軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦いの痕跡

蟻の死骸を回収した後、星属性の魔術を使った探索を再開しました。

草地の上を暫く飛んでいくと、川にぶつかりました。

川幅は10メートル程あり、水を求める魔物の姿が見受けられます。

流れに沿って上流に向かうと、橋の痕跡らしきものがありました。

南の大陸へ来てから、初めて見つけた人の痕跡です。

川の中央に土台を作って、二つのアーチの上に橋板を渡した形だったようですが、今は片側のアーチは崩れて無くなっていました。

橋板の幅は5メートル程度で、土属性の魔術だけでなく、切り出した岩を積んで作られています。

例え半分だけになったとしても、数百年の長きに渡って形を保ち続けているのだから、当時の人は高い工作技術を持っていたのでしょう。

橋の痕跡からは、かつて通っていたであろう街道の跡も見つかりました。

ただし、松の巨木の間に埋もれてしまっていて、上空からでは見つけられなかったでしょう。

たぶん、防風林の役目を兼ねて植えられていたのであろうが、長い月日の経過によって巨木へと成長し、その太い根が道を盛り上げて壊しています。

少し上空へと上がってみると、巨木の列から北側に松の林が出来ていました。

たぶん、南にある山から強い風が吹きおろし、種はみんな北側へと飛ばされたのでしょう。

松の幹も大きく北側に傾いています。

松並木に沿って飛んでいくと、突然大きな窪地が現れました。

一か所だけでなく、50メートルほどの間隔を開けて転々と続いているようです。

「これは、勇者同士の戦いの痕跡なのか?」

ヒュドラの討伐跡地に大きな池を作った僕が言うのも何だけど、恐ろしい威力の攻撃魔法だったのでしょう。

更に進んで行くと、大きな地割れの跡や池、地殻変動かと思われるような地面の隆起などがありました。

間違いなく戦闘の痕跡なのだろうが、街の痕跡が見つかりません。

橋の痕跡が残っているくらいだから、堅牢な建物も残っているはずだと思うのですが、草と木と魔物しか視界には捉えられませんでした。

「もしかして、街を丸ごと消失させちゃったとか?」

不吉な考えが頭をよぎったけれど、それを打ち消せる材料が見つからない。

断罪の槍を使えば、キノコ雲が出来るような攻撃も可能だけど、ここまでに見た痕跡は、それと同等の威力の攻撃魔術を連続で発動させているように見えます。

「うーん……なんて言うか、とんでもないよね」

遥か昔、ここで戦った二人の勇者は、僕らとは違って一人ずつ召喚されました。

王家に伝わっている伝承では、健康な二十五歳の男性を召喚したらしいので、最初から複数の属性と膨大な魔力を有していたはずです。

もしかしたら、攻撃魔術も現代よりも優れていたのかもしれません。

「これはもう、アニメの登場人物同士の対決レベルだな……」

これだけの痕跡が、これだけ広範囲にわたって点在していることを考えると、勇者同士の戦いは空中戦だったような気がします。

「てか、頑張れば僕も生身で空を飛べるようになるかな?」

空を飛びながらの戦闘には憧れるけど、実際にやって墜落したら即死でしょう。

いくら凄い治癒魔術が使えると言っても、即死したらそれで終わりです。

「うん、地味に、安全なところから攻撃する。これからも、僕のスタイルは変わりませんよ」

日がだいぶ西に傾いて来たので、今日の探索はここまでにしておきましょう。

ギルドに行って、ドノバンさんの手が空いて……いるわけないから、蟻の死骸を見てもらうのは、大ムカデの買取の時にでもしましょう。

偵察を続けている間、なんだか暖かいなぁ……と思っていたら、意識を身体に戻すと、マルト達に囲まれていました。

「ただいま。みんな、ありがとうね」

「わふぅ、おかえりなさい、ご主人様」

「ちゃんと見張ってたよ」

「撫でて、撫でて」

「はいはい、んーモフモフだねぇ……」

マルト達のモフモフさを堪能した後で、ヴォルザードのギルドへと向かいました。

ヒルトとホルトの反応があるので、まだセラフィマとベアトリーチェがいるはずです。

二人の姿はクラウスさんの執務室にありました。

部屋の主であるクラウスさんは、机の上に書類こそ広げていますが、頬杖をついて既にやる気ゼロといった感じです。

「ケントです、入ります」

「おぅ、嫁さんのお迎えか? じゃあ、今日はもう仕舞いだな」

闇の盾を出して執務室へ入ると、顔を上げたクラウスさんは嬉々として書類を片付け始めました。

ベアトリーチェは頭を抱え、セラフィマはクスクスと笑っています。

「大ムカデをバルシャニアとリーゼンブルグで売り捌いて、ついでに南の大陸も覗いてきました」

「おぅおぅ、随分と張り切ってやがるなぁ。さすがバルシャニアの皇女様を嫁に迎えると違うもんだな」

クラウスさんは、ニヤニヤ笑いを浮かべ冗談めかして言った後、表情を引き締めました。

「それで、どんな具合だ?」

「まだ、星属性の魔術を使って『見て』きただけですけど、ラインハルトも見たことが無いような魔物が居ました」

「どんな魔物だ?」

「巨大なイモ虫とか、巨大な蟻とかですね」

「でかい蟻ならダンジョンにも居るだろう」

「僕の背丈よりも大きいですけど……」

「げぇ、マジか?」

巨大なイモ虫と蟻の戦いの様子を話すと、クラウスさんは眉間に皺を寄せました。

「例の空間の歪みの位置によっては、そんな奴らが現れるかもしれないのか?」

「まだ、そうだと決まった訳じゃないですけど、その可能性はあります」

「それで、異変の原因になりそうなものはあったのか?」

「まだ、さらっと見てきただけですから、全く見当も付きませんね」

カミラから聞いたリーゼンブルグ王家に伝わる伝承と、実際に南の大陸で目にしてきた戦闘の痕跡らしきものについて話すと、クラウスさんだけでなく、ベアトリーチェやセラフィマも興味深げに耳を傾けていました。

「その痕跡とやらが、お前が全力で戦った時と較べてどうなんだ?」

「一言で言うなら、とんでもないですね。化け物同士の戦いですよ」

「かぁ……つくづく今の時代に召喚されたのが、まともに話の出来る連中で助かったぜ。悪逆非道の魔王が、そんなレベルの強さだったら打つ手無しだろう」

「まぁ、だからこそ当時のリーゼンブルグ王家は、最初の勇者を倒すために再び召喚を行ったのでしょうけど、王家の伝承自体がどこまで信じられるか怪しいですからね」

カミラと推測した伝承の裏側について話すと、クラウスさんは何度も頷いていました。

「そうだな。恐らくだが、お前たちが推測した方が事実には近いような気がする。王族なんてものは見栄の塊だったりするから、自分に都合の悪い事実を後世に伝えようとは思わないだろう」

「でも、魔王が実は召喚した勇者だったという事は伝えてますよね」

「そりゃ、伝えなければ勇者を召喚しようなんて考える連中が出かねないからだろう。さっきも言ったが、呼び出した勇者は自分たちの手には余る力を持っていて、下手をすれば国が無くなっちまうんだからな。見栄っ張りな連中は、自分たちが栄華を極めた様子を後世に自慢したいのだから、自慢する相手が居なくなったら困るんだよ」

「なるほど……確かに下手したらリーゼンブルグが無くなってましたし、実際に南の大陸にあった王国は滅んでますもんね」

「そういう事だ、まぁ続きは帰って飯でも食いながら聞かせてくれ」

「分かりました」

そう言えば、今日は初心者の戦闘講習が行われていたはずですね。

執務室の窓からは、ギルド裏の訓練場の様子が良く見えますが……はいはい、へばってる連中の姿がありますね。

でも、中には一通りの素振りを終えても、平然としている者もいるようです。

あの連中は、事前に講習の内容を把握していたのか、それとも日頃から鍛えているかのどちらかでしょうね。

「そう言えば、セラはギルドに登録したの?」

「はい、この通り……」

セラフィマが、真新しいFランクのギルドカードを取り出してみせると、驚いたことにベアトリーチェまでギルドカードを取り出してみせました。

「リーチェも登録したんだ」

「はい、これまでは有耶無耶になっていたここでの仕事の報酬も、きっちり振り込んでいただくことにいたしました」

おぅ、さすがは僕の秘書さんですね。

クラウスさんが渋い表情をしていますけど、報酬を絞り取られたんでしょうかね。

書類を片付け終えたクラウスさんと一緒に家路につきます。

勿論、僕は両手に花ですよ。

ベアトリーチェが当然という感じで僕の右腕を抱えると、セラフィマが感慨深げに左腕を抱えてきました。

むふふふ……良いですよ、良いですよ、クラウスさんに睨まれたって平気です。

夕方のギルドは、依頼を完了させた冒険者が押し寄せて混雑しているのですが、さすがは領主様とあってクラウスさんが通り掛かると、すれ違う人たちが道を開けてます。

その後ろをちゃっかりと歩かせていただいているのですが、道行く人がポカーンと口を開いて見送っていますね。

「ったく、俺を露払いに使いやがるとは……」

「まぁまぁ、昨夜の大量発生の始末でも、きっちり働いてきたんですから大目に見て下さいよ」

「こういう時には、俺の斜め後ろを神妙な表情で付いてくるもんだぞ。良く覚えておけ」

「分かりました。次からは、クラウスさんとは一緒に帰らないように気をつけます」

「お前は、ホントに失礼な奴だな」

文句を言いながらでも、クラウスさんが本気で怒っていないのは、声の感じで分かります。

たぶん、生まれてから召喚されるまでに実の父親と話した時間よりも、こちらに来てからクラウスさんと話している時間の方が長いはずです。

もっと父さんと話をしていれば……と考えない訳ではありませんが、終わってしまったことをやり直すことは出来ません。

それならば、これからを良くしていくことを考えるべきでしょう。

「そうだ、セラ。護衛してきてくれた騎士さん達は、いつバルシャニアに戻ってもらう?」

セラフィマに尋ねたのですが、クラウスさんが答えました。

「ケント、その話なんだが、バルシャニアに戻ってもらう前に、うちの守備隊と共同の訓練をやってからにしてもらう」

「共同訓練ですか?」

「そうだ。うちの守備隊の訓練方法とバルシャニアの訓練方法では違う部分がたくさんあるはずだ。お互いの訓練方法を体験して、良いところは真似をして練度を上げていこうって訳だ」

「なるほど……確かにバルシャニアの皆さんの動きは、統率が取れていて迫力ありますからね」

「ほぅ、ケントは訓練の様子を見たことがあるのか?」

「はい、例の鉄を持ち込んだ時に、二千人対二千人ぐらいで模擬戦をしているのを見たことがあります」

「総勢四千人だと……そんな大規模でやるのか?」

思わず振り向いたクラウスさんに、少し自慢気にセラフィマが頷いてみせました。

「ケント様がご覧になった模擬戦は、総勢五千人で行った模擬戦ですが、いつもあれほどの規模で訓練を行っている訳ではございません。あの時は、リーゼンブルグへの侵攻を計画していたので、その戦力を集めていたからこそ出来ました」

「ケント、訓練の様子を後で聞かせろ」

「はい、実際すごい迫力でしたよ。あれだけ大勢の兵士が、まるで生き物のように整然と動く様子は圧巻でした」

「そんなにか……くぅ、一度拝んでみたいものだな」

バルシャニアの兵士は、平地での戦闘を想定しての訓練を進めています。

一方、ヴォルザードの守備隊は、城壁上からの迎撃戦をメインに考えて訓練を積んでいます。

置かれた環境、想定する相手によって戦術のみならず、訓練も大きく違うのでしょう。

まぁ、詳しい話は夕食を食べながらですね。

ギルドを出た後、夕暮れ時の街を歩きながら、クラウスさんは気さくに人々に声を掛けていきます。

まぁ、率先して城壁工事に参加して、自分も石を担いで運ぶほどの人ですから、この程度では驚きません。

バルシャニアの皇女様であるセラフィマは、さぞや驚いているかと思いきや、にこやかな笑顔を浮かべて人々に会釈しています。

そう言えば、兄であるグレゴリエやニコラーエは、街の屋台で買い食いして歩くような皇子でしたね。

セラフィマ自身は街を自由に歩き回ったりまではしていなかったようですが、ヴォルザードではギルドに登録して働いてみたいと言っていましたね。

超箱入り娘が、箱の中から飛び出してきた感じでしょう。

街の人達は、殆どがクラウスさんに好意的な視線を向けていますが、僕に対しては恨みがましい視線を向けてくる者がいます。

その殆どは、僕と同年代の男達です。

ギルドを出て領主の館へと向かう途中、目抜き通りの一等地に店を構えているのがオーランド商店です。

ヴォルザードで一番大きな店だそうで、品揃えの多さや、扱っている品物の質も一級品です。

そのオーランド商店近くの道端で、こちらを睨みつけている一団がいます。

オーランド商店の店主デルリッツの息子ナザリオとその取り巻き達です。

今日はクラウスさんが一緒ですし、冒険者も連れていないようなので、何も言ってきませんけど、まだ諦めていないんですかね。

てか、ベアトリーチェが見せつけるように密着度を高めてくるから、むにゅんとした感触が……また育っている気がしますね。

なにしろ、あのダイナマイツなマリアンヌさんの娘にして、アンジェお姉ちゃんの妹ですから素質は文句無しです。

四人の中では、案外一番に……って痛いです、セラフィマさん。

「ケント様、あちらの皆さんは?」

「そこの大きな店の跡取り息子と取り巻き達……」

耳元に囁いてきたセラフィマに、僕も囁き返しました。

「なるほど、ケント様もリーチェも罪作りですね……」

「いやいや、この恰好でグリャーエフを歩いたら、今よりも大変なことになると思うよ。特に身内が……」

「うふふふ……それは否定いたしませんわ」

ごっつい図体をした親バカ、兄バカ達から怨嗟の視線を向けられるのは、ちょっと楽し……いやいや申し訳ないですからね。

まぁ、正式な式を挙げた後で、挨拶に伺うことにいたしましょう。

マイホームが完成するまでは、迎賓館に間借りをしていますが、夕食は領主の館で食べています。

食事は大勢の方が美味いというクラウスさんの一言で決まったのですが、反対する理由がありません。

料理人の皆さんの手間も省けますし、クラウスさんだけでなく、守備隊の総隊長を務めているマリアンヌさんの話もためになることばかりです。

今夜の話題は、守備隊とバルシャニアの騎士の訓練方法の違いだったりするのですが、当然マリアンヌさんも興味津々といった様子です。

「やはり、戦場の想定がうちとバルシャニアでは大きく違うようね」

「マリアンヌさん、ヴォルザードの守備隊特有の訓練とかあるんですか?」

「違うでしょ、ケントさん。やり直し……」

「あっ……お義母さん、何か特有の訓練はありますか?」

マリアンヌさんは、大きく頷いた後で話し始めました。

「うちは、城壁の上に立って、下から上がって来る魔物を突き落とす動きが重要になるのは分かるわね。これを慣れない人がやろうとすると、頭の重みでバランスを崩して転落しがちなの。だから日頃の訓練でも台の上に上がって真下に槍を突く、あるいは真下の敵を叩き落とす、払い落すという動きを反復させているわ。バランスの取り方を身体に染み込ませるためね」

どうしても真下を覗き込む体勢では、頭や武器、防具の重みなどで前のめりになりがちです。

実際に、大量発生の時にはバランスを崩して転落し、帰らぬ人となる場合もあるそうです。

かと言って、命綱を付けていると、別の場所で城壁上まで登られた時に、咄嗟の応援に駆け付けられません。

なので、戦闘が長期化して兵士に疲労が溜まってきた場合を除いて、命綱は付けずに戦えるように訓練を重ねているそうです。

「そう言えば、ケントさんが城壁に手を加えてくれたそうね」

「うっ……事後承諾という形になってしまって、どうもすみません」

「とんでもない。城壁はヴォルザードにとっては最も重要な防衛設備ですから、その性能が向上したのですから、文句を言うつもりなんて無いわよ」

「本当に、あの大きな城壁が磨き上げられたようにツヤツヤと輝いている様は、壮観の一言でした」

ニッコリと微笑んだマリアンヌさんでしたが、セラフィマの一言に少しだけ表情を曇らせました。

城壁のお色直しはしたばかりですし、そもそもヴォルザードに暮らしていても外から眺める機会は殆ど無いんですよね。

「え、えっと……マールブルグ側も同じように仕上げてありますから、今度ご覧になってみて下さい」

「そうね。魔の森側に出るのは少し危険ですけど、マールブルグ側であれば問題ありませんから、そちらで拝見いたしましょう」

実際、この時は知りませんでしたが、マールブルグ方面へ行き来した人から話が伝わって、城壁を見るために門の外へと出る人が増えたそうです。

まぁ、ヴォルザードの象徴でもある城壁が、突然ピカピカになれば見たいと思うのは当然ですよね。

夕食の席での話題は、訓練だとか城壁だとか、色気のないものばかりではありません。

何しろ男性はクラウスさんと僕だけで、あとの六人が女性とくればファッションや食べ物などの話題には事欠きません。

そうした話題にシフトするのを見越してか、僕の席はクラウスさんの右斜め前です。

食事は大勢で食べた方が美味しいですが、案外クラウスさんは話相手として僕を指名したのかもしれませんね。