軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

卑劣な襲撃

グラシエラ達を返り討ちにして影の空間に潜ると、目をキラキラさせたサヘルが待っていました。

「さすがです、主様。一人の命も奪わず、争う愚かさを思い知らせる。これが強者の振る舞いなのですね」

「ま、まぁ、ざっとこんなもんだよ」

「さすがです、主様」

うんうん、もっと褒めても良いからね。

しゃがませたサヘルを撫でてあげると、くーくーと嬉しそうに喉を鳴らしています。

羨ましそうにしているマルト達やゼータ達もモフってから、ブライヒベルグのギルドに移動しました。

ブライヒベルグは、ランズヘルト共和国の商業と政治の中心都市で、ギルドの規模も一番大きいそうです。

一階の受付カウンターは、バッケンハイムのギルドよりも更に大きく、働いている職員の数も倍近く居るように見えます。

それでも殆どのカウンターが、依頼をする人や、依頼完了の報告をする冒険者で埋まっています。

オークションについては、どこのカウンターに聞けば良いのか分からず、キョロキョロしていたら手の空いている受付嬢さんと目が合いました。

あれ? 目を逸らされ……いや、こっちを見て、また目を逸らされました。

なんだか、見るからにポンコツそうな感じですけど、今日は時間もありますし、この人に聞いてみましょう。

「こんにちは」

「ひゃい、い、い、いらっひゃいませ!」

「すみません、オークションについて教えていただきたいのですが……」

「オ、オークションでございましゅか? しょ、少々お待ちください……」

頭に小さな丸っこい耳のある、灰色の髪の小柄な受付嬢さんは、ダラダラと汗を流しながら資料を捲り始めました。

歳は僕と同じか、年下に見えるので、もしかして新卒で採用されたばかりかもしれません。

泣きそうな顔で資料を捲ること約三分、オークションの項目を見つけた受付嬢さんは、安堵の溜め息を漏らしました。

「お、お待たせしました。オークションは毎週末、光の曜日に開催されています」

「出品するとしたら、何時までに持ち込めば良いのですか?」

「出品ですか? しょ、少々お待ち下さい」

受付嬢さんは、再び資料を捲り始めました。

良く見ると、胸には研修中というバッチが付けられています。

このバッチを見て事情が分かる忙しい人は、この受付嬢さんを敬遠しているんですね。

「お、お待たせしました。オークションへの出品は、前日、闇の曜日の午前中までとなっております」

「なるほど、それでは今週の出品は締め切られてますね?」

「こ、今週の出品ですか? 少々お待ち下さい」

受付嬢さんは、三度資料を捲り始めましたけど、さすがに止めた方が良いですよね。

「あのぉ……」

「ひゃい! だ、大丈夫です、すぐ調べますから、すぐ、すぐですから……」

「そ、そうですか……」

あまりに必死に訴えられてしまったので、つい引き下がってしまいましたが、今日は光の曜日で、もう午後ですから締め切り済みですよね。

それに、今週の締め切りとか、資料に載ってるんでしょうか。

「こ、今週の締め切り……今週、今週……」

汗だくで資料を捲り続けている受付嬢さんを見かねて、隣の受付嬢さんが助け舟を出しました。

「マレーナ、今日は何の曜日?」

「ふぇ? きょ、今日ですか、しょ、少々お待ち……」

「載ってないわよ! 今日が何の曜日なんて、資料に載ってる訳ないでしょ。ちょっとは落ち着いて考えなさい。すみません、お客様。この娘は新人なもので……」

「大丈夫ですよ。今日は時間に余裕がありますから」

先輩受付嬢に助けてもらったマレーナは、しゅーんとしちゃってますね。

何となく親近感を覚えてしまうのは、サヘルとダブって見えるからでしょうかね。

「マレーナさん、オークションに出品をする時に必要な書類とかはありますか?」

「はい? ひ、必要な書類ですね。少々お待ち下さい」

マレーナは、一度大きく深呼吸をしてから、資料を捲り始めました。

この感じだと、あんまり詳しい研修とかやらずに、現場にポーンと放り込む感じなんでしょうね。

この状況でも、強面の冒険者とかにも対応しないといけないのでしょうし、それでも相手をあしらえるぐらいの神経が要求されるかもしれませんね。

「お、お待たせいたしました。オークションの出品には身分証明書が必要となります。ギルドカードもしくは、ブライヒベルグの住民登録証をお持ち下さい」

「オークションは見学出来ますか?」

「オークションの見学ですか? 少々お待ち下さい……はい、可能です」

「分かりました。どうもありがとうございました」

「こ、こちらこそ! どうもありがとうございました! 痛っ!」

僕がお礼を言って軽く頭を下げると、マレーナは弾かれたように立ち上がり、勢い良く頭を下げ、カウンターにぶつけました。

「ぶふっ……」

吹き出しそうになるのを口元を手で覆って押さえ、振り返って歩き出そうとしたら声を掛けられました。

「ケント・コクブ様。お時間がございましたら、ナシオスが面会したいと申しております」

マレーナと同じ制服に身を包んでいますが、こちらはキレ者の雰囲気を漂わせているネコ耳のお姉さんです。

というか、領主様のお呼び出しでは断われませんよね。

「はい、時間は大丈夫です」

「では、ご案内いたします」

チラリと振り返ってみると、マレーナがポカーンと口を半開きにして驚いていました。

「申し訳ございませんでした。新人の研修をしている余裕が無いもので……」

「イロスーン大森林の影響ですね。僕は大丈夫ですけど、時間が掛かる事をもう少し分かりやすくしておいた方が良いかもしれませんね」

「そうですね、何か対策を考えます。どうぞ、こちらです……」

案内されたのは、ブライヒベルグの領主ナシオスさんの執務室でした。

『フレッド、隠し部屋とか、刺客が潜んでいないか確かめて』

『了解……』

案内の女性がドアを開けると、ナシオスさんが満面の笑みで迎えてくれました。

「やぁ、ケント君。忙しいところを悪いね」

「いえ、今日は少し時間に余裕がありますので、大丈夫です」

「さぁさぁ、楽にしてくれたまえ」

「はい、失礼いたします」

ニコニコと笑顔でソファーを勧めてくれてますけど、おっかないですね。

ギルドに入ってから、マレーナにオークションのことを聞いただけで、一度も名乗った覚えはないんですよね。

それなのに、ナシオスさんの所まで、僕が居ることが知らされている。

さすがにクラウスさんと組んで悪企みをするだけあって、ナシオスさんは油断ならない人物のようです。

「さて、ケント君。うちのオークションには何を出品してくれるのかな?」

「はい、クラーケンの魔石を出品しようかと考えてます」

クラーケンの魔石と言った瞬間、部屋の時間が止まったように感じました。

『ケント様……隠し部屋も刺客もない……』

『ありがとう、背中を守っていて』

『了解……お任せを……』

ナシオスさんが目を見開いてフリーズしていたのは僅かな時間で、すぐにニヤリとした笑みを浮かべました。

「こんな短い期間で、しかも本当にクラーケンを討伐してしまうとは、予想以上だよ」

「ですが、討伐出来たのは一頭だけで、また明日ジョベートに行く予定です」

「明日には、残りの二頭も討伐を終えるつもりかね?」

「さぁ、肝心のクラーケンが出てくるかどうか……いくら大きな魔物でも、海の中から見つけ出すのは難しいですから」

「なるほど……そのクラーケンの魔石だが、今見せてもらうことは可能かな?」

「はい、構いませんよ。ラインハルト、お願い……」

『了解ですぞ』

テーブルの横に闇の盾を出して、魔石を抱えたラインハルトが姿を現すと、ナシオスさんは再び目を見開いてフリーズしました。

テーブルの反対側では、案内してくれたネコ耳お姉さんがお茶の支度をしていたのですが、ヘチャっと腰を抜かして座り込んでしまいました。

「これほどの大きさとは……」

ギガースの魔石は褐色がかっていましたが、クラーケンの魔石はまるで海の色のような深いブルーで、美しさだけならばこちらの方が上に見えます。

「魔石も見事なものだが……彼が噂の眷族か」

「はい、ラインハルトはアルテュール・リーゼンブルグに仕えていた騎士だそうです」

「なんと……中興の祖と言われているアルテュール様の騎士とは」

頷いて合図をすると、ラインハルトは魔石を抱えて闇の盾を潜っていきました。

「驚かせてしまって、すみませんでした」

「いえ、こちらこそ、お見苦しいところをお見せして……あっ」

座り込んでしまったネコ耳おねーさんが立ち上がるのに手を貸すと、まだ足に力が入らないようで、よろけた拍子に抱きつかれてしまいました。

思っていた以上にボリュームある胸と、細い腰、そして大人な女性の良い匂いがします。

「も、申し訳ありません」

「いえ、落ち着かれるまで、腰掛けていた方が良いですよ」

「しかし……」

ナシオスさんに視線を向けると頷いてみせたので、僕の隣に座ってもらいました。

ピロリ~ン! ケントはネコ耳お姉さんを侍らせた。

「ケント君、クラーケンの魔石の出品だが、少し待ってもらっても良いかな?」

「何か問題があるのでしょうか?」

「これだけの品物だ、事前に告知をしてオークションを盛り上げたいのが一つの理由。もう一つの理由は、知っての通りイロスーン大森林の一件で物流が混乱している。この状況が落ち着いてからの方が、オークションへの関心をひきつけられると思うのだよ」

「なるほど。それでは、来週……再来週ぐらいの方が良いのですかね」

「まだ来週も混乱は続くだろうから、再来週と思っていてくれるかな」

「分かりました。では、来週末にもう一度顔を出しますね」

受付カウンターで、今隣に座っているブランシェさんに取り次いでもらえば、ナシオスさんとの面会を取り次いでもらえるそうです。

「ところでケント君、いったいどうやってクラーケンを倒したんだね?」

「はい、送還術の応用です」

「送還術というと、クラウスやノルベルトを送ってきたあれかね?」

「はい、召喚術、送還術は、空間を切り取って移動させるので、移動させる範囲の境い目に跨っていると、スパっと切断されてしまいます。その特徴を利用して、クラーケンを輪切りにしてやりました」

「それはまた……なんともコメントのしづらい方法だな」

「僕としては、手馴れた方法なんで、楽に討伐できて助かってます」

「クラーケンを楽にか……はははは、とんでもないな。うちは、ヴォルザードやエーデリッヒのように大型の魔物に襲われる可能性は低いが、もしもの時はよろしく頼むよ」

「はい、ランズヘルトは僕の第二の祖国ですから、守りますよ」

ナシオスさんと握手を交わして、ギルドを後にしました。

せっかくブライヒベルグまで来ているので、なにかお菓子でもメイサちゃんのお土産に買って帰りますかね。

そんな暇があるなら、さっさと引越しを始めなってアマンダさんに言われそうですが、僕の荷物の殆どは影の空間に置いてあるんですよね。

ぶっちゃけ手ブラで行っても、何の問題も無いんですよね。

唯香も荷物は多くなさそうだし、マノンの家からは影の空間経由でコボルト隊に運んでもらえば良いし、一番手間が掛かりそうなのはベアトリーチェかもしれませんね。

それにしたって同じ敷地内ですし、いずれまたマイホームに引っ越すから必要なものだけ運んでおけば良いですよね。

引越しの心配は、必要なさそうです。

ブライヒベルグの名物お菓子みたいなものが無いか、カロリーナさんに聞いてみようかと思って集荷場へと戻りました。

アウグストさんは、クラウスさんの教えを守っているのか、だいぶラフな感じになってきています。

それでも荷運びの人たちに混じっていると、姿勢の良さが目立ちますね。

やっぱり長年続けてきた貴族としての立ち居振る舞いは、なかなか抜けるものじゃないのでしょう。

声を掛けようと歩み寄っている途中で、アウグストさんが急ぎ足で近付いた男にぶつかられ、体勢を崩して倒れました。

アウグストさんを突き飛ばした男が、こちらを向いた瞬間、背中に氷水を浴びせられたような寒気が走りました。

「きゃぁぁぁぁぁ! アウグスト、しっかりしてぇ!」

集荷場にカロリーナさんの悲鳴が響き渡ります。

アウグストさんを突き飛ばした男に見えたのは、ナイフを持ったグラシエラでした。

「グラシエラ!」

「思い知れ、ケント! 貴様のせいでヴォルザード家は跡継ぎを失うのだ!」

僕に気付いたグラシエラは、アウグストさんの血に濡れたナイフを逆手に持つと、自分の左胸に突き立てようとしました。

「何ぃ!」

「楽に死ねると思うなよ」

「貴様ぁ! ぐはぁ!」

グラシエラの自害を闇の盾で防ぐと同時に、身体強化をかけて一気に距離を詰め、左のボディーフックを叩き込んでやりました。

「ぐぅぅ……こいつ、舐めんな!」

握り直して突き出してきたナイフを闇の盾で防ぎ、カウンターの右ストレートを顔面に叩き込むと、グラシエラはもんどり打って倒れました。

「フレッド、縛り上げて!」

『了解……』

アウグストさんは、左の脇腹を抉られていて、血溜まりが出来るほど出血していました。

「どいて下さい、治療します!」

「ケント……」

「アウグストさん、喋らないで。犯人は捕らえました」

「そうか……ぐぅ」

光属性の治癒魔術で内臓に達している傷を塞ぎましたが、出血が多かったせいでアウグストさんの顔色は真っ青なままです。

造血細胞を活性化させるように、治癒魔術を流し続けると、ようやく血色が良くなって来ました。

「大丈夫ですか、アウグストさん」

「あぁ、もう痛みも無いし、寒気も収まってきた」

「すみませんでした」

「どうしてケントが謝るんだ?」

「アウグストさんを刺したグラシエラは、僕に恨みを持っていたんです」

「ケントには勝ち目が無いから、ヴォルザードの領主の息子である私に狙いを付けたという訳か?」

「はい、すみません」

「ふん、馬鹿馬鹿しい……」

アウグストさんは僕の謝罪を一笑に付すと、上半身を起こしてグラシエラを睨み据えました。

「ケントにどんな恨みがあろうと、私を刺す理由になどならん。無論、ケントが責任を感じる必要など皆無だ。ケントが居なければ、おそらく私は死んでいたぞ」

アウグストさんが見据えるグラシエラは、フレッドに背中の後で手足を縛られ、身動き出来ない状態です。

「くそぉ、殺せ! さっさと殺せ、卑怯者!」

「黙れ、愚か者!」

アウグストさんはグラシエラを一喝すると、膝に手をついて、ゆっくりと立ち上がりました。

「下らぬ見栄やプライドに目を曇らせ、ケントのバッケンハイムへの貢献度を見誤り、逆恨みし、陥れようとした結果が貴様の今の姿だ。己の姿を良く見てみろ、街のために貢献出来ているのか。誰かのために役に立っているのか。どうだ、役に立つどころか人の足を引っ張っているだけではないか」

「う、うるさい……人の獲物を横取り……」

「黙れ! ロックオーガすらまともに仕留められなかった貴様らに、サラマンダーが倒せたのか? バッケンハイムを守れたのか? 己の実力もわきまえずに寝言をほざくな!」

普段の理知的で温厚なアウグストさんとは思えない、激しく、厳しい口調にグラシエラも怯んだ表情を浮かべています。

「グラシエラと言ったな。貴様の身柄はブライヒベルグの守備隊に任せるが、私はヴォルザード領主の嗣子として厳しい処分を要求する。また、ここにいるブライヒベルグ領主の令嬢カロリーナ嬢にも証言や助力を頼むつもりだ。罪人として裁かれ、処刑は免れぬものと思え」

「くそぉ! あたしは鬼喰らいと呼ばれたAランクの冒険者だ! どれだけバッケンハイムに貢献してきたと思ってる。そんなガキなんかと一緒にするな!」

「無論だ、ケントの貢献度は貴様などとは較べものにならん。下らぬ元Aランクのプライドにしがみ付いて、惨めに死んでいくがいい」

アウグストさんが頷くと、知らせを受けて駆けつけた守備隊員が、荷車の上に縛られたグラシエラを放り上げ、そのまま連行していきました。

「くそぉ、殺してやる! ケントもヴォルザードの連中も皆殺しだ! 覚えていろ、必ず殺してやる……」

グラシエラの恨み言は、姿が見えなくなった後も遠くから響いてきました。

この後、守備隊の人に事情を説明し、ヴォルザードに戻ってクラウスさんに報告、下宿に戻ったのは夜になってからでした。

夕食を済ませた後、翌日のクラーケン討伐に備えて、早めにベッドに入ったのですが、昼間の事が頭に引っ掛かって眠れません。

僕を枕にして、スヤスヤ眠っているメイサちゃんが羨ましくなりますね。

『ラインハルト。グラシエラは、なんであんな風に捻じ曲がっちゃったんだろう?』

『さて、ワシにも分かりかねますが、考えられるとすれば、手下達から持ち上げられすぎて、見栄を張るのが当たり前になっていたのかもしれませんな』

『初めて会った頃は、親切だし、真面目な冒険者に見えたのに……』

『その時は、自分よりも年も若く、ランクも低い冒険者だから、ケント様を庇護する対象だと思っていたのでしょう』

確かに、初めて会った時には、駆け出しの冒険者だと思われていましたけど、その後は、ギガースの討伐とかの話もしたのに、本気にしていなかったのでしょうかね。

『あとは、そうですなぁ……例のサラマンダーを討伐して、名を上げようとしていたのかもしれませんな』

『あぁ、横取りしたって騒いでたもんね。でも、討伐出来るようには見えなかったけどね』

『バッケンハイムへの被害を考えれば、ケント様の判断は間違っていませんでしたぞ』

実際、バッケンハイムにはサラマンダーの炎弾が届いて、火災が発生していました。

防衛線を突破されたら、更に被害が大きくなっていたはずです。

『うーん……それにしても、だよなぁ……』

『ケント様、すでに身柄はブライヒベルグの守備隊に引き渡した後です。もはや考えても詮無きことですぞ』

『うん、そうだね……』

それでも、色々と考えてしまって、なかなか寝付けませんでした。