作品タイトル不明
メイサ頑張る
「じゃあ、お母さん、行ってくるね」
「ちゃんと宿題やるんだよ」
「分かってる!」
まったく、うちのお母さんは口うるさい。
宿題なんて、ミオに教えてもらって、ちゃちゃっと終わらせてしまうつもりだ。
「メイサ!」
「なぁに、サチコ」
店の裏口から飛び出そうとしたら、今日は休みなのにお店に来ていたサチコに呼び止められた。
「頑張れよ!」
「分かってる!」
サチコが頑張れと言っているのは、宿題じゃないのも分かっている。
分かっているけど、どう頑張れば良いのかは分からない。
分からないけど、ちょっとでも近くにいたいから、ドキドキする心臓があたしを置き去りにして駆け出して行きそうだから、胸に手をあてて走る。
落ち着けメイサ、あたしはやれば出来る子……のはずだ。
裏通りを駆け抜けて、城壁に突き当たったら左に曲がる。
そうすれば、ケントの家の入口は目の前だ。
城壁をくり抜いて作られた入口に駆け込もうと思ったら、ウロウロしながら中をうかがっている男の子がいた。
どこかで見たな……と思ったら、マノンさんの弟のハミルだった。
「あんた、なにしてるの?」
「げっ……べ、別に……さ、散歩してるだけだ」
「ふ〜ん……お姉ちゃんが恋しくなったんだ」
「そんな訳ねぇだろう! 姉ちゃんがいなくなったから、家が広くなって清々してるくらいだ」
「ふ〜ん……そうなんだ」
「そうなんだ!」
面倒くさい……お母さんやサチコが良く言ってるけど、男って本当に面倒くさい。
たぶん、ここで追い返しちゃうと、また別の日にここをウロウロするのだろう。
「あたしは、これからケントの家でミオやルジェクやフィーデリアと遊ぶんだけど、あんたも来なさいよ」
「な、なんで俺が行かなきゃいけないんだよ」
「来ないと、あんたが入口の前でウロウロしてたってケントに言うわよ」
「ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇ! ウロウロなんてしてねぇだろう!」
「ふ〜ん……自覚が無いみたいね。でも来ないなら、そう言うから」
「こいつ……」
「さっさと来ないと置いて行くわよ」
城壁をくり抜いたトンネルを振り返らずに歩いていくと、後から不貞腐れたような足音が付いて来た。
鉄製の門に近づくと、警備をしているリザードマンが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、メイサ。それとマノン様の弟さんですね」
「そう、あたしはミオ達と約束してたんだけど、ハミルは飛び入りなんだけど……」
「かまいませんよ。ケント様の御身内はいつでも歓迎いたします」
「だってさ、良かったわね」
「ふん……」
ハミルは不貞腐れた振りをしているが、警備のリザードマンにちょっとビビっているのだ。
胸を逸らして強がっているけど、通路の端に寄って通り抜けてきた。
でもまぁ、体の大きなリザードマンは、慣れていないとちょっと恐ろしく感じるのは無理もないと思う。
ただ、そこは避けて進めたけれど、この先は無理だと思うよ。
門を抜けて、屋敷の入り口までの通路を歩き始めると、ひょこっとコボルトが飛び出してきた。
「いらっしゃい、メイサ」
「来たよ、マルト!」
駆け寄ってきたマルトをワシャワシャと撫でると、くすぐったそうに身を捩ってみせた。
やった、マルトがいるってことは、ケントも家にいるはずだ。
「わっ、わっ、あぁぁぁ……」
後から怯えたような声が聞こえてきて、振り返ってみるとハミルが座り込んだ状態で、周囲をゼータ達に囲まれて臭いを嗅がれている。
でもって、ゼータ達が来ると、その次はレビンとトレノ、それにフラムが何事かと確かめに来る。
勿論、ハミルがマノンさんの弟だと、みんな知ってはいるけれど臭いを確かめに来るらしい。
レビンとトレノは、あたしにも大きな顔を擦りつけてから戻っていった。
ふわっふわで、めちゃめちゃ気持ちいいけど、ハミルには刺激が強すぎたのか目の焦点が合っていないみたいだ。
「メイサ、あっちは固まってるっすけど、大丈夫っすか?」
「大丈夫、ちゃんと連れて行くよ」
ツルツル、スベスベの喉を撫でてあげると、フラムも庭の定位置へと戻っていった。
ネロの姿が無いのは、たぶんケントが寄りかかっているからだろう。
だとしたら、ケントは広いリビングにいるはずだ。
「ちょっと、ハミル……ハミル!」
「えっ……えっ?」
「ぼーっとしてると置いて行くわよ。ゼータ達のオモチャになりたいの?」
「行く、行くよ……あれっ、足が……」
どうやら腰が抜けてしまっているらしい。
まったく、マノンさんの弟なのに情けない。
仕方がないから手を貸してあげた。
「ほら、立ちなさいよ。あんた、チビったりしてないでしょうね」
「ばっ、馬鹿言ってんじゃ……ねぇ……ょ」
なんだか内股になっているけど、構わず玄関へと引っ張っていく。
玄関に着くと、ドアノッカーを鳴らす前にメイドさんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、メイサさん、皆さんお待ちですよ」
「こんにちは、えっと……ハミルはマノンさんの……」
「存じ上げてますよ」
「それで……」
どうやら、ゼータ達に囲まれて、チビってしまったらしいと、こそっと伝えた。
「かしこまりました。ハミルさん、どうぞこちらへ……」
ハミルは余計な事を言いやがって……みたいな顔をしていたが、そんな状態で屋敷の中をウロウロされたらケントが迷惑する。
メイドさんにハミルを任せて、あたしは勝手知ったるケントの家の階段を駆け上がった。
二階に上がると、靴を脱ぐ玄関でミオが待ち構えていた。
「メイサ、遅い!」
「ゴメン、ハミルが入口でウロウロしてたから引っ張って来た」
「そうなんだ……って、ハミルは?」
「うん、トイレに寄ってる」
「じゃあ、早く宿題済ませて遊ぼう」
「うん……その前に、ケントに挨拶してくる」
「ふふーん……分かった。じゃあ、部屋にいるからね」
「うん!」
ミオと別れて、また階段を駆け上がる。
「ケント!」
「やぁ……メイサちゃん、いらっしゃい」
飛びついてやろうと思ったケントは、セラフィマさんに膝枕されながら、耳掃除をしてもらっていた。
鼻の下がだらしなく伸びているのが、ちょっとイラっとする。
「んー……どうかした? メイサちゃん」
「うん……あのね、城壁のトンネルの所でハミルがウロウロしてたから引っ張って来た」
「えっ、ハミル? 何だろう、マノンに用事かなぁ?」
「ケント様、動かれると危ないです」
「あっ、ごめん、セラ……」
セラフィマさんの太腿に頬を擦りつけてるケントを見ていると、ズドーンと一発パンチをお見舞いしてやりたくなる。
サチコ、こういう頑張りもありだよね?
「お姉ちゃんを取られて寂しいんじゃないの?」
「あぁ、ハミルはお姉ちゃん大好きのツンデレだからねぇ……」
「そうそう」
あたしはミオから教わってツンデレの意味を知っているけど、セラフィマさんは首をかしげている。
「ケント様、ツンデレとは何ですか?」
「えっとね……本当はデレデレに甘えたいのに、強がってツンツンした態度をとっちゃう子の事だよ。女の子だと可愛いで済むけど、男の場合は面倒くさいね」
「なるほど、それでツンデレ……じゃあ、私はデレデレですね」
「僕もセラにはデレデレだよ……あぁ、メイサちゃん、ゆっくりしていってね」
「そうさせてもらいますぅ!」
宿題なんて放り出して、ケントとネロと一緒にお昼寝しようと思ったのに、つまんない。
階段を下りて、ミオが使っている部屋に行くと、フィーデリア、ルジェク、ハミルがいた。
ハミルがさっきと違うズボンを穿いているけど、そこには触れないでおこう。
「ただいま、ミオ宿題教えて」
「あれ、もう戻ってきたの?」
「だって、セラフィマさんいたしぃ……」
「あぁ、それは残念だったねぇ……」
こんな時には、さっさと宿題を済ませてしまうに限る。
ミオは歴史とか、国語は駄目だけど、算術についてはケント並みに頭が良い。
フィーデリアは平均的に頭が良くて、ルジェクとハミルは、あたしとどっこいという感じだ。
黙々と宿題をしていたら、フィーデリアに訊ねられた。
「あのぉ……メイサさん、どうしてセラお姉ちゃんがいたらゆっくりできないんですか?」
「だって、ケントとの間を邪魔しちゃ悪いし……」
「あぁ、セラお姉ちゃんとケント様って、凄くお互いを思い合ってるって感じで素敵ですよねぇ……私も、あんな風になれるでしょうか?」
「えっ……?」
驚いて顔を上げると、フィーデリアはどこか遠くを見つめて頬を赤らめていた。
えぇぇ……まさか、フィーデリアもケント……なの?
「ねぇ、ミオ……ミオ」
「なぁに?」
「フィーデリア、どうしちゃったの?」
「うん、なんか叔父さんから手紙を貰ってから、あんな感じ……」
「あんな感じって?」
「ケントお兄ちゃんと、うちのお姉ちゃんやセラフィマさん達が一緒にいるのを見て、顔を赤らめたり、ボーっとしたり、変な感じ」
「えぇぇ……」
叔父さんって、確かシャルターン王国の偉い人だよね。
まさか、セラフィマさんみたいにケントと結婚しなさいとか言われたの?
フィーデリアの様子が心配になっていたら、ミオに宿題の間違いを指摘された。
「メイサ、ここ計算違ってる」
「えっ? 二分の一足す二分の一は、四分の二じゃないの?」
「二分の一は半分、リンゴ半分とリンゴ半分を足したらいくつになるのって、この前教えたじゃん」
「あっ、そうか……でも、この二と、この二を足したら……」
「分母は揃えるだけで足さないの!」
「もう、分かんない! 算術嫌いぃぃ!」
算術の宿題もフィーデリアの気持ちも、ケントへの接近の仕方も分からない事ばかりだ。
不機嫌そうに宿題をやっていたハミルが、ぼそっとつぶやいた。
「何だよ、勉強するだけなら帰れば良かった……」
「あんた、あのまま帰っていたら、いつまで経っても一人で遊びに来られなかったでしょ」
「そ、そんな事ねぇよ! てか、一人で遊びになんか来ねぇし!」
「ふ〜ん……じゃあ、ノエラさんからお使いを頼まれたら、どうするつもりだったの? お母さん、一緒に行って……とか頼むつもりだったとか?」
「そ、そんな訳ねぇだろう。別に一人だって来られたし」
「はいはい、そうですか。まぁ、今日はバッチリ臭いを覚えてもらったんだから、次からは楽に通れるわよ」
「えっ……そうか……」
ほらみなさい、一人で通れるって分かったら嬉しそうな顔してるくせに、本当に男って面倒くさい。
でも、次に来た時にも臭いを嗅がれないとは限らないけどね。
宿題を終えてトランプで遊び始めても、フィーデリアは心ここにあらずといった感じだ。
「ねぇ、ミオさん。ケント様って、どんな女性がタイプなのかしら?」
「えっ、ケントお兄ちゃんのタイプ?」
「はい、セラお姉ちゃんとはお似合いですけど、ミオさんのお姉様でいらっしゃるユイカ様とも、ハミルさんのお姉様でいらっしゃるマノン様とも、ベアトリーチェ様ともとても仲が良くていらっしゃいます。皆様、性格も容姿もスタイルも違うので、ケント様には理想のタイプとかいらっしゃらないのでしょうか?」
確かに、ケントのお嫁さんは四人とも性格もスタイルも違っている。
ユイカさんは、ちょっと厳しいシッカリ者。
マノンさんは、控えめで大人しいタイプ。
ベアトリーチェさんは、積極的で社交的。
セラフィマさんは、大人しいけど芯が一本通っている感じ。
ケントはスケベだから胸の大きな女性がタイプなのかと思っていたけど、マノンさんやセラフィマさんは控えめだ。
あたしは発展途上で、おかあさんは大きいから、まだ育つ余地があるはずだけど……あの四人の間に入っていけるかと聞かれると少々自信が無い。
お姫様育ちのフィーデリアも、おっとりして可愛いし、家族を失って守ってあげたいって思うだろうし……駄目だ、何だかあたしじゃケントのそばにいられない気がしてきた。
「メイサ、それダウト! ……って、メイサもフィーデリアも真面目にやってよ!」
「ごめん」
「ごめんなさい」
ミオが機嫌を損ねて、微妙な空気になった時、ひょっこりケントが現れた。
「おっ、宿題は終わったみたいだね。メイサちゃんも、ハミルもゆっくりしていってね。夕食はうちでみんなで食べるように、アマンダさんとノエラさんも招待したから」
「ホントに?」
「うん、帰りも送っていくから大丈夫だよ」
「やったー! ケント大好き!」
思い切って、いつものようにケントに抱き付いてみた。
ちょっと意識しちゃって、いつもと同じように出来たか自信無かったけど、ケントはいつものようにワシャワシャと頭を撫でてくれた。
あぁ、ケントの匂いがする……。
「ほら、ハミルもお兄ちゃんの胸に飛び込んで来てもいいんだよ」
「ふん! お前なんかに抱き付くもんか!」
「まぁ、いいや。今日はマノンも早めに帰ってくるから、もうちょっと待ってて」
「べ、別に姉ちゃんを待ってる訳じゃねぇし……」
「はいはい、そうですか。じゃあ、僕もトランプに入れてもらおうかな」
「ホントに? じゃあ、三組に分かれてやろうよ。あたしとケント、ミオとルジェク、フィーデリアとハミルね」
サチコ、あたしは頑張ったよ。
頑張って、ケントの隣をゲットしたけど、トランプで勝ちすぎて途中でフィーデリアと交代になっちゃったよ。
上手くいかないなぁ……。