軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マグロ尽くし

「本日は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。今回も美味しい魚が獲れましたので、皆さんと一緒に味わおうと思い、このような席を設けさせていただきました。とりあえず、日頃の難しい話は忘れて、美味しい料理を楽しんでいって下さい。では、乾杯!」

夕方、仕事を終えた皆さんがアマンダさんの店へと集まり、マグロっぽい魚を使った食事会のスタートです。

予定していたメンバーに加えて、ちゃっかりバートさんが参加していますが、色々とカルツさんをフォローしてくれるでしょうから、良しといたしましょう。

食事会の最初のメニューは、マグロのタルタルサラダです。

賽の目に切ったマグロと、同じ大きさに切ったネギやブロッコリーなどの野菜をドレッシングで和えてあります。

四角いお皿には、二種類のタルタルサラダが盛り付けられていました。

どうやら、赤身とトロで味の違いを出しているようです。

「おぅ、これは生の魚なのか。生なのに臭みも無いし、味が濃いな」

「魚自体の味に合わせて、ドレッシングの味付けを変えているのね」

クラウス夫妻の言う通り、マグロ自体のドッシリとした味わいを二種類のドレッシングが引き立てています。

赤身を使っている方は、胡麻ダレで濃厚さをプラスし、トロを使っている方は、ビネガーを使ってサッパリ感を出していて、どちらも美味しいです。

「すごく美味しいけど、お魚自体が手に入らないから、お店のメニューとして出すのは無理ね」

「ケント以外の者が、ヴォルザードに海の魚を運んで来るとしたら、塩漬けかカチカチの干し魚になってしまうからな」

自分でお店を切り盛りし始めたので、メリーヌさんはメニューとして出せるか考えてしまうみたいですね。

カルツさんの言う通り、ヴォルザードから海岸までの間には魔の森が広がっています。

それに、ランズヘルトの南側の海岸は、切り立った崖が続いていて海に降りるのが難しく、エーデリッヒまで行かないと船を寄せられる場所がありません。

ヴォルザードからエーデリッヒまでは、リバレー峠を越えて、イロスーン大森林を突っ切り、バッケンハイム、ブライヒベルグ、フェアリンゲンを通過して行かなければなりません。

当然辿り着くまでに長い時間が掛かりますし、日本のような冷凍技術もありませんから、必然的に塩漬けか干物にするしかないのです。

めっちゃ塩辛い塩引きの鮭とかなら持って来られるかもしれませんが、生のマグロとかは無理でしょうね。

マノンの弟のハミルも、目を丸くしながら夢中で食べています。

ランスフィッシュを獲って来た時、マノンの家族のところへもお裾分けをしましたが、たぶん、こんなに生では食べていないのでしょう。

僕の視線に気付くと、ハミルはフイっと顔を背けましたが、タルタルを口へ運ぶフォークの動きは止まっていませんね。

そんなハミルの様子を見て、ノエラさんが苦笑いを浮かべています。

大丈夫ですよ、将来の弟が素直じゃないことは、十分に承知していますから。

二品目の料理は、マグロの串焼きです。

五センチ角ぐらいに切った中トロを串に刺し、表面に軽く焦げ目が付くように炙ってあります。

勿論、火が通っているのは表面だけで中はレアな焼き加減で、味付けは、シンプルな塩とガーリックを効かせた醤油ベースのタレの二種類です。

「ぬぉぉ、こいつも美味いな。こりゃ酒がすすむぜ。そらケント、お前も飲め!」

「はいはい、いただいてますよ、お義父さん」

ちなみにクラウスさんに提供しているのは、五年物のリーブル酒です。

秘蔵の十年物は出しませんよ。

「ケント、飲み過ぎちゃ駄目よ」

「はい、分かってます。アンジェお姉ちゃん」

ベアトリーチェが配膳を手伝っている代わりではないですが、今夜はヴォルザード家のテーブルにお邪魔しております。

隣がクラウスさん、斜め向かいがマリアンヌさん、そして正面にアンジェお姉ちゃんが座っています。

今夜のアンジェお姉ちゃんは、ボルドーレッドのシックなワンピースですが、その……胸元が大きく開いています。

隣に座ったマリアンヌさんから受け継いだ、ダイナマイツな膨らみが、深い谷間を作っています。

さっきから、ハミルがチラチラと見ない振りして視線を送っていますし、ちょっと教育上よろしくないような気がします。

ていうか、マノンが氷のような視線を送ってくるのですが、バレてます? 僕も視線を釘付けにされているって。

「ケントが、いやらしい目をしてる……」

「ぐはっ、何を言ってるのかな、メイサちゃん」

「さっきから、ずーっとアンジェリーナさんの胸ばっかり見てる」

「そ、そ、そんな事はあるわけなくもないかもしれない……」

くぅ、隣のテーブルにメイサちゃんが座っているのを失念していました。

「違うでしょ、メイサちゃん。私のことは、アンジェお姉ちゃんって呼んでって言ったでしょ?」

「ふわっ……ふぐぅ」

あぁ、メイサちゃんがアンジェお姉ちゃんにハグされて、完全に埋まってますね。

うむ、めっちゃ羨まし……くないですよ、マノンちゃん。

本当ですから、そんな事は考えて……むにゃむにゃ……。

三品目は、マグロのフライです。

短冊に切ったマグロに衣を付けて、カラっと揚げてあります。

日本から持ち込んだ中濃ソースやタバスコ、ケチャップ、タルタルソースなど、好みのものを掛けていただきます。

「はいよ、国分。お姉さんの胸ばかりに気を取られていないで、しっかり料理も味わわないと、後でマノンが怖いぞ……あぁ、本宮もかな」

「えっ、本宮さん……?」

フライを厨房から運んで来てくれた綿貫さんに言われて、ふっと視線を向けると、本宮さんも氷みたいな目でこちらを見ています。

あぁ、そうでした、本宮さんもささやか系でしたね。

てか、本宮さんからはそんな視線を向けられる謂れは無いですし、そこは同席しているバートさん、上手くフォローして下さいよ。

そうそう……って、何言ったんですか? 本宮さんの目が吊り上がってるんですけど。

「まったく、こういう所は、いつまで経っても締まらないねぇ……こんなので大丈夫なのかい、ノエラさん」

「あらあら、大丈夫ですよ、アマンダさん。だって、うちのマノンはケントさんにメロメロですから」

「ちょっと、お母さん!」

「あらあら、今日の食事会が楽しみで、昨日からそわそわしてたじゃないの」

「そ、それは、そうだけど……」

ヤバいっす、久々のマノンの膨れっ面が、破壊力ハンパないっす。

「ふん、俺は認めないからな!」

これまた膨れっ面でハミルが言い放ってきたけれど、かえってニマニマしちゃいます。

だって、先日悪ガキどもにカツアゲされそうになってた時、マノンに結婚祝いを買う金だって言ってたもんね。

たぶん、サプライズのプレゼントをするつもりだろうから、ここでは黙っておきますけどね。

「ハミル、もうすぐバルシャニアの皇女セラフィマが、僕のところへ輿入れして来る。そうしたら、マノンとも一緒に暮らすことになるから、今からでも僕をお兄さんって……」

「呼ぶわけないだろう。俺は、絶対認めねぇ!」

うんうん、ムキになるほど、ニマニマしちゃいますよねぇ。

てか、何でメイサちゃんまで膨れっ面してるのかな。

そう言えば、カルツさんは覚悟を決めたんでしょうかね。

さっきから時々様子を窺っていますけど、当たり障りの無い料理の話しかしていないような気がします。

チラリとバートさんに視線を送ってみましたが、肩をすくめて進展無しのサインです。

おっと、カルツさんが中座しましたから、僕も席を立って、ちょっと釘を刺しておきますかね。

「カルツさん、分かってますよね?」

「な、何が……いや、分かってる。分かっているから、そんな目で見るな」

「本当に分かってるんですかぁ?」

「大丈夫だ。この会が終ったら、メリーヌを送って行きながら……」

「何を言ってるんですか、会の最中にプロポーズするんですよ」

「なっ、何を言ってるんだ、ケント。みんなが居る場所でなんて……」

カルツさんは目を剥いて首を横に振りましたけど、追及を止める気はありませんよ

「だからこそですよ。いいですか、カルツさん。みんなが見守っている所でプロポーズすれば、メリーヌさんとしても断わりにくいじゃないですか」

「それは、そうかもしれんが……」

「カルツさん、恋愛は戦争なんですよ」

「戦争……?」

「そうです、メリーヌさんという砦を陥落させるためには、ありとあらゆる手段が許されるのですよ」

「しかしだなぁ……」

「まぁ、カルツさんが無理だと仰るならば、僕が一肌脱ぐしかありませんけどね」

「ぐぅ……分かった」

「では、メインディッシュを堪能した後にでも……」

「了解だ……」

ようやく覚悟を決めたであろうカルツさんが席に戻り、僕も用を足してから戻るとメインディッシュが運ばれて来ました。

メインディッシュは、マグロ丼です。

酢飯の上にトロの炙り、中トロ、赤身、赤身のヅケ、そして中央にネギトロが盛り付けられ、刻み海苔が散らしてあります。

タレはシンプルにワサビ醤油で、素材の良さを堪能していただきます。

「ヤバい、日本の味だ。これ、美味すぎる」

一旦箸をつけたら、もう止まりません。

ワサビ醤油を絡めた切り身と酢飯のハーモニーが口一杯に広がって、この時ばかりは日本人に生まれた幸せを噛み締めてしまいました。

「へぇ、このご飯ってのが、ケント達の国の主食なのかい」

「はい、今日は酢を混ぜていますが、普段の食卓には酢を混ぜないご飯が並びます」

「この黒いのは何なんだい? 風味が良くて美味しいね」

「それは海苔と言って、海草を刻んで、型に入れて干したものです」

「へぇ、ニホンという国には面白い食材があるんだねぇ」

アマンダさんは、海苔やワサビの風味に感心しながら、マグロ丼を味わっています。

メイサちゃんやハミルも、無言で丼と格闘を続けていますね。

それで、カルツさんは……笑顔でマグロ丼を堪能するメリーヌさんの向かいの席で、真冬だというのにダラダラ汗を流してます。

あれじゃあ、折角のマグロ丼の味が分からないでしょうね。

ここは一番、フォロー役のバートさんに……って丼に夢中かい。

ちょっとは仕事しないと、食事代金請求しちゃいますよ。

ほれ……ほれ……って、何で×印なんですか。

これじゃあ、この場でのプロポーズなんて無理そうだと思っていたら、意を決したように、カルツさんは猛然と丼を搔き込み始めました。

あっ、ワサビで盛大に咽てるよ、あれは鼻にご飯粒入っちゃうパターンだね。

「カルツさん、大丈夫ですか? 今、お水を持って来ますから」

「ごふっ……だ、大丈夫……ごふっ、ごふっ……」

メリーヌさんが水を取りに厨房へと立ち、残されたカルツさんは口元を押さえて、まだ咽ています。

うわぁ、ゴツいカルツさんの身体が、二回りぐらい縮んだ気がするよ。

てか、隣でバートさんまで一緒になって咽てるし……たぶん、こっちはカルツさんを見て笑い転げた結果だろうね。

まったく、守備隊員が二人して何やってんだか。

「はい、カルツさん、お水とお手拭きです」

「す、すまん……ぐふっ、みっともない所を見せた」

「そんな、みっともないなんて……いつもカルツさんは、街のみんなの為に頑張ってくれているじゃないですか」

「まぁ、それが仕事だから……」

「違います。カルツさんは、非番の時にも私の店の様子を見に来てくれますし、弟を説教したりしてたんですよね。私がお店を継ごうと考えた時だって、背中を押してくれたじゃないですか。私、本当に感謝してるんですよ。いつもありがとうございます」

「いや……そうか……」

いや、そうか、じゃないでしょう! チャンス、チャンス、今がチャンスですよ。

ここでバートさんが、おもむろにカルツさんの肩を叩くと、じっと視線を交わした後で大きく頷いてみせました。

バートさんに頷き返したカルツさんは、一つ大きく深呼吸をした後で、メリーヌさんへと向き直りました。

「メリーヌ……」

「はい、何でしょう」

「俺と一緒になってほしい」

「えっ……?」

突然のカルツさんからのプロポーズに、メリーヌさんの思考が追いついていないようです。

「勿論、食堂はこれまで通り続けてもらって構わないし、俺に手伝えることがあるならば、何だってやるつもりだ。だから、これから先の人生を俺の隣で歩いてくれないか?」

カルツさんが言葉を切ると、店の中は水を打ったように静まり返りました。

店にいる全員の視線が集まる中で、メリーヌさんの瞳から大粒の涙が零れ落ちました。

「はい……はい、喜んで」

メリーヌさんの返答を聞いた瞬間、お店の中は歓喜の声で溢れました。

「おめでとうございます、カルツさん」

「メリーヌ、良かったねぇ」

「馬鹿野郎、待たせ過ぎだぞカルツ!」

「メリーヌさん、おめでとう!」

「隊長、決める時は決めますねぇ……」

いやぁ、一時はどうなる事かと思いましたが、これで対ボレントへの下準備は全て整いました。

あとは、ボレントもフレイムハウンドの三人も、まとめてキャーン言わせてやるだけです。

「ケント、これで準備は完了だな?」

「はい、クラウスさん」

「いいか、完膚無きまでには叩くなよ。ほんの少しだけ利を与えて納得させろ」

「はい、借金の話は百万ヘルトで片を付ける。裏帳簿の方はどうします?」

「そうだな、直近三年分の正規の税額を納めさせるようにしろ。それ以前については見逃してやるが、三年分を修正しないなら……」

「容赦せずに全額毟り取る……ですね?」

「そうだ、それでいい。本来なら、過去十年分はふんだくるところを三分の一で勘弁してやるんだ、嫌だなんて言わせねぇよ」

「それでも、結構な額になるんですよね?」

「ふふっ……ふっふっふっ……」

ボレントから回収する本来の税額について訊ねると、クラウスさんは顔を俯けて肩を震わせ始めました。

「なはははは……そうだぜ。ボレントの野郎、しこたま利益隠しをやってやがったからな。本来の利益で計算すれば、大幅に増える収入に対する税金、土地建物に掛かる税金、従業員の人頭税。何から何までドッサリ支払ってもらうぞ。それになぁ、毟り取るのはボレントだけじゃねぇぞ。歓楽街を牛耳ってる残りの二つの組織に対しても、ボレントがこれこれこんな事をやらかしていた、お前らどうなんだ? すっとぼけて後で証拠が見つかったら、どうなるか分かってるよな……って、ラブレターを送り付けてやるんだよ。ぎゃははははは……」

いったい誰が悪党なのか分からなくなるような高笑いするクラウスさんに、マリアンヌさんとアンジェお姉ちゃんが呆れたような表情を浮かべています。

名君なのか、迷君なのか、時々判断に困りますけど、まぁ、良くも悪くもクラウスさんらしいですよね。

カルツさんのプロポーズも上手くいったし、料理もみんな美味しかったし、まだまだ宴たけなわではございますが、そろそろ締めましょうか。

「それでは、皆さん、ご歓談の途中ではございますが、メイサちゃんとハミルは明日も学校ですし、そろそろお開きとさせていただきます。最後に、僕から一つお知らせがございます」

お知らせと聞いて、みんなの視線が僕に集まりました。

人前で話す機会も増えたけど、やっぱり緊張しますね。

「皆さんご存知の通り、僕はもうすぐバルシャニアの皇女セラフィマを、ここに居る唯香、マノン、ベアトリーチェと一緒にお嫁さんに貰います。現在、新居を建設中ですが、セラフィマの輿入れまでには間に合いそうもないので、一時的に迎賓館に間借りすることになっています。つきましては、僕がヴォルザードに来て以来、ずっとお世話になってきた、このアマンダさんの下宿を明朝退去することにいたしました」

「えっ……退去って、出て行っちゃうの?」

真っ青な顔で訊ねてきたメイサちゃんに、頷き返しました。

「そんなの駄目、ケントはまだ……」

「メイサ、この話は、もう何度もしただろう」

「だって、だって……」

アマンダさんに諭されたメイサちゃんですが、ボロボロと涙を零し始めました。

そんなメイサちゃんをアンジェお姉ちゃんが優しく抱き締めて、慰めてくれました。

「明日の朝、僕はここを巣立っていきますが、ここは僕のヴォルザードでの実家だと思っています。アマンダさん、これまで本当にお世話になりました。これは、僕が生まれた日本の職人さんが作った包丁です。ヴォルザードの職人さんにも負けない素晴らしい品物ですから、毎日の仕事に役立ててください」

「ありがたいね。ケント、みんなにも見せて構わないかい?」

「はい、勿論です」

影収納から取り出したのは、梶川さんに取り寄せてもらった、堺の職人さんの手による包丁のセットです。

牛刀、出刃、小出刃、柳刃、ぺティナイフ、それに中華包丁です。

「はぁ……ユイカ達が使っていた包丁も良いものだと思ったが、これは凄いねぇ……」

「まったく、ニホンの職人技は凄まじいな。この技術で剣を作ったら、どうなっちまうんだ?」

「クラウスさん、逆です。この包丁は、武器である日本刀の技術を使って鍛えられたものなんです」

「ん? ニホンは平和なんだよな?」

「はい、刀は実用の武器としてではなく、工芸品などとして残されていて、その技術が包丁などの刃物に活かされています」

「なるほど……技術の伝承ってやつだな」

みんなが包丁を堪能した後、ユイカやマノン達を送って行こうしたら、クラウスさんに止められました。

「守備隊の宿舎に戻る連中は、カルツが護衛して帰れ。うちとマノンの所は、バート、ただ飯食らったんだ、護衛しろ」

「げぇ……了解です」

さすがクラウスさん、ナイス判断です。

みんなを店の前で見送っている間、メイサちゃんは僕のシャツをギュっと握り、黙ったまま俯いていました。

「ケント、片付けはいいから、メイサを風呂に入れて、さっさと寝かしつけておくれ」

「はい、了解です」

メイサちゃんは、お風呂の間も、着替える時も、ずっと無言のままで、マルト達に囲まれてベッドに入ると、僕にギューっと抱き付いて来て、声を殺して泣いていました。

「やだ……行っちゃ、やだ……」

メイサちゃんが本音を漏らしたのは、泣き疲れて眠った後でした。