嫌いじゃないし、むしろ大好きだけど、二人きりの生活はちょっと寂しいと感じることがあった。
店に食事にくるお客さんが、一家そろって食事をしているのを見ていると、なんでうちにはお父さんがいないのだろうと思うことがあった。
学校に行っている以外は、殆どの時間を一緒に過ごしているし、お母さんも仕事で疲れていたりするので、あまり話すことが無くなっていたから、ケントが来てからの毎日は本当に楽しかった。
遠い国どころか、違う世界まで行ってこられるケントの話は楽しくて、マルト達と一緒にベッドに入って毎晩話を聞くのが待ち遠しかった。
だからケントが引っ越すと決めた時には、本当に悲しかった。
体の一部をもぎ取られるような気がして、ようやく私は自分の気持ちに気付いた。
ケントが好き、ケントが大好き。
私には兄弟はいないけど、ケントに対する好きは兄弟や家族に向ける好きとは違う。
城壁が近づき、ケントの家が近づいてくると自然に足が速くなる。
お母さんは駆け出すな、抱きつくななんて言うけど、気持ちが抑えられない。
ケントの家に続く城壁のトンネルに入ると、ひょこっとコボルトが飛び出してきた。
「おはよう、ミルト! ケントは?」
「わふぅ、リビングにいるよ」
ミルトをわしわしと撫でていると、ザーエが門を開けてくれた。
「いらっしゃい、メイサちゃん」
「おはよう、ザーエ」
ケントの家の敷地に入ると、コボルト隊のみんなやギガウルフのゼータ達が集まってくる。
もふもふいっぱいで凄く楽しいけど、早くケントに会いたい。
ケントの眷属に揉みくちゃにされながら玄関に向かうと、ダボっとしたシャツを着て、半ズボンを穿いたミオが、妙に胸を張って立っていた。
「よう、よく来たなメイサ」
「なにしてるの? ミオ」
「ちっちっちっ、違うぜメイサ、俺の名前はミックだ」
「だから、なにしてるの、ミオ」
「もう、メイサちゃんノリが悪い。これはルジェクと一緒に仕入れに行くための変装なんだよ。どう、どう、男の子に見えるでしょ」
「あー……うん、まぁ……そんなことより、ケントはリビングだよね?」
「うん、お姉ちゃんたちと打ち合わせしてる」
「打ち合わせ?」
「もうすぐリーゼンブルグのお姫様がお嫁に来るでしょ、その時にお姉ちゃんたちも一緒に披露宴をするんだって」
「へぇ、そうなんだ……」
なんだか胸がズキンと痛くなった気がした。
ミオのお姉さんであるユイカさんをはじめとして、マノンさんも、ベアトリーチェさんも、セラフィマさんも美人揃いだ。
もうすぐヴォルザードに来るリーゼンブルグのお姫様も、前にタブレットで写真を見せてもらったけど凄い美人だ。
そんな人達と比べると、私なんてどこにでもいる普通の顔だし、やっぱりケントは妹としてしか見てくれないかも……なんて思ってしまう。
「どうしたのメイサちゃん、ケントお義兄ちゃんのところに行かないの?」
「えっ、行く行く、行くよ」
あれっ、変だ……さっきまで駆け出しそうになってたのに、なんだか足が重たく感じる。
「行くよ、メイサちゃん」
「う、うん……」
ミオに手を引かれて、玄関を抜けて階段を昇る。
いつもだったら、ミオを置き去りにして駆け上がる階段が高く急に感じてしまう。
あれ、どうやってケントに会えば良かったんだっけ。
そうだ、お母さんがちゃんと挨拶しなさいって言ってたっけ。
でも、なんて挨拶すれば良いんだろう。
「ケントお義兄ちゃん、メイサちゃん来たよ」
「おっ、いらっしゃい」
「こ、こんにちは……」
リビングにはケントを中心にして、ユイカさんたち四人がテーブルを囲んでいた。
「えっと、あの……一週間お世話になります」
「なになに、アマンダさんに、ちゃんと挨拶しろって言われたの?」
「う、うん……」
「そんなの気にしなくていいよ、自分の家だと思ってゆっくりしてって」
「わ、分かった……です」
あれっ、凄く変だ……ケントとどう喋って良いのか分からなくなってる。
どうしよう、何だか泣きそう……。
「メイサちゃん、荷物を置いてプールに行こう!」
「う、うん……」
今日から一週間泊まるミオの部屋に荷物を置いて水着に着替える。
そういえば、今日は新しいシャツとスカートを着てきたのに、ケントにちゃんと見せられなかった。
部屋に入ると、ミオはパパっとシャツと半ズボンを脱ぎ捨てた。
「じゃーん! 実は下に水着を着てたのだ!」
「どうしたの、ミオ。なんだか妙にはしゃいでない?」
「もう、メイサちゃんのノリが悪いんだよ。折角の夏休みなんだよ、テンション上げ上げでいこうよ」
なんだかミオの様子がおかしいけど、ミオはルジェク絡みで時々おかしくなるから、こんなものなんだろう。
「そういえば、ルジェクは?」
「午前中はラインハルトさんに剣の稽古をしてもらってるの」
「えぇぇ……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。この前だって、ブライヒベルグで変な人たちに絡まれた時に、ちゃんと私を守って影の空間に逃げ込んでくれたんだよ」
ルジェクと一緒に仕入れに行った時の様子を教えてくれたのだが、話している最中ずっとミオは体をくねくねさせていて、ちょっと気持ち悪かった。
「でね、でね、ルジェクったら、もっと強くなってミオ様を守れるようになってみせます……なんて、いつまで経ってもミオ様なんて言うから……」
「はいはい、またチューチューしてたのね」
どうやら、ミオとルジェクの馬鹿っプル度合いが増していることだけは理解できた。
「あれっ、フィーデリアは?」
「フィーは、午前中は厨房のお手伝いしてる」
「へぇ、料理に興味があるのかな?」
「そうみたいだよ。自分で色々料理が作れるようになりたいんだって」
「ミオは、やらないの?」
「うーん……私は料理はいいかなぁ、でも掃除とか洗濯はやってるよ」
「ミオは……将来何になりたいとか考えてる?」
「ルジェクと一緒に、色んな街に行く仕事がしてみたい……かな」
「それって、ルジェクの助手みたいな感じ?」
「うーん……具体的に考えてる訳じゃないけど、私は属性魔法を持ってないから、ケントお義兄ちゃんに頼めば好きな属性を付与してもらえるみたいなんだ。闇属性なら、影に潜って色んな場所へ行けるし、日本とも行き来できるようになるから、そうしたら仕事も色々選べるのかなぁ……って思ってるんだ」
「そう、なんだ……」
「うん、でも今は夏休みなんだから、はっちゃけて遊ぼうよ。ほら、早く着替えて!」
「う、うん……」
ミオは、ルジェクとイチャイチャ、チューチューしてるだけで何も考えていないのかと思っていたら、意外にちゃんと考えていた。
それに比べて私は、ケントのお嫁さんになりたいで良いのだろうか。
うー……何だか良く分からなくなってきたから、今はミオと遊んじゃう。