軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

配送とサービス

アガンソ・タルラゴスの遺体は、湖まで迎えに来ていた馬車に載せられてタルラゴスの領都ビンゼロまで運ばれました。

車列の警護の指揮を執っているのは、湖上で反旗を翻して一度は捕えられたボグスです。

船がタルラゴス領に到着し、アガンソの様子がおかしいと気付いた直後、キーラスが独断で縄を解いて職務に復帰させたのです。

大声で呼び掛けても意識を取り戻さないアガンソを見れば、素人目にも深刻な状態に陥っていると分かります。

その時点でキーラスの頭には、アガンソが死去した後の事まで計算が始まっていたのでしょう。

領土拡大に失敗して失意の下に戻ってきた領主は、帰路には部下から反乱騒ぎまで起こされていた……などと思われるよりも、領主としての体面を保つ道を模索していたのでしょう。

アガンソがタルラゴス領へ戻ったのは、革命騒ぎで混乱した土地を安定させるためで、その役目を果たし終えたので自領へと戻る。

混乱収拾という激務が祟ったせいで体調が思わしくなく、自らの領地で静養する予定であったが、容態が急変して帰らぬ人となった……というのがタルラゴスの公式発表となるようです。

キーラスが先触れの早馬を走らせておいたので、城にはアガンソの家族は勿論、主だった貴族が顔を揃えていました。

馬車から降ろされたアガンソの遺体が城の広間に安置されると同時に、キーラスは貴族たちへの説明に追われました。

「それでは、アガンソは毒殺などではなく、あくまでも病死なんだな?」

「はい、治癒士の見立てもそうですし、私が見た感じでも、そのように思います」

会合の場を仕切っているロンゴリア公爵は痩せた老齢の男で、先代領主であるアガンソの父親の弟、つまり叔父にあたるらしい。

顔には年相応の皺や染みはあるものの、血色も良く矍鑠としているようだ。

「それで、アガンソは誰にタルラゴス領を託すつもりだったのだ?」

「勿論、長男のオードベリ様です」

「それは、書簡に残されているのか?」

キーラスとロンゴリア公爵の話に割って入ったクビリエス侯爵は、アガンソと同年代ぐらいに見える小太りの男で、アガンソの姉の夫だそうだ。

「書簡には残されていないと思いますが、オードベリ様が領主の座を継ぐことに何か問題がございますか?」

「私は異論を唱えるつもりはないが、テダラス侯爵は納得されるのか?」

「カルデロン様は、まだ三歳になられたばかりです。跡を継ぐのは難しいでしょう」

アガンソには三人の息子がいるそうで、長男オードベリ、次男ビストリアスは第一夫人の子供で、三男のカルデロンは第二夫人の子供らしい。

その第二夫人の実家がテダラス侯爵家という訳だ。

「確かに三歳の子供に領主が務まるはずがないが、それは十歳のオードベリ様でも同じではないのか?」

「オードベリ様が、一人で領主としての務めを果たせるとは思っておりませんが、成人までの年数は比べるまでもございません。それに後継争いなどしている暇などございません」

アガンソが死んだという話は、すぐに広まっていくでしょう……というか、僕がダムスク公へと知らせるつもりでいますからね。

「キーラス、テダラス家には使いは出したのか?」

「はい、早馬を走らせました」

「さて、どう動くかな?」

「ロンゴリア公、テダラスは反旗を翻すつもりなのでしょうか?」

「それほどの愚か者ではないと思いたいが……」

会合が始まってからの口ぶりですと、第二夫人の実家であるテダラス家に謀反の兆しがあるようですね。

「ロンゴリア公は、オードベリが家督を相続することに異論は無いのですか?」

「無い。必要とあらば後見人を務めても良いぞ。そなたは、どうなのだ? 領主の座に就く意志は無いのか?」

「滅相も無い、私は火事場に飛び込む鶏ではありませんよ。今は嵐に怯える小鹿の心境です」

小鹿ねぇ……子豚の間違いじゃないかと思うし、怯えているというより機を窺っている感じに見えますね。

「ふん、なにが小鹿じゃ……まぁいい、今は身内で争っている場合ではないからな」

「おっしゃる通りです。オードベリを次期領主として定め、我々が補助し……何か問題があればアガンソがやった事にしてしまいましょう」

あぁ、結局そうなるんですね。

これでアガンソが残した革命勢力の軍師ルシアーノへの資金提供も有耶無耶にされてしまうんでしょうね。

この後、キーラスはロンゴリア公爵とクビリエス侯爵から占領地で得た利益について訊ねられていましたが、金庫の件は二人には告げませんでした。

まぁ、占領地で手にしたタバコを売却して得た金を、胡散臭い冒険者に託したなんて話は出来ませんよね。

貴族との会合を終えた後も、アガンソから留守を任されていた家宰と共に葬儀の準備に奔走し、キーラスが仕事から解放されたのは夜半近くになってからでした。

昨夜は一睡もしていなかったそうですし、一人になると深い溜息をついて肩を落としました。

さすがに休ませてあげたいところですが、タルラゴス家への伝手はキーラスしかいないんですよね。

周囲に人が居ないのを確認した後、キーラスが歩く廊下の先に闇の盾を出して表に踏み出しました。

「お疲れさまです」

「ユースケ……来たか」

「はい、さすがに故人との約束を違える気にはなれませんので……」

「そうか……」

キーラスは少し考えた後で、ついて来るように身振りで示して廊下を引き返し始めました。

ノックもせずにドアを開けた先は、どうやらアガンソの書斎のようです。

「ここに出してくれ」

キーラスが指差した場所の横に闇の盾を出し、ラインハルトに金庫を押し出してもらいました。

「保管料として二割、運搬料として三割、合計で五割をいただくつもりでしたが、一割は弔慰金としお返しいたします」

「そうか……と言っても、私は金庫の開け方を知らされていない。支払いは扉を壊した後になるが……」

「いえいえ、料金は既にいただいております。僕は闇属性の術士ですから、影のある場所ならば何処へでも入り込めますから」

「そうか! ならば、残りの金も取り出せるのか?」

「えぇ、出来ますけど……」

「ふふん……持ち逃げするとでも疑っているのか?」

「いいえ、僕はお約束を果たしましたから、その後どうなろうと、それはこちらの事情ですから、キーラスさんの好きになさって下さい」

「では、どうして怪訝な顔をしたんだ?」

「昼間話していらした貴族の皆さんに、どうやって金庫を開けたとか突っ込まれないかと思いまして……」

「あぁ、構わん……どうせあの連中も己の利益しか考えていないからな」

「では、少々お待ちを……」

金庫の横に闇の盾を開いて内部と繋げ、あたかも横から取り出しているようにして金貨の詰まった革袋を取り出しました。

僕が作業を進めている間、キーラスは応接用のソファーに腰を下ろし右手で前髪を掻き上げました。

「そんな芸当が出来るならば、商人の真似事などする必要は無いんじゃないのか?」

「単純に金を手に入れるだけならば、その通りですけど、それって犯罪ですよね」

「まぁ、そうだが誰がやったかもバレないだろうし、証拠も残らない。罪には問われないんじゃないか?」

「犯罪を犯罪だと思わなくなったら、それこそどこまでも堕ちていくだけですよ。それに……」

「それに?」

「ただ盗むだけなんて面白くありませんよ」

「ふふっ、変わった男だな。アガンソ様が気に入る訳だ」

「この金庫、どうされます? なんなら処分もサービスしておきますよ」

「あぁ、処分してくれ。聞かれやしないと思うが、どうやって中身を出したとか聞かれると面倒だからな」

「だいぶお疲れみたいですね」

「それは疲れもするだろう、昨日の朝からどれだけの事が起こったと思ってる」

「まぁ、そうですよね……」

キーラスとテーブルを挟んだソファーに座りながら、影の空間から酒瓶と小振りのカップを三つ取り出しました。

「一杯いかがですか?」

「サービスだろうな?」

「えぇ、ご心配無く」

三つのカップに酒を満たすと、芳醇な香りが漂いました。

「これは……?」

「年代もののリーブル酒です。とっておきですよ」

「そうか……良い香りだ」

「では、アガンソ様に……」

「あぁ……」

キーラスは、僕とカップを合わせた後、テーブルに置かれたカップに向かって酒を掲げて寂しげな笑みを浮かべてみせました。

クイっと半分ほどの酒を喉に流し込むと、またキーラスは大きな溜息を洩らし、左手で目元を覆いました。

そのままの姿勢で暫く無言で肩を震わせ、顔を上げたキーラスの瞳は潤んでいました。

「無念だったと思う……いや、私ごときがアガンソ様の心中を推し量るなど不遜だな。私が無念なんだ」

絞り出すように呟いた後、キーラスはカップに残った酒を喉へと流し込みました。

空になったカップに酒瓶からリーブル酒を注ぐ僕を、キーラスはジッと見詰めています。

「本当に変わった男だな。金の亡者かと思えば、金にならない事もやる。年相応のガキにも見えるが、老練な冒険者のようにも見える」

「まぁ、これでも色々経験していますからね」

「ほぅ、例えば?」

「そうですねぇ……とある領主と組んで、歓楽街のボスの裏帳簿を調べあげたり……」

「ほほぅ、そいつは面白そうだな。他には?」

「他には、Aランクの冒険者の寝込みを狙って、ちょいと脅しの手紙を届けたり……」

「脅しの手紙……?」

「えぇ、ちょっと細工をしましてね……」

フレイムハウンドのリーダー、バルトロの股間をリボンで飾ってやった話をすると、キーラスは口許を押さえて悶絶した。

「俺を笑い死にさせる気か! こんな夜中に大声で笑っていたら、お前がいるのを他の者に気付かれてしまうだろう」

「大丈夫ですよ。誰か来たら、見つかる前に影に潜ってしまいますから」

「馬鹿野郎、それじゃあ俺が一人で笑い転げている頭のおかしい奴だと思われるだろう」

「そこはねぇ……アガンソ様の事を思い出していたとでも言っておけば大丈夫ですよ」

「大丈夫な訳ないだろう……とんでもない奴だな」

キーラスが二杯目を空けたので、三杯目を注ごうとしたら手で遮られました。

「明日も忙しいからな、続きはダムスク共の無茶な要求を退けて、タルラゴスが落ち着いてからにしてもらおう」

「そうですか……分かりました」

そんな日は来ないかもしれないと思ったけど、それを言うのは野暮というものでしょう。

「では、また近いうちに……」

「あぁ、世話になったな」

キーラスと握手を交わし、カップ二つと酒瓶を回収して影に潜りました。

誰もいなくなった書斎を見渡したキーラスが、明かりを消して廊下へと出て行った後で、書斎へと戻りました。

「なに死んじゃってるんですか、アガンソ様」

『ユースケ、お前、俺が見えてるのか?』

ソファーに腰を下ろして、呆けているアガンソの霊体に声を掛けると、目を丸くして驚いていた。

「闇属性の術士ですからね。ちゃんとお金は届けましたよ」

『あぁ、確かに受け取ったが、もうどうでも良くなった……』

「奥さんも、息子さんもいるんですよね?」

『あぁ、娘もいるぞ。だが、俺に出来る事はもう何も無い』

「そうですね、折角の極上のリーブル酒も飲めませんものね」

『お前……見てたのか』

僕とキーラスが酒を酌み交わしている間、アガンソの霊体はテーブルに置かれたリーブル酒のカップを持ち上げようとしたり、口を突っ込んで飲もうとしては通り抜けていました。

「酒の飲みすぎですよ」

『そうだな……そうだユースケ、お前が俺の言葉をみんなに伝えてくれ。そうすれば、まだ俺もタルラゴスの役に立てる』

名案を思い付いたとばかりに近づいて来たアガンソに対して、首を横に振りました。

「それが、本当にアガンソ様の言葉だと、信じてもらえると思います?」

『それは……そうか、そうだな』

アガンソは、ガックリと肩を落として項垂れました。

「僕みたいな人間に、領地を託しちゃ駄目ですよ。それに、聞いてたでしょう、キーラスさんの決意を」

『あぁ、キーラスならやってくれるだろう』

「アガンソ様、最後にもう一つだけサービスしますよ」

『ほう、何をしてくれるんだ?』

「手紙の代筆を……」

『だが、さっき信じられないと言ったばかりじゃないか』

「それは、領地の運営に関することだから、利害が絡むからですよ。家族への言葉に利害なんて無いでしょう? あぁ、家督云々はあるのか……」

『それならば、家督の件を抜きにすれば良いのだろう?』

「ですね……」

この後、真夜中の書斎でアガンソから家族に宛てた甘々な手紙の代筆を務めました。