軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

メネンデス

メネンデスに続いて廊下に出ると、見張りを務めていた男がギョッとした表情を浮かべて身構えました。

そりゃ、通した覚えの無い人間が現れれば驚きますよね。

「下がっていろ」

「へい……」

メネンデスに制止され、男は短剣の柄に掛けていた手を引っ込めました。

剣から手を離したものの底光りする瞳が、ジッと僕の動きを注視しています。

あんまり剥き出しの敵意とか向けないでもらえますかねぇ、サヘルが飛び出していかないか心配になりますから。

同じような状況が二度ほどあったあと、メネンデスの私室と思われる部屋へと案内されました。

「掛けてくれ」

部屋の内装は落ち着いた感じで、勧められたソファーも沈み込む感じではなく、適度な硬さで身体を支える感じのものです。

メネンデスは、戸棚からグラスを二つと酒瓶を取り出してテーブルに置きました。

蓋が取られると、芳醇な香りが漂いました。

たぶん、年代物のリーブル酒でしょう。

「好きなのだろう?」

「えぇ……」

メネンデスはテーブルを挟んだソファーに腰を落ち着けると、グラスに酒を満たしました。

「改めて、ロレンシオの腕を治療してくれたことに感謝する」

「どうも……」

互いにグラスを掲げて、口許へと運びました。

少しとろみを感じる舌触りは、古酒の証です。

グラスの3分の1程を喉へと流し込み、鼻腔へと抜ける香りを楽しみました。

これは、何をしに来たのか忘れそうになるほどの美味さです。

「良い酒ですね……」

「あぁ、ディーノの酒だ」

僕がヴォルザードに着いてから、最初に仕事をしたブルーノさんのリーブル農園。

この酒が仕込まれた頃は、ブルーノさんの父親ディーノさんがバリバリの現役だった時代でしょう。

もう一口酒を含み、複雑で芳醇な香りを味わいました。

「疑わないのか?」

「えっ? 何をですか……ディーノさんのお酒なら美味しいに決まってますよね」

「いや、そういう話ではなく、毒が盛られているとか疑ったりしないのか?」

「あぁ、解毒出来ますから、心配してません」

「剣で串刺しにされても死なない、首を斬り落とされかけても生き残る、毒を盛られても大丈夫……何を使っても仕留められないか」

メネンデスは少し呆れたような口調で呟くと、ぐっと酒を煽りました。

僕が死に掛けたエピソードを知っていたり、ディーノさんのリーブル酒を出すなど、どうやら調べられているみたいです。

こちらは何も情報が無い状態ですし、単刀直入に聞いてみましょうか。

「どうして、あんな仕打ちをしたんです?」

「世の中には、手を出してはいけないもの、敵に回せば己の命を危うくするものが存在しているのだと、身をもって分からせるためだ」

メネンデスは細身の男で、焦げ茶色の髪には白髪が混じりはじめています。

お爺ちゃんというほどではありませんが、そろそろ老いを感じる年齢でしょう。

それでも、ダークグリーンの瞳の眼光は鋭く、ロレンシオに付き添っている時には憔悴した感じもありましたが、今は歓楽街のボスらしき風格を漂わせています。

「確かに、子供の喧嘩というレベルは超えていましたが、それでも腕を切り落とすほど痛めつける気はありませんでしたよ」

「わざわざ治療までしてくれたのだから、その通りなのだろうが……我々はそれ程の危機感を持っていた」

言葉を切ったメネンデスは残っていた酒を煽ると、僕のグラスを満たした後で、自分のグラスにも酒を注ぎました。

「廊下で出くわした若い連中が、どれほど君を恐れていたか気付いているか?」

「僕の姿を見た瞬間、皆さん剣の柄に手を伸ばしていましたね」

「こちらの建物は私邸なのだが、護衛には腕の立つ者を置いている。そんな連中が、剣から手を離す時には震えていたのに気付いているかね?」

「いえ、警戒されているとは思いましたが、震えるほどとは……」

「我々は、普通の人間が生きる世の中の裏側で生きている人間だ。だから、ロックオーガの群れを撃退しようが、サラマンダーを何頭倒そうが、恐れるほどのものではないと思っていたのだが……ボレントが赤子の手を捻るようにやり込められたと聞いて、認識を改めた」

正面切って戦ったら敵わない相手でも、おだてたり、脅したり、惑わせたり……裏社会に生きる者が得意とする戦術を駆使すれば勝てるというのが、歓楽街のボス3人の共通認識だったそうです。

ところが、その得意とする戦術においてもボレントがやり込められ、とばっちりがメネンデス達にも及んだことで考えを改めたようです。

「色々と調べさせてもらったよ。中でも君の頭脳と呼ばれている男の話は役に立った」

「僕の頭脳? はぁ……八木かぁ」

「頭は切れる男のようだが、少々口が軽いのは考えものだな」

「まぁ否定はしませんよ……」

そう、八木の話を否定しなけりゃ、8割ぐらいのガセ情報を信じてもらえるでしょう。

まったく、あの男は僕の知らないところでも、多大な迷惑を掛けてくれてそうですよ。

歓楽街を仕切っている連中に取り込まれたり、利用されたりしないように釘を刺しておいた方が良いですかね。

別に、八木がリーゼンブルグに連れていかれて奴隷落ちしようが僕の知ったことではありませんが、生まれて来るマリーデとの子供の父親がいなくなってしまうのは困ります。

いや待てよ、あんな八木みたいな父親は居ない方が良いのか?

頭の中で八木対策を考えていると、メネンデスは僕が別の事を懸念していると思ったようです。

「私の出した結論は、君や君の関係者には絶対に手を出さない……だ。これは、手下共にも徹底させている。先程、廊下で出くわした連中は、反射的に剣を抜こうとしたが、私に止められ、そして君の正体に気付いたから恐れた」

「それは僕を恐れたのではなく、貴方の言いつけに背きかけたことを恐れたんじゃないですか?」

「確かに私に背くことも恐れているが、君を恐れていない訳ではない」

「でも、息子さんは言いつけに背いて、僕の関係者に手を出した……」

「ロレンシオは、50の坂が見えた頃、不意に授かってしまった初めての子供だ。厳しく育てたつもりだったが、私の妻、あの子の母親が早く亡くなったこともあって、知らぬ間に甘やかしていたのだろう」

メネンデスは、ロレンシオにも僕の関係者には手を出さないように言っておいたそうです。

実際ロレンシオは、メイサちゃんやマノンの弟ハミルに対しては、取り巻きにも手を出さないように命令していたようです。

ですが、時間が経過し、皆にもてはやされているメイサちゃんを見たりして、対抗意識みたいなものを持ってしまったみたいです。

家に戻れば、メネンデス以外にロレンシオを叱る者はなく、結果として親の威を借りて驕慢な行動をするようになったようです。

「ロレンシオから話を聞いた時、私の組織はもう終わりだと思ったよ。ボレントの時は、対立したといっても金の問題だ。メリーヌの弟にも落ち度はあった。それでも、あれだけの痛手を被ることになった」

クラウスさんからの通達を受けて支払った追徴課税は、メネンデスの組織にとっても大きな痛手となる程の金額だったそうです。

ボレントの裏帳簿を手に入れた時に、クラウスさんが馬鹿笑いしたのも当然ですね。

「ロレンシオは、君の屋敷に暮らす少年を足腰立たなくなるまで痛めつけた。それも、君の義理の妹になる女の子に手を出すためともなれば、ロレンシオは相応の罰を受けねばならん」

「だとしても、いくら何でも左腕を切り落とすのはやり過ぎじゃないですか?」

「君や手下共にそう思わせるためだからな。もし中途半端な謝罪を行って、君に組織を潰されたとしよう。その場合、ロレンシオは手下共の恨みを買って殺されていたかもしれない」

「えっ……ボスの息子なのに?」

「私の価値は、組織を維持して手下共を食わせているから認められているものだ。組織を潰したボスの息子に何の価値がある」

メネンデスはグッと酒を煽ると、空のグラスに酒を満たし、僕にも勧めてきたが今は十分だと手振りで断わった。

「ロレンシオの腕は、私が切り落とした。ヘマをやらかした野郎の指や腕を切り落とすのは、裏社会では珍しい話ではない。勿論、ロレンシオは泣き喚いたさ。それでも、やらなければ手下に示しが付かない」

「ロレンシオに後を継がせるつもりですか?」

「そのつもり……だったが、難しいだろうな」

メネンデスは綺麗に撫でつけていた髪をグシャグシャに搔き毟ると、荒々しくかき上げた。

「まだ、この先成長する余地は残っているが、私の睨みが利く内に組織をまとめ上げるだけの人望が得られるか……ふっ、他人事のような顔をしているが、私が跡目も決めずに退けば、ヴォルザードに血の雨が降るかもしれんぞ」

「歓楽街の中でやる分には、どうぞご自由に……」

「歓楽街の外でやったらどうする?」

「魔の森の奥にでも送って差し上げますよ。魔物がこぞって集まる良い場所がありますから、そこで心おきなく権力争いをしてもらいますよ」

「そんな所から生きて戻れるのか?」

「さぁ、それは当人次第でしょうね」

まぁ、貧民街のチンピラ程度では、活きの良いゴブリンにも敵わないでしょう。

生きて戻るなんて、Aランクの冒険者パーティーでも難しいと思います。

「私と手を組まないか?」

「組みませんよ」

「はっ……即答か。ならば、ロレンシオを守ってくれと言ったら?」

「お断りします」

「なぜだ、ロレンシオだってヴォルザードの住民だぞ」

「僕はベアトリーチェを嫁にしますが、だからと言って税金から給料を貰う訳でもないし、ヴォルザードの住民だからといって無条件に守る訳じゃありません。それに、結構忙しいんですよ。今だってコクリナの連中の相手をしなきゃいけませんしね」

「コクリナだと? 海の向こうじゃないか」

「そうですよ、だから忙しいって言ってるじゃないですか」

「バルシャニアから嫁をもらうくらいだから、冗談を言っているのじゃないのだろうが……俄かには信じられんな」

色々と情報を集めているようですが、ジョベートが襲撃された件はまだ知らないようですね。

「ロレンシオの取り巻き達は、親に連れられて謝罪に来ましたよ。さすがに腕は切り落とされたりしていませんでしたが、顔の形が変わるぐらい殴られていました」

「親達も、生きた心地がしなかっただろうな」

「彼らには、ロレンシオから理不尽な要求をされても拒否するように言っておきました。今後も、親の力に頼って周囲の者たちを脅すようなら、次はヴォルザードから跡形も無く消えてもらうかもしれないと、ロレンシオに言い聞かせておいて下さい」

「言い聞かせるまでもないだろう。あれだけ痛い目に遭っても分からないようなら、消してもらって構わない」

「それと、歓楽街の外の人達を威圧するのは止めてもらえませんかね」

「そいつは無理な相談だ。歓楽街の秩序が保てなくなる」

これまで物わかりの良い受け答えをしていたメネンデスが、今回は即座に拒否してきた。

「歓楽街の中にまで口を挟むつもりはありませんが、一般の人を脅すような行動は……」

「別に脅している訳ではない。外の人間に力ずくで何かをやらせたり、金を巻き上げるような事はやっていない。奴らは勝手に恐れているだけだ」

「ロレンシオの取り巻き達が、いう事を聞かなかったり逆らったりしても、親達に手を出すつもりは無いんですか?」

「ふん、それこそガキの喧嘩だ、そんな事まで口出しするほど俺も暇じゃないぞ。それに、人のことを言えた義理ではないだろう。君を恐れているのは、歓楽街の者達だけではないぞ。君のところに来た親子が、どんな様子だったか思い出してみるが良い」

確かにメネンデスの言う通り、命乞いをされるほど恐れられていました。

てか、見た訳でもないのに良く分かるよなぁ……。

「別に恐れられるような事は、していないと思うんですが……」

「ふふっ、本気でそんな事を思っている訳ではないのだろう? サラマンダーやストームキャットを飼い慣らしている人間を恐れないのは、君という人間を良く知っている者だけだろう。悪いが、私は君とは違う。歓楽街を仕切っていくには、時には虚像も必要だ。私にとって重要なのは歓楽街の中でどう思われるかであって、外の連中にどう思われようと構わないし、興味もない」

「そうですか、一般の人に手出ししないなら、僕がとやかく言うことではないですね」

取り巻きの親たちの安全も保たれそうですし、話は終わりだと示すようにグラスの酒を飲み干して席を立つと、メネンデスに引き留められました。

「まだ、何か?」

「今回は、大きな借りが出来た」

「別に貸した覚えは無いですよ」

「恩というものは、着せるものではなく着るものだ。君にその気はなくとも、こちらは大きな恩義を感じている。もし、歓楽街に絡むトラブルに巻き込まれたら言ってくれ、必ず力になろう」

「まぁ、無いとは思いますが、覚えていたらお願いするかも……」

「それで良い……覚えていたら、声を掛けてくれ」

清濁併せ持つどころか、泥水の中を悠然と泳いでいるような人物ですから、下手に手を組めば面倒なことになりかねません。

それでも、歓楽街の裏情報については、これ以上ないほど精通しているはずですから、万が一の際には情報源として利用する価値はありそうです。

友好関係を築く訳ではないので、握手は交わさず、軽く目礼を送って影へと潜りました。

ロレンシオの治療に、メネンデスとの会談で思っていたよりも時間が経っていたようで、家に戻ると既に美緒ちゃんはベッドに入った後でした。

まぁ、全部解決したことは、明日の朝食の時にでも話せば良いでしょう。

誰もいないことを確認し、入口の札を女湯から男湯へと変えてから、風呂場に入りました。

ベランダの露天にも繋がっている大きな湯舟を独り占め……には出来ないんだよねぇ。

僕が入れば、マルト達やサヘル、時にはゼータ達も入りたがるので、まずはみんなを洗うところから始めないといけません。

特にゼータ達は、僕1人じゃ洗うのが大変なので、マルト達を泡だらけにして、そのまま手伝ってもらっています。

「ふぅ……やっとノンビリできるよ」

『ケント様、お疲れ様でした。いっそ、あのメネンデスという男は配下として従えてしまえば良かったのではありませぬか?』

「ラインハルト、本気で言ってる訳じゃないよね? 三竦みの状態を壊すような真似をしたら、クラウスさんにどやされちゃうよ」

『でしょうな……ですが、あのメネンデスという男は相当強かですから、今日のケント様との会談は、必ずや利用するはずですぞ』

「利用かぁ……あたかも僕と同盟を結んだように、他の勢力に宣伝するとか?」

『あり得ますな。自分の息子の腕を切り落としたほどの男です。ハッキリ同盟を結んだとは言わず、そのように思わせるのでしょう』

「なるほどねぇ。思い込むのは、そっちの勝手だ……ってやつだね」

状況次第ですが、3つの勢力のバランスが崩れて、騒動が起こるようならば、再度釘を刺しにいかないと駄目かもしれませんね。

どうせ仲良くなるなら、歓楽街の綺麗なお姉さんと……は、怒られるから止めておきます。